ふくおか県酪農業協同組合

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様変わり「21年度農業白書」 食料危機対応と食料安保確立を重視 生乳過剰は制度課題に言及せず
2021年度(令和3年度)の食料・農業・農村白書(農業白書)は、欧州発食料有事が現実となる中で、これまで以上に国内生産を基本とした食料安全保障に力点を置いた。また農業の構造変化が加速する中で、担い手確保、需要に応じた生産も強調した。酪農の需給緩和問題にも言及したが、改正畜安法の制度問題には踏み込んでいない。
エンゲル係数高止まり
食構造の異変は、従来の経済法則とは違う動きを示すことが多くなってきた。ながらく、食の消費動向と所得、経済成長との関係で論じられてきた重要指標、エンゲル係数が典型の一つだ。
21年度白書では第3節「食料消費の動向」の中で、コラムで「エンゲル係数の変動要因」を取り上げた。2018年度に同係数が25・7だったものが、2020年度は27・5と上がり、今回の白書21年度も27・2と高止まりが続いているためだ。
エンゲル係数は、家計支出に占める食費の割合。今から165年前に、ドイツの統計学者・エンゲルが収入の少ない世帯の消費に占める食費の割合が高いと発表、注目を詰めた。以来、経済発展の一つの目安とされてきた。所得が伸びれば同係数が下がるからだ。日本でも経済成長とともに下落、2005年の総務省家計調査によると22・9で底をつき、再び上昇をはじめ、直近では高止まりとなっている。白書コラムでは「家計支出減少の影響が大きい」と分析している。つまりは、経済低迷で賃金が伸び悩み財布のひもを引き締め、これにコロナ禍に伴う先行き不安も加わり、結果的に必需品である食費の割合が上がっているのだ。これは、経済的にはあまりいいことではない。
牛乳消費、乳価交渉にも悪影響
これを、畜産酪農に当てはめるとどうなるだろうか。つまりは牛乳・乳製品、食肉などの需要動向を左右しかねない。エンゲル係数の高止まりは「家計支出の減少が大きい」。ウクライナ問題で、小麦をはじめ食品価格は軒並み上がっている。小売価格改定時期でもある10月に同傾向はさらに強まる。賃金が伸びればそう問題はない。だが今は、所得があまり伸びず、諸物価が上がる。消費者は増えない財布の中身で、日々の食料品購入を厳選している姿が浮かび上がる。

そこで今の飲用向け生産者乳価の期中改定問題である。酪農は現在、飼料、肥料、光熱費など諸費用高騰に直面するうえ、生乳需給緩和で増産が制限されている。コストが上がる一方で乳量という数量拡大で補う手段を制限されている。そうなれば、単価を上げるしかない。乳価引き上げの要求だ。乳業メーカーも、酪農家の窮状は十分理解している。一方で自身も円安に伴う諸経費高騰の影響をまともに受けている。さらに最も懸念しているのがエンゲル係数動向といっていい。最大手・明治HDの川村和夫社長(Jミルク会長)は「酪農家の経営状況は極めて厳しいが、牛乳末端小売価格上げで需要が縮小したら元も子もない」と、慎重な対応を示していた。ただ酪農経営の苦境を直視し7月中旬、11月出荷分から関東生乳販連と飲用向け生産者価格を生乳キロ10円(8パーセント)引き上げることで合意した。今後、全国の飲用乳価交渉にも波及する見通しだ。Jミルクの最新調査でも家庭の牛乳購入が縮小傾向にあることが分かっている。酪農家も乳業メーカーも双方が経営的に成り立つには、生乳需給改善という大きな〈壁〉が立ちはだかっている。牛乳値上げと消費との関係は今後注視が必要だ。
牛乳消費拡大をアピール
白書冒頭のトピックスは、農水省の問題意識を示す。掲載順位は政策的な優先順位も表わすと言っていい。トピックス1は、自民党の指摘もあり「新型コロナ影響が継続」を掲げた。コロナ禍は、姿を変え、形を変え収まらず、国内経済に暗い影を落とし続ける。

トピックスに、コロナ禍対応で生乳廃棄問題と関連し業界挙げた牛乳消費拡大の動きを取り上げた。白書は、金子原二郎農相自ら定例会見で牛乳を一気飲みする姿を写真入れで載せた。パフォーマンスだが、農政行政トップの意気込みを示した。岸田文雄首相もコロナ対応での国民向け会見でコメと生乳過剰に触れ、需要拡大を訴えた。
改正畜安法の課題踏み込まず
畜酪問題で白書では、政府の生産基盤支援で頭数が回復しつつあることも明記した。一方で生乳需給対応の本質には踏み込んでいない。改正畜産経営安定法に伴い、需給調整が効きにくくなっている実態がある。北海道などで大規模酪農経営の二股、三股出荷が増えれば、いくらホクレンなど指定生乳生産者団体に結集して生産抑制をしようとしても、需給コントロールが不完全となりかねない。農水省の畜産部会でも生産者団体、乳業メーカー双方からたびたび出ている改正畜安法の見直し、検証のキモの部分だ。その意味で、白書の生乳需給問題の扱いは、表面上の問題に終始し、踏み込み不足と言わざるを得ない。
農協改革評価で「官邸農政」変化
一方で、2015年前後の急進的な農協改革から一転し、白書の分析も農業現場の実態に沿った現実路線を示している。当時はJA全中の監査権限剥奪による中央会制度廃止、全中の農協法からの除外、「第二全農」などもちらつかせながら株式会社への選択を含む全農改革、生乳全量委託を見直す現行指定団体制度廃止の生乳制度改革などが強行された。
今回の白書は農協の動きを「農業者の所得向上に向けた自己改革を実践」と一定評価している。これは、「官邸農政」からの転換を一つと見ていい。
ロシアのウクライナ侵攻に言及
21年度白書に関連し、自民党から指摘が強かったのが食料安全保障の重要さと引き続く新型コロナウイルス禍の影響度だ。
そこで、本文第1章「食料の安定供給の確保」の項目に入る食料安保関連の当初の書きぶりが直され充実した。ロシアのウクライナ侵攻を踏まえ直近の穀価格物の高騰なども加えられた。
ロシア・ウクライナ紛争は、世界の穀物大国の激突である。小麦、トウモロコシ、肥料原料、さらにはヒマワリ、菜種など食用油の原料となる油糧種子の大産地だ。ウクライナの西側の港湾都市オデッサがロシアの攻撃にさらされれば、同国の穀物物流がさらに大混乱を起こす上に、欧州の軍事的脅威が増す。
こうした欧州有事も念頭に、白書で食料安定供給は「国の最も基本的な責務の一つ」として安全保障上の食料の位置づけを強調。コロナ拡大、ウクライナ問題で「食料自給率向上や食料安全保障の強化への関心が一層高まっている」と国民的関心の強さを明記した。
食料安保リスク顕在化
農水省は「リスクの多様化」との表現で、平素から食料の安定供給確保に一層の万全を期す必要あるとした。国の食料安保対応で、新たに平素の取り組みの中に「早期注意段階」を加え、備えを強めた。食品メーカーなどへの情報提供として「ウクライナ情勢に関する相談窓口」も設置している。

