ふくおか県酪農業協同組合

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牛乳価格二極化と改正畜安法 酪肉近論議と農水幹部「畜酪人脈」
改正基本法施行を受け、夏以降、農政は急展開する。今後の農政運営を行う農水省幹部人事も決まった。一方で「改正畜安法」に伴う非系統の生乳取り扱いは拡大しており、飲用牛乳市場では小売価格の〈二極化〉も起きている。 
国会終了直後のバター4000トン追加枠
「国会を閉会してからこっそり追加輸入を決めるなど姑息極まりないです。これだけやられても次も自民党を支持しますか」。
6月末、X(旧ツイッター)投稿で立憲民主党の農林議員・石川香織氏(衆院北海道11区)は、「4年ぶりバター追加輸入 生乳需給緩和の中、異例の6月末判断」の報道記事を添付しながら、憤った。
記事のポイントは、乳製品在庫削減の最中でのバター4000トン(生乳換算約5万トン)追加輸入という数字の大きさの有無と今後の生乳需給に及ぼす懸念。さらには通常、5月末のJミルク生乳需給見通しと同時に公表するのに、「今後の需給の精査がなお必要」として1カ月遅らせ国会閉会後に明らかにした点だ。5月中旬、生乳需給の周辺取材から「あえて国会閉会後にバター追加輸入公表」の農水省の動きをつかんだ。
基本法与野党対決も背景に
当時は「政治とカネ」をめぐり与野党攻防は激しさを増し、農政関連も改正食料・農業・農村基本法、食料安保関連法の議論が白熱し、国会審議は重要局面を迎えていた。今後の天候、経済動向、地政学リスクなど複合要因で揺れ動く牛乳・乳製品の需給を見通すことは極めて難しい。追加輸入公表時の農水省牛乳乳製品課の須永新平課長の「苦渋の決断」の言葉は生産現場の心情も踏まえたもので、まやかしはないだろう。
ただ、酪農問題の深掘りも含め、やはり衆参農水委員会などの議論も経るべきだった。現在の需給問題はそもそも、2015年前後の「官邸農政」主導の農協法改正の同一線上に位置する改正畜安法による政策危機の側面も強いからだ。
牛乳価格「両極化」の裏側
先日、最大手・明治の松田克也社長から「今が我慢のしどころ。大手スーパーからは値下げ圧力が大きくなっている」と聞いた。現在、スーパーの牛乳販売の棚は一変している。
明治主力商品「おいしい牛乳」を筆頭に雪印メグミルク、森永、赤パックの「農協牛乳」など主要メーカーの製品がメインの棚から外され、代わりに中小乳業メーカーの牛乳や、低脂肪牛乳、加工乳、乳飲料などが目立つはずだ。
度重なる飲用乳価引き上げに連動し大手メーカーの牛乳末端小売価格は1リットル当たり250円前後、場合によっては300円近くに上がっている。一方でメインの棚には価格を抑えられる同200円以下の低脂肪、乳飲料などが並ぶ。一方で、特売の形で同190円前後の特定中小乳業の製品もある。
安売り要因に非系統原乳
いったいどうなっているのか。例えば酪農家の飲用乳価がキロ3円上がると、乳業、小売りなどに配分され牛乳末端小売価格は1リットル10円程度上がる。この間の度重なる飲用乳価上げは、小売価格を同50円前後上がるはずだ。牛乳は原価率が5割前後と高い。原乳価格の値上げが製品価格と連動する。問題は消費者がそれを受け入れるか。消費が減れば、今後の乳業メーカーの買い入れ削減となって、結局は生産段階の生産縮小を招きかねない。要は需要あっての生産なのだ。
Jミルク調査によっても値上げに伴い、牛乳購買の前年割れが続く。さらに消費は低価格牛乳の方に流れる傾向もある。大手の原乳は指定団体経由のいわば正規ルート。安定的な量、一定の品質、価格が担保されているためだ。ただ、非系統の生乳卸から大手メーカーに対し売り込みの要請が来ているのも確かだ。
半面、190円前後の安い牛乳は、かつて「アウトサイダー」と呼ばれ改正畜安法で「二的出荷」が認められたこともあり拡大する系統外の原乳を使用したものが増えているのが実態だ。結果、95%超あった指定団体共販率は下がり続け9割ラインに近づいている。
学乳値上げで「牛乳外し」も
学校給食向け乳価値上げも様々な余波が出ている。全国各地で学乳価格は過去最高に達したと見られている。乳業は学乳値上げを学乳供給価格の入札で転嫁し、子どもたちのカルシウム不足を補う給食でのパック牛乳提供に異変が起きているのだ。
