ふくおか県酪農業協同組合

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2024年は〈農政特異年〉改正基本法国会論議と畜酪
2024年は〈農政特異年〉とも言える。5月の食料・農業・農村基本法改正、食料安保関連法制定をはじめ、農政を巡る様々な動きが一挙に噴出する。こうした中で、国内農業の生産基盤強化とともに、自給率・自給力向上と気候変動を踏まえた環境調和型の持続可能な食料システム確立が問われる。畜産酪農も新たな課題が待つ。
写真=農水省の基本法検証部会。食料安保構築のほかに、担い手問題や適正な価格形成でも論議が交わされた
改正畜安法是非なぜ俎上に上らないのか
国内外の大きな環境変化を受け、農政の憲法と称される現行基本法が四半世紀ぶりに改正される中で、畜産酪農関係者が疑問に思うのは、なぜ多くの課題が指摘されている現行改正畜安法の抜本的見直しが俎上に上らないのかだろう。
基本法検証部会の議論の過程で筆者は何度か関係者にこの問題を問うた。実質的に基本法改正を発案、法改正につなげた自民党農林最高幹部の森山裕総務会長・元農相にも畜安法問題を聞いたが「課題があれば基本法見直しと同時並行的に議論した方がいい。要は当事者がどう思うかだ」と応じた。だが、結果的に改正見直しは議題に上がらなかった。
しかし、生産現場での課題は隠しようがない。そこで2024年4月から省令改正ということで、適正な生乳取引へ期中改定の在り方をより厳格にすることで済ませた。農水省幹部は「改正畜安法の問題点は生産現場からこれまでも聞いてきた。課題にはできるだけ対応するが、いまさら元の加工原料乳補給金制度のような指定団体による全量委託の一元集荷に戻すことはできない」としている。一度決めた法律は変えられないというのだ。
これは、基本法検証部会の組織的な性格とも重なる。「検証」と銘打ちながら、1961年度の旧基本法(農業基本法)については十分な検証、課題の摘出を行ったが、1999年度制定の現行基本法は「それほどの問題点は生じていない」(中嶋康博東京大学教授・農水省審議会検証部会長)との認識が強かったためだ。ただ、気候変動、環境重視、さらにはロシアのウクライナ侵略、一方で国内は人口減少加速、農業の生産基盤の弱体化、担い手不足など状況・情勢は様変わりした。それらへの対応を加味した見直し、改正基本法とした。
「検証」で特に問題だったのは、今から約10年前の2015年前後に相次いだ実態無視の農政改革、特に全中の農協法外し、全農株式会社化問題、さらには現行指定団体制度廃止を伴う生乳制度改革といった一連のアベノミクス「官邸主導型農政」による農政改革には全くというほど触れていない。それが、アウトサイダーを自主流通として制度内に取り込み、酪農家間の不公平感助長、指定団体への全量委託がなくなり生乳需給コントロール弱体化の構造問題は放置、温存されたままだ。
検証部会では担い手の農政範囲、コメ生産調整問題などは議論となったが、改正畜安法に伴う酪農問題は「専門部会の畜産部会で取り上げるべき」(中嶋検証部会長)として、項目に入らない。しかし農水省は肝心の畜産部会で改正畜安法を正面から取り上げる考えはない。
基本法改正、国会農水委参考人の直言
ここで基本法改正論議に戻ろう。
政策が魂を持ち現場で機能するには、農業実態をよく知る専門家らの直言も受け入れ、政策展開に柔軟な対応をすることが欠かせない。要は岸田政権が「聞く耳」を持っているのかが問われる。4月4日の衆院農水委員会の参考人聴取は、今回の改正基本法論議の課題である程度ポイントを突いている。以下、参考人聴取の概略だ。
・三輪泰史・日本総研エクスパート
規模の大小や専業・兼業でなく、農業で生計を立てるという思いを持つ人が農業の中心にいるべきだ。安くて良質な農産物を海外から集められる状況はもう来ない。スマート農業など劇的な生産性向上も必要だ。
・中原浩一・北海道農民連盟書記長
新設された多くの項目で環境負荷軽減が明記されたが、良質な食料が合理的な価格で供給され、農業されるのか疑問が残る。第一に、国内農畜産物の増産体制構築が求められる。恒常的な赤字も勘案した再生産可能な所得補償も欠かせない。
・合瀬宏毅・アグリフューチャージャパン理事長
