ふくおか県酪農業協同組合

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生乳安定生産・供給の危機 五十年前の「不足払い」以前に
 盲目的な改革論者・安倍首相の権威を利用した規制改革推進会議の酪農「改革」いや「改悪」は「全量委託から部分委託への転換」「指定団体を通さない生産者にも補給金交付」といった、加工原料乳不足払い法の根幹を揺さぶる事態となった。不足払い法に沿った生乳の安定生産・供給という指定生乳生産者団体の重要機能に大きな「穴」が空いた。不足払い施行から半世紀。規制改革の名の下に、理不尽な酪農「改悪」は不足払い以前の酪農家の過当競争、さらには「南北戦争」にも結び付きかねない。
酪農「二つ」の危機に直面
 国内酪農が二つの「危機」に直面している。酪農政策制度の危機と生産基盤の危機である。戸数減少が生乳生産減に直結し不足分を乳製品輸入で取り繕う。こんな「負のサイクル」の構図を抜本的に改めなければならない。制度改革論議の基本は持続可能性を担保することだ。まずは関係者一体で生産基盤を維持に全力を挙げるべきだ。規制改革推進会議の実態無視の酪農「改悪」を巡り、酪農団体も巻き込み規制改革VS自民党農林幹部の激しいやり取りがあった。重要な視点は、現場実態に沿っているかどうか。そして、酪農家が安定して営農ができ持続可能な生産基盤の維持・拡充に結び付くかだ。そのためには腐りやすく需給変動が大きい生乳の特性を踏まえた一元集荷・多元販売という現行の仕組みが最も適している。制度いじりに終始する規制改革が前面に出れば、逆に将来不安が募り現場の混乱を招く。基盤弱体化に拍車がかかりかねない。
 生産者、乳業メーカー、流通業界、そして何より消費者が求めているのは国産牛乳・乳製品の安定供給だ。それには北海道、都府県問わず国内全体の「酪農力」の底上げを図る総力戦が求められる。政府の規制改革会議などの同一競争条件を求めるイコール・フッテイングの名の下に指定団体制度の重要機能に風穴があけば、かえって国産牛乳・乳製品の安定供給に支障を招きかねない。足りないから輸入で賄う。こんな乳製品輸入の安易構図を変えなければならない。農水省はバター四〇〇〇トンの追加的な緊急輸入を決めた。生乳換算で約五万トンと一県分の年間生産量に匹敵する大量輸入だ。今年度の輸入合計は一万七〇〇〇トンと過去最高水準だ。既に最需要期の年末の手当てはできている。関係者の間では数量が大き過ぎると、生乳需給に影響は出ないのか。規制改革論議の中でバター不足の規制改革論議に配慮した判断との指摘もある。全国生乳生産の過半を占める北海道が台風被害などで受託乳量が前年度割れとなった。特に主産地・道東の被害が深刻だ。年明け以降、自家牧草不足から輸入粗飼料の手当てで酪農家の経営負担も増えかねない。緊急事態への政策支援こそ急ぐべきだ。国内生乳で国産牛乳・乳製品に最大限対応する大原則が崩れかけていないか。輸入依存度を高めることは食料自給率向上にも逆行する。
喫緊課題は基盤強化
 問題の根源は酪農生産基盤の弱体化を是正し、地域の「酪農力」をどう復活させるかに尽きる。こうした中で、新たな動きに注目したい。Jミルクが基盤強化を応援するため乳業メーカーの拠出による基金造成を決めた。乳業がこうした対応に乗り出すのは初めて。西尾啓治雪印メグミルク社長は「指定団体の存在、役割発揮が今日の国内の酪農・乳業の発展を支えてきた。国際原料は価格が乱高下する。国内生乳での安定的な取引が最優先課題だ」と強調している。拠出規模は中小乳業も含め年間数億円規模と見られる。オーストラリアなどからの乳牛雌牛の導入が柱だ。生産者団体、行政、乳業など関係機関が一丸で、時間軸を定め基盤強化の維持・底上げを図る。これを後押しするのは政治の役割ではないか。酪農不足払い制度施行から五十年が経過した。半世紀の歩みは、北海道を中心に国内酪農の発展に多大な貢献をしてきた。生乳需給安定に不可欠な仕組みだが今、不足払い法の柱である指定生乳生産者団体制度の抜本見直し論議が巻き起こっている。このままでは生産現場に大きな混乱を招きかねない。あくまで全国の酪農家の現場目線に立ち、改革論議を進めるべきだ。
