新たな年が明けた。2019年は国内外のあらゆるものが「分水嶺」となる。日米物品貿易協議、略してTAGと呼ばれる交渉は、日本の農畜産物に新たな市場開放を迫るのは間違いない。官邸農政は自由化が新たな市場開放を招く「自由化ドミノ」の負の連鎖に陥っているようだ。今年は亥年。四字熟語で酪農家無視の「猪突猛進」では困る。
期限きり日本に迫るか
世界に混乱を招く物騒な「トランプ爆弾」が破裂しているようだ。昨年末の米国抜き11カ国による環太平洋連携協定(TPP11)に続き、早ければ1月中旬にも日米TAGが始まる。2月1日には日欧の経済連携協定(EPA)も発効する。「安倍政権、そんなに急いでどこに行く」。思わずため息が出る市場開放の嵐だ。
全ては自動車問題が中核だ。だが、それで交渉が進まないとなると、日本の農畜産物市場を差し出す、相変わらずの構図が続く。それにしてもTAGはタッグと読み、思わずタッグマッチなど「連携」を表す解釈をしてしまうが、とんでもない毒まんじゅうと見た方がいい。ここで、今後の日米協議を占う意味で参考になるのが、「貿易戦争」「新冷戦」と称される米中協議の経過だ。
「休戦」か「対立激化」か。注目された12月1日のトランプ大統領、習近平主席のトップ会談。両者の左右はがっちり両国の外交・経済関係閣僚が固めた。それは、21世紀の覇権をどちらが握るかの総力戦と前哨戦のようにも見えた。
今回の米中首脳会談で、最悪の事態は回避された。だが、それは深刻な対立の始まりも意味する。「トランプ爆弾」の導火線にライターで火をつけ、着実に爆弾に向かっているとの見方が正確だ。時限爆弾のセットは3カ月後。3月初めに合わされた。こう見ると、おそらく、日米協議も時間を区切りながら、報復関税をちらつかせじわじわと市場開放を迫る手法が目に浮かぶ。
「多国間主義」は風前の灯
昨年の一連の国際会議で、利害が複雑に絡み合う国々が一堂に会し、一定の一致点を見る「多国間主義」の基盤が大きく揺らいだことが浮き彫りとなった。
まずは昨年10月の21カ国・地域で構成するAPEC(アジア太平洋経済協力会合)首脳会談が、初めて首脳宣言をまとめることができなかった。そして、12月1日までの20の先進国と新興国で構成するG20首脳会議。ここでの混乱ぶりは、これまで大きな機能を果たしてきたG20の存在意義そのものを問うことになりかねない。
G20発足は2008年の米国発の金融危機「リーマンショック」で、国際経済の調整がこれまでの先進7カ国だけでは機能不全に陥ったことからだ。新興国が加わったG20で存在感を示したのが中国で、巨額の財政投資と迅速に実施し世界経済復活の先導役になった。それから10年、米中関係は大きく様変わりし、中国は米国にとって脅威に映るまでに国力を強めた。
両国の対立は「新冷戦」とも称される。1950年代以降のかつての米ソ対立の「冷戦」とは異なる。当時は米ソの貿易額は1パーセントにも満たない。今の米中は経済が大きく深く相互依存する。貿易戦争を意味する「新冷戦」は、21世紀の経済成長の鍵を握る先端技術の覇権争いだ。「テクノ冷戦」とも言われる。しかも経済利害を超え、サイバー攻撃など国家防衛の安全保障問題にもつながるだけに、解決の糸口は容易に見いだせない。
米中間選挙で下院が野党民主党勝利に伴い、米外交の転換を予想する向きもあったが、対中強硬路線は与野党とも一致している。今回の米中首脳会談の前哨戦、APECで習主席は「冷戦にも貿易戦争にも勝者はない」と指摘。一方で出席したペンス米副大統領は「中国が不公正な貿易を改めるまで米国は行動を変えない」と名指し批判した。これは、議会の主要な意見を代弁したものだろう。
6月G20は日本が議長国
悪いことに、今年6月のG20は日本で開かれ、議長を安倍晋三首相が務める。当然、保護主義を諌め、貿易自由化の促進を先導する役回りとなる。こうした中で国内農業の重要品目を果たして守り抜けるのか。酪畜にとって本当の巨大津波は「参院選後」の夏以降に来るとの見方が強い。自民党苦戦が予想される参院選まではリップサービスを繰り返し、投票を促す。だが決して肝心の言質は与えない。抽象的な表現でごまかし、選挙後に一挙に官邸農政の本当の姿を現わす。衆参ダブルのささやかれる今夏の国政選挙も今後の農政、ひいては安倍政権の行方、求心力にも大きな影響を与える。
自由化は日本の酪畜大打撃
さて米中「新冷戦」の行方と、日本農業への影響がどうなるのか。
年末の国会ではTPP11対策として、先行している酪農と同様に畜産対策も拡充された。具体的には肥育牛のマルキン対策の補てん率を9割に引き上げ、現在2階建てとなっている肉用子牛補給金制度の拡充・一本化などだ。国産チーズ振興の財政支援も拡充された。
吉川貴盛農相は国会答弁で一連の自由化と国内食料自給率率を問われ「適切な国内対策を組み合わせており影響はない」と応じた。果たして本当か。正直言って酪農家は誰も信用していないだろう。国内市場に出回る輸入品は増え、関税大幅引き下げ・撤廃に伴い、酪畜振興に充てられていた関税収入は減る。物は増え財源は細る。これで、自給率をいつまで支え続けられる言うのか。農相答弁の本質は「影響ない」の中に「当面の2、3年は影響ない」と翻訳すべきかもしれない。
米国べったりの安倍政権だが、究極の自由化を迫られかねない日米協議への悪影響は間違いない。まず日米物品貿易交渉で英三字の略はTAGとしたことだ。米政府は通常の自由貿易協定を意味するFTAとしか使っていない。TAGのGは物品・商品を意味する「Goods」であながちウソとは言えない。だが協定開始の日米合意文書を見ると、そのすぐ後に「同様にサービス分野も」となり、今後の日米協議が物品=関税削減や数量規制ばかりでないことは明らかだ。
気になる動きも注視しべきだ。米中首脳会談で「ハイテク冷戦」の知的財産分野などの対応策を3カ月以内に出すと期限を切った。
米中首脳会談があった昨年12月1日の3カ月後は今春3月の初め。ちょうど中国の国会に当たる全国人民代表者会議(全人代)開催の時期に当たる。この時に対米妥協が過ぎれば、先の述べたように習主席は批判にさらされるだろう。一方で対米融和を優先させさらなる妥協案を示せばどうか。トランプ氏は「やはり2国間協議は効果的だ」と味をしめ、日米協議でも高圧的な態度を増さないか。
いずれにしても、日米協議の肝は自動車問題だ。だが、自動車の周辺問題として、日本は牛肉、チーズなど酪農・畜産の一層の自由化を天秤にかけられない。
新北米協定のカナダ妥協
ここで気になるのは新北米自由貿易協定での酪農王国カナダの譲歩と、2月に発効する日欧EPAでTPP11を上回る一部ソフトチーズでの市場開放だ。ここを有能なトランプ政権の通商担当者は見逃すはずがない。今後の日米協議と安倍政権の動きに一段と警戒が必要だ。
(次回「透視眼」は2月号)