ふくおか県酪農業協同組合

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丑年こそ酪農輝く時に 菅政権でも市場開放路線続く
 2021年の新たな年が明けた。今年はどんな年になるだろうか。新型コロナウイルス禍に明け暮れた昨年は酪農にとっても経験したことのない1年に終始した。コロナの行方に注視しながら反転攻勢を願いたい。さて丑(うし)年である。夏目漱石の言葉に「牛は超然と押して行く」。コロナの厄災を振り払い〈超然〉と進む酪農乳業界であってほしい。
漱石の芥川龍之介への手紙
 冒頭の〈超然〉の言葉は、文豪・漱石からまだ20代の若き小説家であった芥川龍之介に宛てた手紙の中で触れた。漱石ほどの作家でもあっても煌めく芥川の文才に驚きまぶしささを覚えた。芥川を励まし、期待を述べ、さらにはいさめてもいる。この中で例えに牛を引き合いに出した。

 1916年(大正5年)8月、漱石は芥川龍之介と久米正雄へ連名宛の手紙を何度か出す。そこでのキーワードが〈牛〉だ。大正5年は芥川が東京帝大を卒業した年で大学同期の久米と創刊した同人誌「新思潮」(第4次)創刊号に『鼻』を掲載。漱石はその斬新さと将来性を見据え激賞した。そして、この年の12月に漱石は逝く。彼にしてみれば、今後の日本文学界を背負う〈原石〉を見た思いだったのかもしれない。手紙で期待を述べた後に「むやみにあせってはいけません。ただ牛のように図々しく進んで行くのが大事です」と説く。さらに3日後に追伸。「牛になることはどうしても必要です。われわれはとかく馬になりたがるが、牛にはなかなかなり切れないのです。あせってはいけません。頭を悪くしてはいけません。根気づくでお出でなさい。うんうん死ぬまで押すのです」とも諭す。
 早く進む馬は効率は良いが必ずしも持続しない。ゆっくりだが、ずんずん進んでいく牛は確実に成果を積み上げていく。漱石は、黙々と荷車を引く牛を〈真面目〉の象徴としてとらえた。

 牛は酪農そのもの。米中対立、新型コロナウイルス禍で大揺れの時代だが、こんな時こそこの〈超然〉さが求められる
都府県、中小基盤強化を支援
 2021年度畜産酪農政策価格・関連対策は都府県酪農への支援強化の姿勢を鮮明にした。生乳全体では北海道の割合が全体の6割近くに高まる一方で、改めて北海道と都府県の〈均衡発展〉が問われているためだ。都府県酪農の生産基盤強化に向け、中小規模の農家に対し、自家育成で増頭した場合に雌子牛1頭当たり5万円を奨励金として交付。酪農ヘルパーの確保を後押しするため、待遇改善や学生の修学支援も盛り込んだ。酪農は早朝からの長時間作業を余儀なくされており、後継者不足の一因ともなっている。ヘルパー拡充は、農業版働き方改革の一環でもある。

