4月から2023年度が始まった。だが国内外で懸念材料が多く、一言でいえば「不透明」なのが現状だ。酪農・乳業の先行きも同じ。まずは岸田政権の今後にも影響を与えかねない4月の統一地方選、衆参5選挙区補選の行方。さらには農政関連では食料・農業・農村基本法の見直し、食料安全保障論議の高まりに注視したい。酪農・乳業界には「正念場」の情勢が続く。
WBC侍J3つの〈氣〉
ウクライナ情勢など暗いニュースが続く一方で、22年度末、3月の国内最大の明るい話題はWBCで激闘の末の侍ジャパン(侍J)世界一奪取だろう。東京都内では3月22日の新聞号外に数万人が並んだ。
そこで、新年度第1回の「透視眼」は侍Jから農業界が学ぶことは何かと考えた。
まず、大谷翔平選手、佐々木朗希投手を生んだ岩手、村上宗隆選手の熊本をはじめ、侍Jの多くは地方出身の田園地帯で育ったということだ。選出メンバーは沖縄の3人をはじめ九州・沖縄出身者も多い。地元の盛り上がりが大きく、出身地のJA組合長らがWBC日本優勝に際し「ふるさとの誇り」などのコメントを出したほどだ。地元出身選手の世界を舞台にした大活躍は、地域に勇気、やる気、元気の3つの気をもたらした。ここは3つの気を農業県らしく米が付いた旧漢字の〈氣〉を思い浮かべたい。苦しい農業情勢が続くが、侍戦士たちの覇気を地域農業の振興に生かせないか。
次に大谷、ダルビッシュ有選手らが常に言葉にした〈笑顔〉とチームの〈団結〉だ。今、酪農は生乳需給緩和が続く。最も重要なのは需要拡大に尽きる。ここで牛乳料理を広め消費拡大を進めるクックパッド、農水省、Jミルクに旗を振る「牛乳でスマイルプロジェクト」を一段と実践したい。国産牛乳・乳製品はおいしさと栄養で人々を笑顔、スマイルにするはずだ。さらには侍J人気を国産農畜産物、牛乳乳製品の需要拡大に生かせないか。スポンサーなどの問題はあるが、出身球団の食品・菓子メーカーなどと連携して取り組むことはできる。例えば、乳業最大手・明治はプロテインブランド「ザバス」で大谷選手の健康サポートをしている。「食と健康」とスポーツは表裏一体だ。JA全農は「食と健康」の視点から、女子卓球、女子カーリングをはじめ様々なスポーツを支援。王貞治氏をけん引役に少年野球の振興も図ってきた。
最後に、侍J世界一への大きなカギは、監督、選手一体のチーム力、団結力の賜物だったという点だ。ある大きな目標を達成するには、目標に向かって邁進する団結力、チーム力が欠かせない。その意味で現在、酪農乳業界が抱える生乳需給正常化への取り組みは、業界全体の一丸となった〈チーム力〉が問われる事態なのだ。
業界天気、酪農は「土砂降り」
業界の品目ごとの天気、つまりは経営状況を見ると酪農は「土砂降り」のように先が見えないのが実態だ。需給、コストともに厳しく「八方ふさがり」とも言える。
日本政策金融公庫が担い手農業者を対象にした2022年農業景況調査結果を見ると、前年比で農業経営の良し悪しを示す景況DIはマイナス39・1。1996年の調査開始以来最低の数字に落ちこんだ。全品目でマイナスとなり、特に酪農の苦境が際立つ結果だ。
景況調査は、スーパーL資金や農業改良資金の融資先となっている担い手農業者を対象に実施。今回は1月に調査し7424件から回答を得た。回収率は32パーセント。景況DIはこれまで過剰在庫が深刻となり米価が低迷し稲作経営が悪化した2014年のマイナス33・7が最低だった。
品目別では畜産酪農の苦境が際立つ。北海道酪農がマイナス87・7、都府県酪農がマイナス84・8。養豚がマイナス74・2、肉用牛がマイナス62だった。経営悪化の最大要因は生産コストの増大だ。負担感を示す生産コストDIは農業全体でマイナス88・3。生産資材の高騰などで過去最低を記録した。畜酪は配合飼料高騰に加え、光熱費高などが直撃した。中でも深刻な酪農は生乳需給緩和の是正策として〈減産〉を推進しており、コスト高とともに生産抑制、さらには重要な副産物収入の子牛販売が振るわないトリレンマ〈三重苦〉に陥っている。都府県酪農は比較的自給飼料基盤が整う北海道に比べ、輸入に頼る配合飼料の割合が高く、経営悪化に拍車をかけている。