多様な農業者の位置づけが農地集積の阻害とならないように、役割が違うことを明確にしておくべきだ。食料自給率や農地の集積など、現在の基本法が目指してきたものが未だに達成されていないのは残念だ。農政関係者は何が何でも目標を達成するという覚悟で当たってほしい。
・安藤光義東大教授
本当に食料自給率の向上を図るのなら(飼料を米国に依存してきた)歴史の歯車を逆転させなければならないが、今回の見直しはそこまで踏み込んでいない。改正で新機軸となる政策が登場するとは思えない。生産者に期待感が広がらないのはそのためではないか。
・鈴木宣弘東大特任教授
関連法に追加されるべきは、農業の担い手を支えて自給率を挙げるための直接支払いの充実ではないか。食料を守ることこそ一番の国防だ。そのための予算は優先的に確保すべきだ。
・西村いつき・兵庫農漁村社会研究所理事
有機農業の支援をもっと拡充すべきだ。日本は有機農業者への優遇政策が少ない。
新たな基本法では、国際的視点や次世代の幸せを加味する視点が必要だ。有機農業は、地球温暖化や生物多様性保全などを解決する手段となる。
参考人の指摘を読み解く
先の国会参考人聴取での指摘は的を射ている。では、それをどう読むべきか。
多くが指摘しているのは、食と農を巡る事態が変わったということだ。足りなければ海外から買えばいい。そんな時代は終わった。地政学リスクの高まり。気候変動の加速化。そもそも、国際市場で海外物資を買い負けるという日本の国力低下も著しい。そこで、国内生産基盤の強化を第一に図り、食料自給力を高め、食料自給率を目標に沿って着実に引き上げていくことが問われている。
参考人指摘は政府の改正基本法に批判的な側面も目立つ。あるいは政府の農政への不信感も強い。東大農業経済学の二人の教授、鈴木、安藤両氏は改めて後述する。ただ安藤氏の改正基本法で「新機軸となる政策が期待できない」との指摘は重要だ。これは、農水省の改正基本法にかける本気度とも密接に絡む。基本法検証部会の議論の過程でも色濃かったが、担い手をはじめ現行制度のフレームをなるべく変えたくない農水官僚の意図が見え隠れしていたからだ。
こうした中で、安藤氏は参考人陳述の中で「本当に食料自給率の向上を図るなら(飼料を米国に依存してきた)歴史の歯車を逆転させなければならないが、今回の見直しではそこまで踏み込んでいない」と喝破した。鋭い指摘だ。日本の畜産酪農の最大のアキレス腱で、この間の円安、資材高騰でも大きな問題になった輸入飼料依存の構造問題、工場型畜産の課題が置き去りにされたままだ。これは戦後の日米貿易問題も密接に絡む。
裏付けるように、その後の4月25日の衆院農水委員会で坂本農相は輸入濃厚飼料代替となる子実用トウモロコシを巡り「生産を今後大きく引き上げることは困難だ」と強調し、国産飼料拡大はあくまで現実的な対応にとどまる姿勢を示した。農水省の意志と見てもいいだろう。農水省は、可消化養分総量(TDN)ベースの生産費について、子実用トウモロコシは1キロ当たり86円、輸入トウモロコシ同55円と試算。国産は5割以上割高になり、農家にとっても手取りが低い水準にとどまってしまうとした。
確かに、それが今の実態だろう。国産と輸入は大きな採算の違いがある。だからといってこれまで通りに輸入に依存することは許されないのも確かだ。国産飼料は、濃厚飼料と粗飼料を分けて考えなくてはならないが、双方の役割を果たすトウモロコシは、子実を生かしながら自給率を高めていくために、それこそ先端技術、スマート農業などを駆使して、日本の農業技術の総力を傾けるべき段階にきている。面積制約性が低い北海道での子実用トウモロコシの増産がカギを握る。それに技術的開発、さらには補助金拡充など二重、三重の支援で、飼料国産化の国家的意思を示すべきではないか。当然、水田農業振興の中での、国産飼料増産の位置づけが重要だ。
東大内部での酷評の行方
政府の審議会基本法検証部会長を務めた中島康博東大教授は現在、同審議会企画部会長など農政のかじ取り役を担う重要ポストにいる。つまりは農水省とは表裏一体の関係だ。東大大学院農学生命科学研究科長・農学部長で、同大農学系のトップに位置する。
東大農業経済学出身で同じポストに就いたのは、コメ生産調整見直しなど数々の農政転換に関わった生源寺眞一東大名誉教授・前福島大学食農学類長(現日本農業研究所研究員)以来だ。
その中島氏が取りまとめた基本法検証と課題整理、それを受けた具体的な基本法見直しでは賛否両論の指摘がある。いつものことだが、物事を正面で見るか裏側から見るか、あるいはコップにある半分の水を「半分もある」と肯定的にとらえるのか、「半分しかない」と否定的に見るのか。ただ看過できないのは同じ東大農経内部で厳しい意見が相次いでいることだ。