 政策価格のうち加工原料乳生産者補給金は、配合飼料コストの減少を踏まえキロ5銭引き下げ8円26銭に。あまねく集乳する指定生乳生産者団体に支払われる集送乳調整金は物流コスト上げを反映し5銭上げ2円59銭。結果、加工向け単価合計はキロ10円85銭と据え置いた。集送乳調整金の単価引き上げは、酪農家が指定団体に出荷した方がメリットが出る。総交付対象数量は345万トンと据え置いた。
自民農林幹部の現金疑惑どう波及
 今年の農政展開の波乱要因に自民党農林議員の現金授受疑惑が浮上している。吉川貴盛元農相が大手養鶏業者元会長から500万円を農水大臣室などで受け取ったとされる。さらに西川公也元農相にも同じ元会長から同様の現金授受の疑惑報道が相次いでいる。吉川氏は農政の進め方を事実上差配する自民党農林幹部インナーの主要メーバー。西川氏は、先の衆院選で議席を失った後も、安倍政権に続き菅政権でも内閣府参与の肩書きで農政に関わっていた。両者とも特に畜酪行政には大きな力を持つ。吉川氏は北海道の酪農問題で支援拡充などににらみを効かせてきた。西川氏は代議士時代に、環太平洋連携協定(TPP)推進を進めた。JA全中が農協法から外れ一般社団となった農協改革でも主要な役割を果たす。小泉進次郎農林部会長時代の全農改革でも〈後ろ盾〉になった人物だ。
 東京地検の捜査いかんで、今後の農政に及ぼす影響も出てきかねない。吉川氏の〈不在〉は今回の21年度畜酪でも補給金単価と加工向け交付数量などで、北海道の主張が一部通らなかった一因との指摘もある。コロナ禍で業務用需要が低迷し、乳製品の在庫積み増しが深刻となっている。特にバターの過剰在庫は近年にない水準に達し、交付対象数量拡大なども焦点となっていた。
北海道400万トン時代
 北海道生乳生産初の400万トンへ コロナ禍で乳製品過剰も深刻化
 北海道今年度生乳生産は、初の400万トン台に達する見通しとなった。中央酪農会議まとめた受託乳量実績では、今年度上期(4~9月)で初めて200万トンを突破し、10月も前年対比2%超の伸び率を保っている。都府県の4年ぶりの増産に転じた。ただ、新型コロナウイルスの影響で業務用需要が低迷したままで、バター、脱脂粉乳在庫は拡大しており、来月決着予定の乳価交渉などに悪影響を及ぼす可能性もある。

 中酪による10月の生乳販売実績は、北海道が全体比2・5%増の33万2000トンとなった。4~10月累計では約236万トン。上期で約202万5000トンとなっており、大きな自然災害などがなければ今後とも順調に増産する見通しだ。初の北海道生乳「400万トン時代」ちなるだろう。
 増産を後押しする要因は、規模拡大に伴う乳牛頭数の増加だ。つまりは生産を担保する個体がそろっていることになる。生乳生産は、乳牛の体調を左右する夏場の天候や粗飼料の品質でも上下する。一番牧草は長雨の影響で刈り遅れなどが出たが、その後の2番牧草の収穫は順調に推移した。乳量押し上げ要因となるデントコーンも十勝など道東の主産地で高品質を確保した。乳牛個体、良質粗飼料の二本柱が堅調で、酪農家は増産のアクセルを踏んでいる。
酪農家がホクレン回帰
 ここで見逃せないのが、複数の酪農家が4月から生乳の出荷先をホクレンに切り替えたことだ。3年前の改正畜産経営安定法で生乳流通の自由化が進み、指定生乳生産者団体以外に出荷する酪農家の動向が注目された。特に大型酪農家が多い北海道は、どの程度ホクレン離れが起きるのか懸念された。だが、生乳集荷販売業者の乳代精算の不明朗さなどから複数の酪農家とトラブルも起きた。結果、ホクレン回帰の動きが出ている。元々、酪農不足払い制度の下で生乳共販制度は、指定団体が一元集荷、多元販売を通じたプール乳価で酪農家の持続的な経営を支えてきた。改正畜安法は、規制改革の名の下に近年拡大傾向にあった指定団体を通さないアウトサイダー業者の動きを是認した側面も強い。酪農家個別の所得増加に着目したもので、かつて国会所信表明で安倍晋三元首相も言及したこともある。
 一方で、酪農家が複数の出荷先を選択できることから、以前から「二股出荷」「いいとこ取り」など改正畜安法の課題が指摘されてきた。一部の酪農家の所得増加のため、全体の酪農家の乳価が下がる本末転倒の結果さえ招きかねない。北海道の生乳増産の背景には、ホクレン出荷酪農家が増え、安心して生産できる環境が強まったこともある。
逆の「牛乳南北問題」どうする
 酪農問題の大きな課題は、北海道と都府県の生産不均衡だ。かつて、道産乳が大量に首都圏などに流れ込み関東の酪農家の経営が脅かされる「牛乳南北問題」も浮上した。しかし今、都府県の生乳生産基盤は大きく弱体化し、道産乳の安定的な供給なしには国産需要が賄えないのが実態だ。つまり、かつての「南北問題」はとうに消え去った。だが逆の「南北問題」が課題となる。
 増産を続け規模拡大を進める酪農王国・北海道の存在。半面で規模縮小に歯止めがかからない都府県酪農という構図をどう是正するのか。このままでは、生乳生産全体の6割近くを占める北海道のシェアはますます高まる。ここで問題となるのが、物流に限界があるという点だ。トラック運転手不足など物流問題は全産業的な課題で、ドライバーの奪い合いさえ起きている。ホクレンは生乳運搬タンカー「ほくれん丸」を増やすなど対応に懸命だが、月単位で運ぶ量は生乳6万トンが限界とされ、すでにぎりぎりの水準に達した。生乳需給逼迫のピークとなる9月上旬には、首都圏、関西圏の大都市で牛乳欠品が頻発しかねないのが現状だ。