 一連の不足払い制度見直し、指定団体論議を見ると、対等の立場で競争条件を統一する「イコールフッティング」の名の下に、アウトサイダーと称される指定団体を通さない一部酪農家や牛乳集荷・販売業者の意見を色濃く反映したものだ。指定団体に生乳出荷している酪農家に限定して交付される現行の補給金対象の在り方にも言及。酪農家の経営マインドにも結び付くとも指定される。だが、一部の酪農家の経営メリットのために、全国の酪農家が混乱する事態は何としても避けなくてはならない。実態にそぐわない指定団体制度見直しは、何のための、誰のための改革なのか分らない。公平性確保という点で大きな疑問だ。酪農家が指定団体に結集し共同販売を通じ、生乳需給安定が成り立っている。補給金確保の〝権利〟を主張するなら、需給調整の〝義務〟を負うべきである。既に現行制度で経営マインドを踏まえた「特色ある生乳」のプレミアム取引を実施し、今年度から入札制度の試行も始まった。まずは制度の枠内で、意欲ある酪農家の育成を進める取り組みを広げるべきである。
三%のため九十七%が従う理不尽
 今回の酪農「改悪」の根源は指定団体を通さないアウトサイダーの生乳を集荷・販売する群馬の業者・MMJの横槍に尽きる。同社は現在、約50の酪農家、法人から生乳八万トンを集める。一戸当たり年間生乳生産一六〇〇トンのメガ・ギガファームが集まる。それでも生乳共販率は九十七パーセント。のこり三パーセントのために、多くの酪農家が振り回され、混乱する。こんな構図は国内酪農のためにならないことは明らかだ。
 それにしても十一月七日の規制改革推進会議の農協改革と生乳改革の方針を受けた安倍首相自らの発言に、この内閣の新自由主義・規制緩和オンリーの内実が見て取れる。首相は「生乳は指定団体に出荷する酪農家のみを補助対象とする仕組みを止め、酪農家が販路を自由に選べ、流通コストの削減と所得の向上が図られる公平な事業環境に変える」と明言した。この積極的な発言に規制改革メンバーは勢いづき、四日後のより具体的に書き込んだ十一月十一日のとんでもない酪農「改悪」意見に結び付く。首相の発言は、一見すると酪農家を思い新たな活路を開く前向きな姿勢に見える。多くの国民もそう受け止めたかもしれない。酪農・乳業の複雑・精緻な仕組みを知らない一般の大手マスコミも同調した。実際は酪農家の出荷選択肢を広げるものだが、これまでの「仕組みを止め」と廃止にまで踏み込んだ。
 そして「公平な事業環境に変える」と言い切る。それでは、これまでが「不公平」だったとなりかねない。生乳共販を通じ、中山間など条件不利地の流通コストをカバーし日々の生乳の安定供給を担保することで、酪農家、乳業メーカー、流通業者、末端の消費者までメリットがある現行の仕組みをやめれば、乳価が高い飲用向けが集中しかねない。結果は、多くの酪農家の手取り乳価が下がり、乳製品など多様な品目の供給バランスが取られなくなる。数時間で変質する生乳の処理には指定団体を通じた一元集荷・多元販売の仕組みが欠かせない。その根幹が揺らぐことは、酪農家ばかりか、国民にとっても大きな問題が生じることを、わが首相は露ほどもご存じないだろう。いやそれよりも、首相の「耳」に酪農改革のメリットばかりを吹き込んだ取り巻きの政府関係者、農水省も含めた官僚たちの罪は大きいと言わざるを得ない。不足払い半世紀の節目を迎える中で、制度見直し論議が一挙に浮上したのは、政府の規制改革会議農業ワーキンググループ(WG)答申で「現行指定団体制度の廃止」を打ち出したためだ。指定団体は不足払い制度の中核を成す。最終的には抜本見直しへ今秋、最終結論を出すことになった。規制改革会議の急進的な意見なども受け、指定団体論議は十一月に大きな山場を迎えた。そして大幅な生乳流通の自由化への強制着陸だ。今後、不足払いの改正、実際の運用を定めた細則などが決まるが、全量委託に大きな「穴」が空いた以上、生乳需給調整が支障出かねない。
需給調整が機能不全の恐れ