鈴木宣弘氏「成長産業化の罠」の指摘
代表格が鈴木宣弘東大特任教授だ。国内農業に打撃を与える関税大幅削減を迫られた環太平洋連携協定(TPP交渉)でも反対の論陣を張った。鈴木氏は民主党政権時の審議会企画部会長を務め、農政展開で大規模路線ばかりでなく中小・家族農家など多様な担い手・経営体とのバランス、均衡発展を唱えた。
こうした中で、改正基本法論議でも鈴木教授の批判の舌鋒は止まらない。ポイントは以下の3つ。
・わずかに残る農家で「成長産業化」
・希薄な「自給率」「農村」概念
・規模拡大・輸出・スマート農業の連呼
詳しく分け入ろう。基本法検証部会で最も強調されたのは人口減少社会の加速化の中での今後の農業・農村の在り方だ。鈴木氏は農業就業人口が急速に減少し、もうすぐ農家はさらにつぶれ、農業・農村は崩壊する。だからわずかに残る人が「成長産業化」するか、企業などの参入で儲かる人だけ儲ければいいのではないかと。これらの疑念を基に「皆がつぶれないように支える政策を強化すれば事態は変えられるという発想がない」と強調する。
次に「食料自給率や農村という概念が希薄だ。国消国産のために自給率を向上するという考え方もないし、農村コミュニティー維持が地域社会、伝統文化、国土・治水を守るといった長期的・総合的視点はない」と断ずる。これは確かだ。農水官僚から自給率目標が一度も達成できていない反省の弁を一度も聞いたことはないし、今回の改正基本法論議では「農村」の視点がほぼない。
鈴木氏は今回の論議で自給率向上の抜本的な政策を打ち出すかと思ったが、「そうはなっていない。それが納得できた」として、「だから、食料自給率を軽視する発言が繰り返され、コスト上昇に対応できない現行政策の限界は認めず、国内農業支援は十分で施策の強化は必要ないとの認識が支援される」、そして「効率的かつ安定的な農業経営には『施策を講じる』とする一方で、多様な農業者について『配慮する』だけで施策対象にはしない。定年帰農、半農半Ⅹ、消費者グループなど多様な農業経営の役割が重要になっている農村現場を支える意思はない」と読み解いた。
さらに「規模拡大によるコストダウン、輸出拡大、スマート農業が連呼され、企業の農業参入条件の緩和を進める。誰の利益を考えているのか」と疑問を呈す。そして結論にたどり着く。「このままでは、IT大手企業らが描くような無人農場などが各地にポツリと残ったとしても、農山漁村の大半が原野に戻り、地域社会と文化も消え、食料自給率はさらに低下し、不測の事態には超過密した拠点都市で餓死者が続出するような歪(いびつ)な国に突き進みかねない」と。
極論に過ぎる。坂本哲志農相も「多様な農業者も含め総力戦で地域・農業を守っていく」と国会答弁している。だが、改正基本法を巡り、自給率軽視に終始し、中間取りまとめの最終場面まで従来の「効率的かつ安定的な農業経営」という担い手条項に固執した農水省の姿勢を見れば、鈴木氏の憶測が本質の一端を突いているとも言える。
安藤光義氏「改正基本法は哲学や理念ない」
前述の鈴木氏と同じ、東大農業経済学の安藤光義教授は札幌で3月28日、全国でも最大規模の農民組織・北海道農民連盟の学習会に招かれ「基本法改正の批判的検討」と題して講演した。やはり、相当、改正基本法の本質的な問題点、課題、不備に具体的に言及した。
安藤氏は開口一番「改正基本法には哲学や理念がない。食料安全保障がキーワードになっているが、いかなる問題に対してどのような対策が講じられるか、全く期待感が持てない」とばっさり切り捨てたのだ。
今後の農政展開の4本柱は①食料安保強化②スマート農業推進③輸出促進④農林水産業のグリーン化。安藤氏はこのうち食料安保強化に関して「なかなか実現できない食料自給率目標を反故にするため、フードセキュリティー(食料安保)の考えを持ち込み、国民一人ひとりの食料安保の確立を掲げたに過ぎない」と強調。
政府は、コストを反映した「適正な価格形成構築」を掲げるが、安藤氏は「価格上昇の恩恵を受けない非正規雇用が4割を占め低所得層が増加している中で、国民の理解を得られるのか。対策としてフードバンクや子ども食堂支援もあるが、食料価格を引き上げる一方で、そうした対策を充実させることは矛盾する」と指摘した。「適正な価格形成の仕組みは重要だが、やはり生産物が低い代償として、生産書に食料安保のための直接支払いを行うことが筋ではないか」とも述べ、これまでの市場にゆだねる価格政策を脱し、所得補償拡充に農政転換する必要性を説いた。