 この逆の「南北問題」をどうするのか。今月下旬から本格化する2021年度の酪農畜産政策価格・関連対策の議論でも都府県酪農振興対策のあり方が柱の一つとなるのは間違いない。農水省も手をこまねいているわけではない。北海道、都府県の酪農均衡発展に向け支援を強め、成果も出つつある。結果は生乳生産に反映される。先の中酪の生乳販売実績で都府県は4年ぶりの増産に転じた。10月生乳生産は約25万トンで前年対比0.9パーセント増、4~10月累計でも178万トンで0.4パーセント増となっている。北海道に次ぐ酪農産地・関東は前年に比べ微減にとどまっているものの、東北、九州など国内有数の酪農産地は増産を続けている。関東地区の前年度割れは、先に指摘した改正畜安法の影響で、大型酪農家が指定団体への生乳出荷を減らす「二股出荷」が出ているのかもしれない。
乳価交渉への影響懸念
 新たな酪農肉用牛近代化基本方針(酪肉近)は、10年後の生乳生産を780万トンと、現行の730万トンより50万トン増産を明記した。拡大する国産生乳需要を踏まえた。こうした中での「北海道生乳400万トン時代」は望ましい方向だ。都府県の生産祈願回復の兆しも期待したい。問題は、直近の生乳需給の不均衡が深刻になりつつあることだ。酪農家は増産を手放しで喜べない。都府県に影響を及ぼす飲用乳価交渉の行方も生乳全体の需給が大きく左右する。

 コロナ禍でレストラン、ホテルなどの乳製品業務需要が低迷し、一挙に乳製品在庫が増えた。これに春先からの学校給食用牛乳の停止が加わった。行き場のなくなった学乳を乳製品加工に回し、在庫拡大に拍車をかけた。こうした事態の中で国が脱脂粉乳需要を促すため輸入代替などを進めた。問題はバターだ。需要期のクリスマス消費でケーキなどでどれだけ在庫消化できるかも問われる。さらには需要が伸びている国産チーズをさらに消費拡大する必要もある。

 各指定団体の21年度乳価交渉で、乳製品過剰が交渉に悪影響を及ぼさないかとの懸念も募る。中心の飲用乳価交渉は、牛乳消費がほぼ前年並みに推移しており、酪農団体と乳業が対等な立場での議論となる。

 問題はホクレンが交渉中の加工向け乳価交渉だ。ホクレンの篠原末治会長は昨年10月末の札幌での定例会見で生乳取引交渉に言及し「持続可能な酪農経営の確立を第一義的に置き、乳業各社と交渉を進めている」と強調した。コロナ禍での乳製品過剰は酪農家の責任ではない。一方で乳業も過剰問題を是正しなければ経営問題となりかねない。篠原会長の言う「持続可能な酪農経営」とは乳価の安定性を指す。今年は増産を明記した新酪肉近元年度である。当然、一過性の生乳需給に左右されず、酪農家の生産意欲に冷水を浴びせる対応はすべきでない。
(次回「透視眼」は2月号)