 酪農不足払い法の正式名称は「加工原料乳生産者補給金等暫定措置法」と十七文字もある法律だ。名は体を表すで、法律名から二つの特徴が分かる。まず生乳全体を範囲とせずバター、脱脂粉乳など加工原料乳に限定したこと。さらにある年限を想定した「暫定措置」を明記した点だ。いつまでか。当初、十年から十五年程度とされた。乳製品自由化の進展に対応した国際競争力の強化や飲用向け生乳へのシフトなどを想定したが、現実は違った。
 高品質な国産乳製品が消費者に受け入れられ、不足払い法に伴う、大規模経営を展開する加工原料乳地帯・北海道と中小酪農が多い飲用牛乳地帯・都府県との〝棲み分け〟ができ、国内酪農全体の共存共栄に欠かせない制度と位置付けられる。指定団体制度の抜本見直しは、一元集荷・多元販売といった制度の根幹にまで揺るがしかねない。多様な需要を踏まえた用途別販売の否定にもつながり、かえってバター不足を招く。さらには、環太平洋連携協定(TPP)対策の目玉、酪農の液状乳製品を補給金対象に加える対応にも影響を与える。「五十年もたつ古い制度は抜本見直しすべき」との指摘もあるが、乱暴極まりない議論だ。一九九三年のガット農業交渉妥結を受けた乳製品関税化などで、制度の見直しを経て今なお国産生乳需給調整の機能は、酪農家、乳業メーカー、さらには安定供給を通じ消費者に恩恵を与え続ける。
 こうした半世紀ぶりの酪農・乳業大変革時代の中で、全中、全農、農林中金、全酪連など全国機関と全国九つの指定団体で構成する中央酪農会議は、加工原料乳不足払い法のいわば「生き証人」と言えよう。 当時を知る西原高一・元中酪副会長や事務局長を務めた前田浩史Jミルク専務などに話を聞いてみた。中酪は一九六二年八月に発足した。全国の酪農家が一致団結して生乳生産を拡大していこうと集まった。酪農の共通の課題を話し合う広場という意味合いで「酪農会議」となった。背景には乳価問題があった。それまでは雪印、明治、森永の大手三大メーカーの「乳業小作」のような存在に甘んじていた。時代は、米価闘争花盛り。なぜ米同様に乳価が上げられないのか。中酪発足に際しては当然、メーカーの横やりもあったが、全国連の農業団体支援もあり何とか漕ぎ着けた。
 この間の歴史を振り返れば、一九六五年には加工原料乳不足払い制度ができ、いわゆる「酪農三法」による生産振興の道具立てが整う。
 当初、中酪をはじめ酪農団体は飲用も含めた総合乳価を求めたが、結局は加工原料乳だけが対象となった。米の食管赤字が大きな問題となった時期。不足払いが「第二の食管」になりかねないとの懸念も政府内で広がっていた。そこで加工原料乳に限定された。酪農家の値上げ要求も大手スーパーの末端小売価格抑制の圧力で難航してきた。中酪が事務局となった全乳対で大手メーカーとの交渉を担った。不足払い制度は加工に限定するなど課題もあったが、英国のミルク・マーケティング・ボード(MMB)を参考にした、生産者を支える画期的な仕組みと言える。都道府県ごとの指定生乳生産者団体を通した生乳の一元集荷多元販売で、取引の透明、公正さを実現した。まさに日本版ミルクボードと言えた。
 西原氏が半世紀の酪農の出来事で印象に残るものは今から四十年以上前、一九七三年の牛乳出荷ストだ。飲用乳価交渉が難航し、九州で雪印に牛乳を出荷しないことを決めた。乳業工場前でピケを張り、廃棄処分などの実力行使で全国に酪農家の要求と窮状を訴えた。
 一九七九年からの生乳計画生産がなぜ成功したのかを考えるべきだ。公的権力でやるのではなく、酪農家による自主的な生産抑制がスタートした。  乳製品の在庫が膨らみ、このままでは不足払いが崩壊する可能性もあった。大規模酪農家が多い北海道などで大きな抵抗もあったが、最終的には整然と進んだ。
 自主的な計画生産が成功した品目は酪農だけだろう。こんな「美徳」がアウトも補給金対象とすることで吹き飛びかねない。
 今回の生乳流通改革の決着は酪農団体の意向を踏まえ自民党側が「名を捨て実を取った」ということだろう。だが、首相の「前のめり」発言を引き金に指定団体の重要機能を担保する一元集荷・多元販売に「穴」が空いたことに変わりはない。これでアウト増大の素地が広がった。問題はこれからの関係者の具体的な制度設計にかかる。
 問題はそっくり「先送り」されたと見ていい。
(次回「透視眼」は1月号)