今年の農業白書(食料・農業・農村白書)は特集に食料安全保障を挙げた。時宜を得たテーマだが、問題はウクライナ紛争を引き金とした食料危機も踏まえ低空飛行を続ける食料自給率をいかに引き上げるかだ。酪農分野では生乳需給緩和を取り上げた。だが、課題である改正畜産経営安定法見直しへの言及もなく危機感が希薄だ。こうした中で、生乳需給を左右し今後の生産現場に大きな影響を及ぼす夏場に突入した。
まず白書のポイントと「農政トピック」6つを見たい。項目は以下の通りだ。
◇2022年度農業白書のポイント
特集「食料安全保障の強化に向けて」
・ウクライナ危機などで食料安保リスクが増大
・穀物や肥料、飼料、燃料価格が高騰
・小麦や大豆の国内生産拡大や水田の畑地化推進
・生産コスト上に伴う価格転嫁の課題
トピックは6項目
・農林水産物・食品の輸出額が過去最高を更新
・動き出した「みどりの食料システム戦略」
・スマート農業・農業DXによる成長産業化推進
・高病原性鳥インフルエンザと豚熱への対応
・デジタル田園都市国家構想に基づく取り組み推進
・生活困窮者や買い物困難者への食品アクセス確保
冒頭特集に「食料安保」
2022年度農業白書は冒頭特集に食料安保を挙げた。食料・農業・農村基本法見直しが平時も含めた食料安保の確立を基軸に議論を進めたことからも、問題意識としては妥当だ。
白書は特集の末尾で〈今後の食料安全保障の強化に向けて〉を題し締めくくり論考を載せた。
ウクライナ紛争をはじめ国際的な情勢変化や食料供給の不安定化などで、わが国の食料安保リスクは高まっている。一方で、わが国の人口減少は、農村部で先行して進行し農業従事者の高齢化が著しく生産基盤弱体化が進む。また人口減少と高齢化で食料の需要減少が見込まれ、国内の食市場が急速に縮小している。
食料安保のリスクが高まりわが国の食料・農業・農村を取り巻く情勢は大きく変化しており、国内の生産基盤を維持・強化し、将来にわたって食料を安定的に供給していくうえでターニングポイントを迎えている。こうした中で、食料や農業生産資材の安定的な輸入に重大な課題が生じているのが実態だ。そこで、食料の安定供給を実現するために海外依存の高い品目や生産資材の国内生産の拡大等を効率的に進めるとともに、輸入の安定化や備蓄の有効活用に取り組むことも必要となっている。
また、国民一人一人の食料安全保障の確立を図ることも重要だ。経済格差の拡大も踏まえフードバンクなどすべての国民が健康的な食生活を送るための無償食料提供など食品アクセス改善に向けた取り組み。適切な価格形成に向けたフードシステム構築も欠かせない。
さらに、農業者の大幅減少が予測される中で、今日によりも相当程度少ない農業経営体で国内の食料供給を担う必要が生じてくる。このため、農地の集積・集約化や農業経営の基盤強化、スマート農業、新品種の導入などによって、国民に対する食料安定供給の役割を担うとともに、経営的にも安定した農業経営体を育成し生産性の向上を図ることが必要だ。
加えて、気候変動や持続可能性に関する国際的な議論の高まりに対応しつつ、将来にわたり食料を安定的・持続的に供給できるように、より環境負荷の低減に貢献する農業・食品産業への転換を目指す。
自給率低迷の是正策は不明
以上は、白書での農水省の説明、分析だ。基本法見直しを軸に2023年度を野村哲郎農相が「農政上のターニングポイント」を強調しているにもかかわらず、農政転換の熱意があまり感じられない。むしろ危機感の欠如とも言える。
それは、従来通り効率経営を繰り返し、中小、家族経営を含め農業者を総動員して先進国最低水準の食料自給率をどう引き上げかという視点が希薄なことからもわかる。現行基本法農政は自由貿易体制の下で価格政策から転換し、市場価格に委ねつつ一定の経営安定対策を進めることで、安定的で合理的な食料供給の実現と体質の強い農業経営を目指してきた。
だが、食料危機が現実化する中で、「国産化」が大きなテーマだ。それには経営安定対策の一層の充実、あるいは直接支払いを核とした所得補償政策への転換も検討する時期だ。その視点が白書にはない。
「トピックス」は政権意識
今回の白書はトッピクスを6つ挙げた。ここで取り上げたテーマは、農水省の問題意識、今後の政策推進の重点を示唆する。
最初に輸出が順調に伸びていることを示した。22年の農林水産物・食品の輸出額は前年に比べ14・3パーセント増加し1兆4148億円となり過去最高を更新した。そして、25年までに2兆円、30年までに5兆円とする目標達成に向け輸出拡大の取り組みをさらに強めていくとした。