給食代の中で牛乳代は20%超と見られる。厳しい自治体予算の中で給食費の抑制は学乳の選択制を導入する事例が増えている。さらに給食無償化の動きの中で予算の制約から学乳そのものを廃止する動きも出ているという。
系統外増加50万トン突破か
年間18万トンを扱うMMJを筆頭に、自主流通とされる非系統業者の生乳取扱数量は既に50万トンの大台を突破したとの見方が強い。この数量は東北や九州の酪農主産地の指定団体集乳量に近い。非系統の生乳道外送りは2023年度に25万トン超に達したと見られている。
系統外の「受け皿」も徐々に拡大し岐阜県の東海牛乳は3月末に牛乳製造ラインを大幅拡充し、4月から本格稼働した。同社は系統外の最大の受け入れ乳業で、生産は倍増を見込む。MMJは加工施設を建設し飲用牛乳需要の季節別変動に備える。
北海道ホクレン傘下の酪農家は脱脂粉乳在庫削減へ2年間の減産を余儀なくされた。こうした中で、4月以降、MMJなど非系統業者に出荷する大型経営酪農家も増えた。増産分を買い入れてくれるためだ。改正畜安法が認めているホクレンと系統外の「二股出荷」も増えている。7~9月夏場の首都圏をはじめ生乳需給ひっ迫時にホクレンから道外送りする生乳は減少し、系統外シェアが拡大している。北海道中標津町の大型酪農経営「ループライズ」も生乳卸に参入し、独自の道外送りを始めている。
「畜安法」と二人の〈わたなべ〉
概算要求の夏以降の農政展開に影響する動きを見よう。官僚トップを筆頭に大幅入れ替えとなった農水省幹部人事だ。
国会を閉じた直後の週明け早々農水省にとって重要な数日となった。
6月26日水曜日夕方には、生乳需給緩和の中でのバター輸入枠大幅拡大を発表とともに、水面下では事務次官をはじめ局長級幹部人事が固まった。バター追加輸入、幹部人事とも実質的に森山裕、江藤拓氏ら自民農林幹部の事前了承が欠かせない。
6月28日正式発表した農水幹部人事は興味深い。今回の企画で何度か言及した「改正畜安法」とも関連する〈畜酪人脈〉が顔をそろえたからだ。
まずは、筆者も酪農問題で何度か取材した農水2トップである二人の〈わたなべ〉。事務次官に渡辺毅(官房長)、国際担当の農水審議官には渡辺洋一(畜産局長)両氏が就いた。
渡辺次官は生産局畜産部長時代に改正畜安法に伴うMMJなど系統外生乳業者の対応が問題になった。さらには畜酪部門が20年ぶりに畜産局に昇格となった時の局長・渡辺洋一氏には年明けに「改正畜安法が生乳需給問題で支障をきたす」と訊いたことがある。二人とも食料・農業・農村政策審議会畜産部会でも関係者から「改正畜安法」の課題を何度も指摘を受けてきた。この欠陥法と今日の〈酪農危機〉をある程度認識しているはずだ。
渡辺次官は「改革派」か
この中で、渡辺次官を奥原正明元次官の系譜に連なる「改革派」と見る向きがある。
奥原氏は10年前のJA全中の農協法外し、全農の株式会社化、指定団体の全量委託廃止の生乳制度改革などをもくろみ、先導した。
渡辺次官は、奥原改革路線を進め官房長時代には基本農見直しの争点の一つ担い手問題で、全中が求めた中小・家族経営も含めた「多様な担い手」明確化に難色を示した経過もあるからだ。ただ、次官昇格には現実路線である自民農林最高幹部・森山裕氏の了承が必要だ。農政の現実路線を認めたうえで今回の人事となったことを考える、そう心配することはないだろう。
局長に二人の元牛乳乳製品課長
次に局長人事。筆者もかつて何度か取材を重ねた二人の牛乳乳製品課長経験者が就いた。森重樹輸出・国際局長(東海農政局長)と松本平畜産局長(農産局農産政策部長)だ。
森氏の同課長就任は2014年と「官邸農政」による農協改革、TPP最終局面の時期と重なる。松本氏はより直接に酪農制度改革の渦中にいた。2016年に同課長に就き、加工原料乳生産者補給金等暫定措置法(いわゆる酪農不足払い法)を廃止し現在の「改正畜安法」と改変する担当部署を担った。
松本氏にも課長時代に改正畜安法の問題点、特に指定団体による生乳全量委託廃止と「二股出荷」、用途別需給調整問題で何度か疑問を呈した。当時の疑問、課題が今日、系統外生乳流通50万トンへの拡大など新たな問題点を含みながら、〈酪農有事〉に至っているのは間違いない。
改正基本法施行を受け今後、農政は基本計画見直し、新たな酪肉近論議に入る。「改正畜安法」の課題も熟知している〈畜酪人脈〉に連なる農水幹部の動向もカギを握るはずだ。


(次回「透視眼」は10月号)