ふくおか県酪農業協同組合

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透視眼

2016/1/1 透視眼1月号 農政ジャーナリスト・伊木 耕平
酪農・乳業「みらい」左右する一年
「政治の季節」と自由化の軋み
 「国のかたち」を抜本的に変えかねない環太平洋連携協定(TPP)大筋合意の「余震」が、国内酪農地帯に動揺を与えている。「いったいこの先どうなるのか」「後継者をどうするのか」と。一方で今年は十一月の米国大統領選を最大山場に国際的に「政治の季節」に突入する。初夏以降、米国は機能不全となるだろう。TPP国内対策の本格的な予算付けは今秋としたのも、干支に例えれば七月の国政選挙を見据えた自民党の「猿知恵」だろう。一年を見通す「透視眼」で覗けば、国内酪農・乳業の「みらい」を占う激動の一年となるのは間違いない。
生産基盤をどうするのか
 TPP大筋合意で農水省の説明を聞いていると、いったい影響がどの程度あるのか分からないとの指摘が多い。当然だろう。当の国も読めないでいるのだ。ただ牛乳・乳製品に関して当面、急激な変化はない。むしろ、じわじわと協定発効から五年後以降で、ダムのひび割れから水が浸み出しやがて土台を突き崩すような輸入圧力が近づいていると見た方がよい。
 こうした中で、乳製品自由化の進展で酪農への影響が懸念されている。品目を精査すると特にTPP大筋合意に伴い国産チーズ振興に支障が出る見通しだ。チーズの関税削減や撤廃は、酪農行政の大きな柱となってきたチーズ国産振興に逆風となる。今後、国内酪農と乳業メーカーの企業戦略に影響が出るのは必至だ。新局面に備え新たな国産チーズ対応を官民挙げて検討すべきだ。
 TPP協議で、米などとともに重要五品目に位置付けられた乳製品は、自由化に伴う影響度によって主産地・北海道ばかりでなく、飲用牛乳地帯の都府県酪農や肉牛など畜産、あるいは飼料用米活用の面で水田農業にもさまざまな打撃が懸念される。特に和牛生産は繁殖農家の地盤沈下から酪農家による乳牛の借り腹で子牛生産を維持する割合が高まっている。酪農の経営離脱は和子牛確保も左右する問題だ。
 TPP大筋合意を乳業、酪農団体などで構成するJミルクでは「さらなる精査が必要だが、さまざまな影響が出るのは避けられない」と見る。年明け以降、影響度を含め検討を重ね、政府に自由化下の酪農・乳業行政の在り方で提言を行っていく。乳製品貿易制度の根幹である脱脂粉乳、バターの特定乳製品で関税削減・撤廃を行わず、米国などに新設するTPP枠も生乳換算七万トンと最近の緊急輸入数量の範囲内にとどまった。一見、生乳需給に影響しないようだが、問題は乳製品需給の底が浅く過去一〇年間で見ても過不足を繰り返してきたことだ。
 二〇一六年度酪農・畜産対策でも最大焦点となった生産基盤をどうするのか。生乳コスト下げが明らかなのに、加工原料乳補給金単価をどうするか最後まで揉めたのも、TPP発効前夜の中で、生産現場の意欲を最大限配慮したからにほかならない。自民・公明の与党は衆参とも圧倒的な議席を占めている。だが、昨秋以降の安倍政権の強引な三点セット「安全保障法制」「農協改革」「前のめりTPP」で有権者の不満マグマはたまっている。三年三カ月の民主党政権下の野党転落による「冷や飯暮らし」の恐怖心が自民党議員からは離れない。あまり農業と農協をいじめると、そのうち離反するのではないか。その辺の匙加減が今回の畜酪関連対策での手厚い支援策と、今秋のTPP国内対策具体化の時期設定となって表れたと言っていい。
メーカー戦略も大きく影響