どうする最大焦点「脱粉削減」
23年度も酪農乳業界の最大課題は、新型コロナ禍で積み上がった脱脂粉乳の在庫の山をどうやって切り崩すかだ。
こうした中で、酪農乳業関連の生処販でつくるJミルクは3月、脱粉過剰在庫処理のさらなる延長を決めた。脱粉在庫がなかなか減らず、先の「業界天気図」が示すように業界全体を覆う黒い雨雲のようだ。車の運転に例えれば、晴れ間は見えなくても、〈過剰在庫〉という巨大雲が去り雨もやみ視界が開けないことにはなかなか前には進めない。いみじくも記者会見でJミルクの川村和夫会長(明治HD社長)は当面の生乳需給を「視界不良」とした所以でもある。
脱粉在庫削減を進めるため、Jミルクは関係者が拠出して対応する特別対策の実施期間を24年3月まで延長する。在庫がなかなか減らない中で当然の措置だが、これも「とりあえず」という側面が強い。だが、あと1年間、削減対策を実施して生乳需給がどうなるのか見るしかない。脱粉過剰在庫を巡っては、22年度からの対策の効果も徐々に見え始め、国内の直近1月末の在庫よりは前年同期に比べ17パーセント少ない8万1860トンと減少傾向にあるが、依然として高水準にあることに変わりはない。しかも飼料用脱粉や乳製品調製品など輸入品との置き換え、輸出促進などの対策の手を緩めれば、あっという間に10万トン以上の在庫水準に逆戻りしかねない。
90億円在庫基金、酪農家負担は40銭
23年度の在庫基金は酪農家と乳業者それぞれ28億円ずつ拠出。国の酪農パワーアップ事業による在庫低減分の20億円と、前年度からの繰り越し分を合わせ約90億円と、22年度の100億円基金とほぼ同程度の規模となる見通し。酪農家負担は同40銭と、前年度の45銭と比べやや軽減される。
だが、記録的な酪農危機に見舞われる中でこの負担水準をどう見るのか。例えば、23年度畜酪対策で飼料代高騰などから23年度加工原料乳の補給金単価は生産現場からキロ数円の値上げを求める声が噴出した。農水省は過去3年間の増減を反映する生産費状況を基にする算定ルールを譲らず、補給金単価は前年対比同49銭アップの同11円34銭にとどまった。逆に生乳需給を反映し、かつての限度数量にあたる総交付対象数量は330万トンと前年対比15万トンを削減した。生乳削減を条件に別途救済措置を取ったとはいえ、酪農家の期待を裏切る結果をなった。この補給金アップ分49銭と、今回の在庫削減拠出金40銭はほぼ同じ。補給金はほぼ加工原料乳地帯の北海道に配分されるが、北海道酪農はさらに独自に深掘りした脱粉在庫削減のため、上積みの拠出をしており、酪農家にとって決して軽くない負担となる。
政権の今後占う「4月選挙」
こうした酪農危機の中で、岸田政権はその都度、〈小出し〉とはいえ飼料高騰対策など支援策を打ち出している。
問題は岸田政権の行方だ。相変わらずの〈低空飛行〉が続くが、今後を占う節目が4月の統一地方選と同時期にある衆参補選の結果だ。特に、国政の各党勢力図に影響を及ぼす補選は自民党への支持具合、あるいは立憲民主党をはじめ野党の伸長をはかる意味でも注目したい。
衆院は千葉5区、和歌山1区、山口2区、4区、参院は大分の衆参5選挙区だ。千葉5区は「政治とカネ」で自民党議員辞職、山口4区は安倍晋三元首相死去に伴う。参院の大分はもともと野党勢力が一定の影響力を持つ選挙区だ。「4月選挙」が終われば、5月には政権の浮沈をかけた岸田首相の地元、広島で開く主要7か国首脳会議(G7広島サミット)がある。サミットが終われば、あと1年半後の来年9月の自民党総裁選に向けた動きも表面化する。今年夏から秋にかけては自民党役員の任期満了に伴う人事も控える。いつ衆院解散・総選挙があるのか。いずれにしても来秋の党総裁選前との見方は強い。
(次回「透視眼」は6月号)