30年ぶり国内外の農政改革の波
ここで冒頭触れた2024年〈農政特異年〉に話題を移そう。
2023年から24年は食と農を巡るさまざまな転換が迫られる〈農政特異年〉として記憶に残るだろう。
〈特異年〉という言葉は、気象用語の〈特異日〉からの派生で考えた。特異日は例えば11月3日「文化の日」は〈晴れの特異日〉などと、過去のデータなどから類推して確率の高い日を指す。〈農政特異年〉はあくまで造語だが、年間に範囲を広げ農政上の変動が集中して起きた年次を示す。農政は政治、あるいは気候、経済情勢で大きく左右される。したがって農政が特別に異なった動き、対応をした〈農政特異年〉は、政治、経済、地政学リスク、国内外の政治経済に影響を及ぼす気候変動、その延長線上にある環境重視、地球的課題の持続可能な発展論議なども同時並行的に起きる特色を持つ。それが2024年だ。
〈農政特異年〉は30年ぶりに巡ってきた。
約30年前の特質すべき出来事は二つ。一つは1993年。自民党が野党に転落し非自民連立の細川政権が誕生する。その年は記録的な冷夏で大量のコメ輸入を余儀なくされた。さらに外圧にもさらされガット・ウルグアイラウンド(UR)交渉が終結。難航を極めた農業交渉もコメの部分的市場開放などで妥結した。揺れ動く政局を永田町で間近に取材するとともに、ガット本部のあるスイス・ジュネーブでの国際交渉の最終局面に立ち会った。ガットは1995年に現在の世界貿易機関(WTO)に衣替えするが、UR合意以降、世界的な通商交渉は内部対立から空中分解したままだ。
もう一つはそれから3年後1996年。国連食糧農業機関(FAO)本部のあるイタリア・ローマで開催の初の世界食料サミット。2000人を超す世界のジャーナリストの一人としてローマで取材した。同食料サミットの宣言の一つ食料安全保障は今、「農政の憲法」とされる食料・農業・農村基本法見直しの議論の土台となった。自民党農林族の最重鎮・森山裕自民党総務会長は、食料安保を自身の農政活動の集大成と位置付ける。
1993年と1996年。そして、30年ぶりにまた今〈農政特異年〉が巡ってきた。
畜酪は新たな酪肉近
2024年は四半世紀に一度の重要決定が相次ぐ〈農政特異年〉に当たる。
25年ぶりの現行基本法見直しと今後10年間(2035年)の農政の在り方、品目ごとの生産数量目標など基本計画も議論される。目指すべき将来の農地利用の姿を明確化する「地域計画」つまり「地域農業未来ビジョン」の〈青写真〉を定める。省力化、生産性向上などを目的とした先端技術を駆使したスマート農業法制化を含めた政府の「みどりの食料システム戦略」(みどり戦略)も本格化。4月からは同戦略と絡み環境重視、脱炭素促進を条件とした補助金制度の施行、つまりは「農政グリーン化」も動き出した。2024物流問題で青果物をはじめ農畜産物の長距離輸送是正への課題もある。
適正な価格形成へ法制化議論も本格化する。コスト増加に見合う生産者価格の実現は持続可能な農業のカギを握る。ただ小売価格への転嫁は消費減を招き、需要減→生産減という悪循環も招きかねない。法律をベースに適正な農畜産物価格コスト転嫁の国民理解を図る一方で、農業者の経営安定対策を同時に措置する対応も必要となる。〈2024農政特異年〉は、適正価格実現へ関係者が議論を詰める転機となる時期でもあろう。
2027年度からコメ政策見直し。それを踏まえた論議にも着手。地域農業を担う農業団体の動きでは、10月に第30回の節目のJA全国大会を開き、農政改革元年の今後の食料・農業・農村のJAグループの指針を確認する。
国内外選挙イヤー、衆院選の足音も迫る
さらには、今後の農政にも大きな影響を及ぼしかねない11月5日火曜日の米大統領選挙を筆頭に国内外の政局・政治の〈選挙の年〉だ。国内外の選挙の行方は、日本農政にも様々な影響を及ぼしかねない。4月28日の衆院選3補選は〈仏滅〉だった。政権与党には〈凶〉と出た。2025年10月までの衆議院議員任期は1年半を切った。6月23日の通常国会会期末まで1カ月弱。なお岸田首相は〈6月解散カード〉 を温存しながら、岸田政権延命の道を模索している最中だ。


(次回「透視眼」は8月号)