ふくおか県酪農業協同組合

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世界は「政治の季節」へ突入 国内酪農は「内憂外患」に
 四字熟語で言えば「内憂外患」の状況だろう。トランプ米政権の誕生は、世界の最大のリスクとなりつつある。目的地は「自国の利害」という手前勝手な唯一の超大国・米国の蛇行飛行が、今後どんな航路をたどるのか。今一つの四字熟語「不易流行」で抗するしかない。半世紀ぶりの加工原料乳不足払い法の抜本改革を控え、前年に引き続き国内酪農にも試練が続く
どうなる米中対立の「余波」
 まず「内憂外患」の〈外患〉は、世界中に地雷が埋まっていることだ。ISなどイスラム過激派ばかりではない。三月のオランダ、四月のフランスを皮切りに秋のドイツ連邦選挙まで、欧州主要国では選挙を迎える。三月末には英国のEU(欧州連合)離脱交渉が具体化する。アジアに目を転じれば、隣国・韓国は大統領弾劾で完全に統治能力を失っている。その混乱に乗じ北朝鮮が新たな挑発行為を仕掛けるかもしれない。習近平主席の独裁体制を固めつつある中国は今秋、チャイナセブンといわれる七人の党最高幹部の入れ替えなど大きな転機を迎える。そのため、中国指導部は対外的に強硬な態度を取らざるを得ない。そこに、閣僚に対中強硬派をずらりとそろえたトランプ政権の登場が重なる。米中対立の「余波」がどう世界を揺らすのか。場合によっては太平洋を挟み巨大津波がアジア諸国を襲うかもしれない。オバマ政権時に始まった年に一度の定期的に米中指導者が二人きりでゆっくり話し合い、個人的な信頼関係を深める両国首脳会談の行方も不透明となってきた。場合によっては一時、取りやめとなるかもしれない。
トランプのキーワードは「取引」
 世界は米中を軸に、ドイツを中心としたEU、経済規模世界三位の日本、そしてロシアの多重構造の中で動く。安倍政権は尖閣問題を念頭に対中包囲網を強めるためにも日米同盟の一層の強化を目指す。だがトランプ政権はこれまでのどの米政権とも違う、いわば「異質政権」だ。日本が同盟強化を求めれば求めるほど、見返りを迫られかねない。トランプは政治家とは違う。実利最優先で巨額の借金を背負いながら不動産業を核に巨万の富を得て成功した実業家だ。キーワードは「ディール」、つまり「取引」である。
 トランプにとって同盟深化、関係強化とは実利の結び付きを一層強めることに他ならない。米国にとって競争力の強い産業は何か。軍事産業、金融・保険、製剤など医療関係、そして穀物を筆頭にした農業分野だ。既にトヨタのメキシコ工場新設がやり玉にあげられているように、一九八〇年代に日米両国の貿易摩擦の象徴となった自動車を主戦場に、自動車米国輸出をするなら農産物市場をもっと開放せよといった理不尽な要求さえも念頭に置かねばならない。
貿易で「TPP基準」求めるEU
 トランプ米政権発足に伴い環太平洋連携協定(TPP)発効が絶望となる中で、大型通商交渉である日欧経済連携協定(EPA)が緊迫してきた。官邸主導の「政治決断」を懸念する。
 安倍政権は、TPPに次ぐ巨大通商協議の日欧交渉に「大枠合意」という形でめどを立て、アベノミクスの失速を防ぎたいとの思惑がある。日米首脳会談で安倍晋三首相はトランプ新大統領にTPP離脱の翻意を促す。その材料にも日欧交渉の進展が必要と見ている。官邸主導で急転直下の事態もあり得る。交渉内容を警戒心を持って注視する必要があろう。
 交渉妥結の時間は限られている。最大の理由はEU主要国が「政治の季節」を迎えるからだ。農水省側の陣頭指揮を執る松島浩道農水審議官は「重要品目で難航は必至。交渉の先行きはEU側の出方次第だ」とする。自民党内には「TPP合意を超える妥協は許されない」との声が圧倒的に強い。「TPP基準」はいわば日本農業のぎりぎりの妥協線である「レッドライン」。その合意内容を踏み越えれば、今後の他の通商交渉にも波及し、自由化の傷口が広がり農業の市場開放で歯止めが効かなくなる。
 EUの関心項目は豚肉、乳製品など日本農業の重要品に照準が当たる。焦点の一つの豚肉は、デンマーク、スペインなどからの輸入量が多い。EU内で人件費が安い東欧諸国からの輸入増加も脅威だ。豚肉主産国・ポーランドは豚コレラの発生で現在は輸入停止になっている。だが今後、東欧諸国に日本向けの拠点を設け、競争力を高める可能性もある。
高付加価値チーズに照準
 乳製品は特に付加価値の高いナチュナルチーズと副産物のホエーの大幅関税引き下げ、輸入拡大が議題となっている。チーズは液状乳製品と共に今後とも需要が伸びる有望品目で、官民挙げて国産振興してきた経過がある。地域ごとに特色あるチーズ生産が増えてきた。EU産は高付加価値チーズと競合するだけに、国内酪農の生乳需要に影響を及ぼす。
 さらには林業分野への打撃にも懸念が広がる。農林水産品でEUからの製材輸入額は豚肉に次ぐ規模だ。林業振興は中山間地を多く抱える日本にとって至上命題で、地方創生とも密接に絡む。製材の関税率は現在、「無税~六%」まで下がっている。これ以上の関税引き下げで製材輸入増加は地方創生にも逆行する。