次に「みどり戦略」、スマート農業推進を挙げた。この二つは表裏一体で環境、気候変動、持続可能な農業・食料生産に欠かせない。環境調和型農業への転換は世界的な潮流でもある。
4番目の鳥インフルは全国で1700万羽余の採卵鶏処理に伴う「エッグ・ショック」を引き起こし物価の優等生・鶏卵の高騰で消費者にも多大の影響を及ぼした。話題性と世界的な家畜疾病の広がりの中での話題でもある。
5番目は岸田政権が掲げるデジタル田園都市構想に沿った、6番目のトピックは食の社会問題から取り上げた。
全体的には農政の方向性を示すというよりも、政権の政策意向を重視した側面が強いといっていい。
どうする水田農業
品目別分析を見よう。
日本農業の核心は水田農業をどうするかだ。これはコメ問題にとどまらない。数千年にわたり稲作を中心に食文化を形作り、独自に日本文化の原型を形成し、経済力を蓄積してきた源泉だ。江戸時代の各大名の力関係は石高、つまりは領地の広さとコメの生産力の高低と連動した。1石はコメ150キロを指す。この数字は国民一人当たりのコメ消費量とも表裏一体だった。ピーク時は1962年(昭和37)118キロ。それが60年後の2023年現在で約50キロと半分以下にまで激減した。1俵60キロにも満たない数字に落ち込んでいる計算だ。
白書は自給率38パーセントと低迷しているのもコメ消費減退を主因と説明している。一方で、水田農業と畜酪との関連では特集「食料安保」でも〈耕畜連携〉と取り上げた。米麦、園芸など耕種部門と畜産を結び付け、家畜から出る糞尿を堆肥として土づくりに有効活用し土地生産性を上げ、耕種部門から出る茎葉など残渣を家畜のえさに回す循環農業で地域農業を活性化する取り組みが重要だ。
酪農危機の根源踏み込まず
白書では、現状の酪農危機への問題意識が希薄だ。第2章農業の持続的発展の第7節需要構造等の変化に対応した生産基盤の強化と流通・加工構造の合理化で取り上げた。
中央酪農会議の23年3月公表の離農実態緊急調査で、離農が都府県で前年同月対比8・6パーセントに達するなど基盤弱体化の実態を紹介した。こうした中で需給両面から生乳需給改善の取り組みを後押ししていることを強調した。また指定団体と乳業メーカーとの乳価交渉で飲用、乳製品向けとも段階的に生産者価格が引き上げられることを図表で示した。毎年3月に原案を示す白書の作業工程からすれば、極めてタイムリーな対応だといっていい。逆にそれだけ、酪農問題の深刻さを裏付ける。
ただ現在の酪農危機の中で、分析が踏み込み不足なのは明らかだ。一つは畜酪基盤強化の目玉事業である畜産クラスター事業の記述が消えていることだ。同事業によって乳牛増頭が進み今後助成金償還が本格化する。こうしたさなかでの生乳過剰と減産の実施である。どうこれまでの増頭政策を総括し、酪農経営の安定へ支援していくのか。
次に「官邸農政」の下で強行された改正畜産経営安定法制定と生乳需給調整との関連だ。暫定措置法だった加工原料乳補給金制度、いわゆる酪農不足払い制度を廃止し畜安法に統合したのはいいが、一元集荷多元販売という指定団体機能弱体化を進めた。指定団体の持つ需給調整の役割を弱めたことは、指定団体とそれ以外の販売業者への二股出荷を認め今の需給対策でも大きな支障となっている。このことへの検証、言及が全くない。一連の農政改革への農水省の責任放棄と言われてもやむを得ないだろう。
今後の需給左右する8月
酪農危機の中で、今後の生乳需給を左右する「8月」がやって来た。この時期の天候、そして小・中学校を中心に子供たちの夏季休暇明けの翌9月の牛乳需要がどうなるのか。
まずは5月末のJミルク2023年度需給見通しを見よう。セットで出される農水省の国家貿易による乳製品輸入数量は当然ながら年初のカレントアクセス(CA、現行輸入機会)を据え置いた。国際協定に基づいた生乳換算13万7000トンの範囲で対応される。
問題は8月価格改定の飲用牛乳の消費への影響だ。8、9月は生乳需給がタイトとなる時期だが、牛乳値上げが消費減にどのくらいつながるかで、結果的に過剰の脱脂粉乳への在庫が拡大しかねない。飲用需要最盛期9月の道外移出量は5万3000トンと不振だった昨年と比べても3・4パーセント下回っている。全国の6割近い北海道の生乳の行き場が狭まれば道内はさらに縮小生産が迫られる。
一方で夏場が好天に恵まれ、値上げの影響も限定的で生乳需要が想定外に伸びれば、需給改善の大きな足掛かりとなる。8月の生乳需給に注目が集まる。
(次回「透視眼」は10月号)