食料安保は、国内農業生産を第一に、適切な輸入と備蓄で対応する。そこで、白書では品目別の備蓄の具体的な内容も示した。政府米100万トン、食用小麦は外国産需要量の2・3カ月分、一方で飼料はトウモロコシ等100万トンとしたがあくまで民間備蓄だ。これでは政策的な対応とはとてもいえない。もともとコメ備蓄についても過去の過剰在庫で財政負担が膨大に膨らんだ反省から最低限の回転備蓄水準にとどめている経過がある。飼料備蓄もどうするのか。配合飼料高騰時に一定水準を超えれば政府、生産者負担などで補填する仕組みがあるが、程度問題による。飼料のセーフティーネットはあくまで一時的な高騰に耐える仕組みで、連続的な高騰には財源枯渇が避けられない。

さらに、今回のウクライナ問題で顕在化したのは生産資材、肥料の安定供給と安定価格を維持することが脆弱なことだ。生産現場で肥料を安定的に使用できなければ、農業生産に大きな支障をきたし、農業者の離脱加速、自給率低下、輸入食料依存度が増すといった「食の悪循環」、負のスパイラルに陥りかねない。つまりは、国家の安全保障上も重大な懸念を抱えることを意味する。
飼料自給をどうするのか
食料安保はもともと、自国で農業生産を通じ国内消費をできるだけ賄う体制の構築が大前提だ。今回のウクライナ問題であらわになった生産資材の安定供給問題も、輸入食料の依存度を高めてきたツケが回ったとも言える。

改めて問題となるのは飼料自給率の低さだ。日本はもともと、輸入飼料に過度に依存した加工型畜産が定着してきた。これは、コメの生産調整政策と表裏一体の関係にある。一旦断ち切れた耕畜連携を再び見直すことが重要だ。稲作、土地利用型農業と畜産、酪農を結びつける。水田農業の在り方がカギを握る。むろん飼料用米の振興があるが、稲作農家の主食用米価格維持の発想から始まった。飼料用米の畜産活用はまだまだ課題が多い。水田という古来からの生産装置をどう生かし、品目ごとの需給に応じた国内農業生産を組み立てていくのか。
ウクライナ問題を大きな契機に、水田+畜酪の有畜農業復活の道を探るべきだ。農水省の後押しもあり、JA全農は畜酪の飼料に有用な栄養価の高い子実用トウモロコシ生産振興に力を入れ始めた。
食料国産率と飼料自給
ここで気になるのは、2020年度の食料・農業・農村基本計画から新たな概念として導入された「食料国産自給率」のとらえ方だ。畜酪で飼料自給率を反映しない形で試算する。
導入時、農水省からは国内畜産農家の生産努力を反映すると説明された。確かにその側面は評価していい。だが、畜酪農家の本当の実態、飼料依存度が軽視されては本末転倒となりかねない。自給飼料率の高さは、飼料の国際相場、需給に左右されにくい持続可能な畜酪経営の礎となるからだ。

20年度基本計画論議と並行した酪農・肉用牛近代化基本方向(新酪肉近)の協議でも、食料国産率が自給飼料生産の振興に逆行しないかなどの懸念も出た。食料国産率という数字のマジックを認識する必要がある。
今回の白書で、飼料自給率を反映しないカロリーベースの食料国産率は46%、反映すれば自給率は37%。つい、基本計画の目標数値自給率45%と混同しかねない。
問題の畜産物の食料国産率とカッコ内は飼料自給率の内訳を見よう。畜産物食料国産率63%(飼料自給率16%)。牛肉43%(11%)、豚肉50%(6%)、鶏卵97%(12%)、牛乳乳製品61%(26%)。食卓で毎日欠かせない鶏卵はほぼ100%国産だが、輸入飼料が止まれば一挙に供給不足となりかねない飼料自給率12%の実態だ。唯一、酪農だけが飼料自給率26%。草地酪農やデントコーンなど自給飼料基盤を持つ北海道の役割が大きい。ただ、飲用原料地帯の都府県酪農は、飼料高騰は大打撃となる姿が浮き彫りとなる。

(次回「透視眼」は10月号)