農業団体の全国大会で食料安保構築を訴える森山裕自民党総合農政調査会最高顧問(党総務会長)。畜酪決定でも大きな影響力を持つ
2024年度畜産酪農政策価格・関連対策は、政府・与党の折衝を経て12月12日にも実質的に決着する。最大焦点の加工原料乳補給金単価は、コスト高止まりを反映する一方、生乳需給緩和が続く中で総交付対象数量は削減し財政規模を維持する可能性もある。需給調整に支障が出ている改正畜産経営安定法の見直し、25年春に決まる次期酪農肉用牛近代化基本方針(酪肉近)も俎上に上るが、議論が深まるかは不透明だ。
14年ぶり畜酪全国大会
JAグループは11月30日、酪農協なども含めた2009年以来、14年ぶりの畜酪全国大会を開いた。14年前の当時は、リーマンショックを引き金とした金融危機に連動し穀物国際価格の急騰、食料危機で多くの畜産農家が資材高騰、経営困難に陥った。現在の状況はそれに匹敵する危機的状況との認識だ。
中でも酪農は深刻だ。コスト高に加え、脱脂粉乳過剰による生乳需給緩和、乳価改定に伴う飲用牛乳消費の低迷、酪農家の重要な副産物収入となってきた初妊牛など個体販売の不振などトリレンマ(三重苦)が覆う。さらには改正畜安法による制度的欠陥に伴い指定生乳生産者団体による生乳需給調整機能の弱体化が、困難に拍車をかけている。
酪農政治連盟など酪農団体による全国大会は、補給金決定時に例年実施している。だが、農業団体の奔流を占める総合農協系のJAグループが農政全般ではなく畜酪に絞った全国大会を開いたこと自体、地域農業に占める水田農業とリンクした畜酪の役割の重要さを裏付け、畜酪危機の現状の切迫度を物語る。
酪農離農率5%台、乳牛頭数もマイナスに転じる
2024年度畜酪政策価格・関連対策の議論がスタートした11月22日の農水省食料・農業・農村政策審議会畜産部会。配布された「畜産・酪農をめぐる情勢」の具体的数字は、改めて現状の畜酪の地盤沈下の窮状を表した。
一般に「めぐる情勢」と称され、畜酪の全体像が項目ごとにイラスト、最新の具体的数字、図表などで示される。注目は酪農家の経営状況だ。
注目は3ページ目の「乳用牛飼養戸数・頭数の推移」。過去10年間の推移と直近の数字を表で示す。冒頭のコメントは実態と農水省のスタンス、問題意識が分かる。ポイントは三つ。飼養戸数は年率3~5%程度で減少。飼養頭数は平成30年(2018年)に16年ぶりに増加に転じたものの令和5年(2023年)は減少(前年度比マイナス1万5000頭)。1戸当たり経産牛頭数は増加傾向で推移し大規模化が進展。一読すれば、なんともない数字のようだが、そこに酪農危機の内実と本質が潜む。コメント自体は事実だが、課題をあまり大事にしないような官僚のレトリックが見てとれる。
中堅酪農家も離脱
3つのコメントを読み解こう。まず乳牛飼養戸数、つまり酪農家数だが年率3~5%減少としたが、直近は全国で1万2600戸、前年対比マイナス5・3%となった。5%台の酪農離脱率はここ10年で一度もない高さ。いよいよ酪農家1万戸の大台割れが間もなくやってくることを示す。数は力だ。口の数、つまりは要求、政治力、国民・消費者へ訴える力とも表裏一体である。それがこれまでにないスピードで減っていく。問題は経営離脱の中身だが、中堅の酪農が先行きの見えるうちに止め、これ以上借金を次世代の子供たちに残すのを避けるため酪農経営をあきらめるケースも全国各地で聞こえている。酪農の中核的基盤にひびが入り、その割れ目が大きく広がっていると見た方がいい。
次に乳牛飼養頭数が減少に転じたことだ。農水省は、コロナ禍前に生乳需給ひっ迫から国内酪農振興、増頭対策に力を入れ、5年前の2018年には減少傾向から132万8000頭と全体対比0・4%の増頭に転じ、その後も増頭が続いた。それが直近数字で135万6000頭と前年に比べ1万5000頭も減った。酪農のトレンドは明らかに増産から減産にカーブを切った。今後、生乳需給が正常化し生乳供給を増やそうとしても搾乳牛として子牛が乳を出すまでに最低でも2年半はかかる。
3つ目。それでも1戸当たり経産牛は増頭傾向で大規模化が進展という点だ。農水省としては、酪農振興の政策効果は着実に上がっていると強調したいのだろうが、無理がある。今後の生乳生産を占う重要な指標として、2歳未満の乳用雌牛の動向を見よう。9月29日にJミルクが示した2023年度生乳需給見通し。23年度末には現在の50万頭から48万6000頭まで下降曲線を描く。ここ3年は51万頭台を維持していた。2歳以下雌牛のうち北海道と都府県を比べると生乳全体の6割近くを占める主産地・北海道の落ち込みが顕著だ。都府県はほぼ横ばい。当日の記者会見で、2歳以下乳牛の落ち込みと今後の影響を聞かれ、新任の農水省牛乳乳製品課長は「生乳全体の需給は2歳以下雌牛の動向だけではなく、その他さまざまな要素で決まる」と答えた。それはそうだが、後継牛を意味する2歳以下雌牛の絶対数が生乳供給の最重要要素であることは変わりない。業界では、2024年後半から影響が出てくるとも見方が強い。
補給金上げも制度の仕組みから数十銭