「不足払い」見直しに憂慮
 「内憂」は、TPPが駄目ならEUで実績を上げようとの官邸主導の政治判断だ。既に衆院議員の任期は二年を切っており、解散・総選挙がいつあっても不思議ではない。議論が不十分なままでのTPP国会批准で農業者の政治不信は高まっている。こうした中で万が一、日欧交渉で妥協すれば、一層の政治不信は避けられない。食料自給力を強化し、食料自給率四十五%に高めるのは、国民との約束である国是だ。
 それに加えて一月二十日から始まった通常国会での法案審議で現行不足払い法を廃止し新たに畜安法に位置付け直す、早ければ三月過ぎにも始まる。加工原料乳補給金を指定生乳生産者団体以外にも支払う、「無理筋」なものだ。これでは全量委託の原則が崩壊し用途別需給が取れなくなる。結果的に乳価が下がり、酪農家の手取り所得が減りかねない。
協同組合を見直せ
 「暴論」に満ちた〝危険球〟を投げつけた規制改革推進会議の農協改革提言が、与党調整などを経て決着した。とりあえず急進的で極端な表現は削除された。だが今後とも、協同組合への攻撃は続くと見た方がいい。こんな中で、国内のみならず世界の協同組合の仲間たちが今回の「暴論」に対し「自主・自立」の組織の根幹を守れと抗議の声明を出した。政府・与党は重く受け止めるべきだ。
 今回の異常事態に、世界の協同組合の仲間が憂い憤った。世界の約一〇〇カ国、十億人が参集する国際協同組合同盟(ICA)は世界最大の非政府組織(NGO)で、国連とも共同歩調を取りながら持続可能な社会に向け地球規模の活動を進めている。今回の抗議は、新自由主義が横行する中で協同組合そのものの組織的な危機と受け止めたからだ。
 論議が大詰めを迎えた中で、生協、農業団体など国内十五団体で構成する日本協同組合連絡協議会(JJC)は「規制改革の名の下に、協同組合の自主性、主体性が制限されることがあってはならない」と農協改革の行方に強い懸念を表明した。そして政府は「むしろ協同組合の発展・成長を促すよう」すべきと注文した。
 これに先立ちICAアジア太平洋地域総会は、協同組合の自治・自立を侵害しかねない日本政府の動きに「不当な干渉」だとして強い懸念を示すとともに、JAグループをはじめ日本の協同組合運動を支援する決議を行った。同時にICAはJJC委員長の奥野長衛全中会長に同様の趣旨の文書を送った。ICA挙げて日本で起きている協同組合への攻撃を非難し、その支援を約束したものだ。ICAが一九九五年に採択した協同組合七原則は、国連の国際労働機関(ILO)勧告にも盛り込まれ国際的にも認知されている。特に組合員の民主的な管理の第二原則、自主と自立を定めた第四原則は、協同組合組織の根幹を定め極めて重要だ。これを侵害することは許されない。
規制改革会議の「暴論」
 同会議農業ワーキンググループ(WG)の現場実態からかけ離れた急進的な農協改革案が明らかになった以降、JAグループは組織存亡の危機を受け止め、運動を繰り広げた。問題の本質は、規制改革の名の下に協同組合組織の原理・原則そのものを攻撃し「改悪」へ導こうとした点だ。本来の農業改革の目的である「農業者の所得向上」とは逆行し、放置すれば営農経済事業を担うJA全農事業が機能不全に陥りかねなかった。
 今回の「暴論」農協改革は、農業WGが協同組合組織の役割を全く理解していないばかりか、むしろ経済発展や成長戦略の阻害要因と見ていることが背景にある。行き過ぎたグローバル化は一部に富が集中する経済格差問題を深刻化させている。こうした時こそ、競争セクターとは別次元の協同組合セクターの役割発揮の時のはずだ。
改革は「不易流行」基本に
 全農攻撃、指定団体機能見直しの「底流」には資本の論理で協同組合への懐疑的な視点がある。つまり株式会社こそが効率的で能率的な仕組みであって、協同組合はい意志決定が遅く時代遅れで、農業の成長産業化に結び付かないとの指摘だ。不足払いの補給金対象見直しも、同一条件での競争=イコールフッテイングの名の下に押し切られた。改正農協法も根拠に、農業者を区別、差別的な扱いをしてはいけないとの言及まであった。
 ここで、ドイツ政府がユネスコに無形文化遺産として申請していた「協同組合」が登録されたことをどう見るのか。ユネスコは登録の理由を、共通の利益と価値を通じてコミニュティーづくりを行うことができる組織であり、雇用の創出や再生可能エネルギープロジェクトまで、さまざまな社会的な問題への創意工夫ある解決策を編み出している、とした。こうした中で、例えば日本では農協組織による生乳の共販を通じた有利販売を実現している。世界の評価とは全く真逆の、こうした協同組合の活動を縮小する方向を動いていることを嘆きたい。新自由主義的色彩を強める「アベノミクス」の帰結でもあろう。
 ただ酪農活性化に向けた不断の改革は欠かせない。今後の改革の在り方はどうあるべきか。ここで冒頭の四字熟語「不易流行」を思い浮かべたい。蕉風俳諧の理念の一つ。いつまでも変化しない本質的なものを忘れず、新しく変化を重ねていく姿勢を示す。相互扶助という協同組合の理念を軸に、新たな変化を果敢に挑む。そんな改革を目指したい。
(次回「透視眼」は4月号)