 バター不足はここ一、二年の事態に過ぎない。輸入増を一定量約束したことで、国内生乳が回復した時に一転、過剰になる可能性もある。今後十年間を展望した新たな酪農・肉用牛近代化方針に沿って生乳増産、酪農経営安定の観点からも生乳需給全体のセーフティーネットを改めて強化すべきだ。農水省食料・農業・農村政策審議会畜産部会で、生産者委員から「畜酪全体の問題は関税削減・撤廃が進む十数年後を見据えた対策ではないか」との指摘は当然だろう。農水省による品目別影響度は「当面は大きな影響はない」と極めて抽象的だが、最大の課題は自由化加速化で先が見えないことだ。先行き不安が募り、酪農家の規模拡大投資が進まず、ますます生産基盤が弱体化するのは間違いない。家族経営の維持を見据え「多様な酪農家」を支援する畜産クラスター事業に転換すべきだ。補正予算案で相当額を積み上げたが、対象者が限られたのでは意味がない。規模拡大を志向する中小酪農家でも地域全体で支え応援する対応が欠かせないだろう。
 今後大きな問題になるのがチーズとそれの副産物のホエイの扱いで「乳業メーカーがどういった対応をするかで酪農産地も大きく変わる」と名古屋大学大学院の生源寺真一教授は注視する。需要拡大が有望なチーズは国産比率を高めるために基金で支援した経過があり、補給金対象に組み込むなど国産チーズ振興は酪農行政の柱の一つ。今回のTPP大筋合意で国産振興が大きく揺らぎかねない。先日の国産ナチュラルチーズ全国コンテストで農水省幹部は「TPPはあるが独自に発展している国産ナチュラルチーズは輸入物と〝すみ分け〟ができているのでないか」と強調した。確かに、日本人向けに工夫を重ねた和風チーズの製造の側面はあるが、問題は相当量を占めるチェダー、ゴーダなどプロセス原料用チーズへの打撃だ。段階的に関税を削減し協定発効から一六年目で完全撤廃となる。関税割当制度で輸入原料二・五に対し国産一の抱き合わせ制度を継続するが、「国際相場にもよるが五年から六年程度で国産を使う関割は機能しなくなる可能性が高い」(日本乳業協会)との見方が多い。これでは国産チーズ振興に逆行する。
EUは乳製品開放に的絞る
 さらに懸念材料は欧州連合(EU)との通商交渉でチーズ自由化を強く求めている点だ。大方の通商関係者は「WTOが漂流する中で年内には日EUの経済連携協定(EPA)は大詰めの交渉を迎えるだろう」と見る。欧州はナチュラルチーズの商品力が極めて強い。対EU交渉で妥協すれば、今回のTPP大筋合意で一定程度守ったこれらの品目が自由化にさらされかねず、酪農、乳業双方に大きな影響を与える。
地域ネットワーク構築を
 加えてチーズ製造の際に副産物で出るホエイの自由化の影響だ。大筋合意で脱粉と競合するたんぱく含量三〇%前後のホエイ関税撤廃は二十一年目と長期間を確保した。だが、ホエイは機能性に富み今後の戦略品目。日本向けへ開発輸入も活発化するとの指摘もある。安価な乳飲料の材料ともなり、大量に出回れば飲用牛乳市場そのものの相場を引き下げかねない。
 危機感を持つ乳業は、先の畜産部会で国内生乳生産基盤への打撃を懸念するとともに、「国内製品が輸入品との厳しい価格競争にさらされる」と指摘した。今後、飲用向けや国産競争力があり補給金対象となるヨーグルトなど液状乳製品へ製造シフトするだろう。大手乳業はTPP対応で大産地・北海道をはじめ一斉に戦略練り直しを進めていくのは間違いない。これが酪農生産にどう影響するかは不透明だ。ただ液状乳製品振興が北海道と都府県酪農の〝すみ分け〟に直結するかは分からない。チーズ、ホエイの自由化がどう影響するかで様相は全く異なるからだ。TPPなどの自由化路線が進む中で、北海道VS都府県の酪農対立構図は全くばかげたことだろう。これからは一体となって海外の「敵」に立ち向かう時だ。そのためには各地で生乳増産の地域ネットワークを築かねばならない。
(次回「透視眼」は2月号)