24年度畜酪政策価格・関連対策は12月中旬、今のところ12日にも政府・与党で実質決着する見通しだ。最終的に問題となる加工原料乳補給金単価と、かつての限度数量に当たる総交付対象数量を具体的にどうするのか。まず酪農家の手取りに直結する補給金単価は生産資材の高止まりから上がるのは間違いない。
23年度補給金単価は生乳1キロ当たり11円34銭。コスト増加を反映して22年度よりも49銭上がった。率にして4・5%のアップ。これに伴い補給金単価は11円台に乗った。だが多くの酪農家は落胆したに違いなし。飼料高、電気代など諸経費が上がり酪農家は一挙に窮状に陥り、その救済のためにも数円単位の値上げを求める声が急速に高まったからだ。自民党農林幹部からも大幅引き上げの意見が強まり、筆者が取材した農水省政務3役の一人は「キロ4、5円上がらないと収まらない」と明言していた。だが、自民農林幹部を長年務めた野村哲郎農相(当時)の決断は「算定ルール通りに補給金単価を決め、不足分は別途対策で応じる」というもの。さらに脱粉過剰が深刻化する中で需給緩和から対象数量を330万トンと前年度対比15万トンの大幅削減をとった。別途、生産抑制を実施している指定団体に最大10万トンの補給金相当額を交付するという救済策を明示した。対象数量削減の数字は政府方針として生乳減産のシグナルとなる。
「2024年問題」絡む集送乳調整金
今回はどうか。特に注目を集めるのが補給金とパッケージとなる集送乳調整金の扱い。現在キロ2円65銭で、実質、「あまねく集乳等を行う指定事業者」として指定団体に交付される。この単価設定が高ければ高いほど酪農不足払い制度時にアウトサイダーだったMMJといったその他集乳業者と、酪農家への経済メリットで差がつく。30日の畜酪全国大会の要求では補給金単価設定を「生産コスト上昇等を踏まえ、酪農経営の再生産と将来に向けた投資が可能となる水準」と引き上げを求めるとともに、特に2024年物流問題と絡め集送乳調整金を取り上げ「条件不利地を含む地域からあまねく集乳を確実に行える単価水準に設定」と強調した。
交付総額は補給金単価と交付総量との掛け算になることから、財政負担軽減のため財務当局は総額増加には強い難色を示しており、需給緩和を念頭に現行330万トンの対象数量削減を求めることは必至だ。この場合、昨年取った10万トン分の救済措置や北海道・ホクレンが、24年度はこれ以上の酪農離農に歯止めをかける意味からも減産計画から微増の増産計画としているため、増産分の交付対象数量外となった際の扱い、支援措置なども課題として残る。
欠陥・改正畜安法の是正
2015年前後の理不尽な農政改革、農協改革の一環で、指定団体の一元集荷を是正し生乳流通自由化を求めた改正畜安法は、生乳需給調整機能の低下という制度欠陥をあらわにしている。全国大会の要求でも「酪農間の不公平感が生じないように畜安法の運用改善等に必要な対応を進める」と明記した。
現在、農政全般の見直し、特に農政指針のおおもと、食料・農業・農村基本法見直しとあわせ担い手・農地を中心に関連施策の見直しも俎上に上る。以前、筆者は農水省の基本法見直し検証部会部会長・中嶋康博東京大学農学部長に改正畜安法見直しについて聞くと「検証部会では個別品目の検証はできない。審議会専門部会で論議を深めてほしい」と答えた。つまり、現在進行中の畜産部会で具体的に論議し、必要なら改正、運用改善に結びつけるべきだ。だが、農水省は法律の建付けが自由化、指定団体の実質独占から規制緩和となっていることから法改正には消極的だ。
畜酪論議は基本法、将来の農業の在り方も視野
今回の畜酪論議は単なる個別品目の政策価格や関連政策の論議にとどまらない。特に酪農は全員が専業農家であり、国内酪農を維持・発展させることは国民に良質な食品、欠かせないたんぱく源を提供し食料安全保障を守る大きな礎となることを想起すべきだ。
将来の農業の在り方とも直結する。耕畜連携は、日本農業の最大のアキレス腱である家畜飼料の海外依存を脱し水田農業と飼料作物振興をリンクさせる具体策だ。さらに、輸入濃厚飼料を安く大量に国内畜産に供給する仕組みである配合飼料供給価格安定制度は、輸入飼料の高止まりで基金枯渇という制度疲労を起こしている。同制度は飼料価格の上げ下げがあって成り立つ。通常補填と異常補填の2枚ストッパーの仕組みだが、補填を出しっぱなしでは制度が早晩持たなくなるのは必至だ。国内畜産振興と国産飼料問題を新たなセーフティーネット構築とともに畜産部会で議論すべきだ。
次期酪肉近の目標数量も俎上に
25年春に決まる今後10年間の畜酪基本指針である次期酪農肉用牛近代化基本方針も、生乳需給緩和、畜酪生産基盤の地滑り的な弱体化とともに議論を深めたい。現行酪肉近は2030年の生乳生産を780万トンと設定、Jミルクは最大800万トンとした。当時の議論は需給ひっ迫で国産生乳確保が前面に出た。食料安保、ウクライナ問題、中東紛争、米中対立など地政学リスクも高まる中で、慎重な生乳需給見通しの見直しが必要だろう。
(次回「透視眼」は2024年1月号)