ふくおか県酪農業協同組合

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年明け「トランプ劇場」幕開け TPPから日米FTAに急旋回
 日本の干支「酉年」は飛躍の年と一般には言われるが、二〇一七年は飛翔どころか世界的に混乱と混迷の時期を迎えつつある。震源地は世界最大の超大国・アメリカの動き。一月二十日の大統領就任式を皮切りに「トランプ劇場」が幕を開けるからだ。TPPから二国間の自由貿易協定FTAに通商手法を大きく切り替える。酪農にとっては、EUとの通商交渉も加わり、チーズやホエーなど乳製品が標的になる。加工原料乳補給金をアウトサイダーにも交付する不足払い法改正案の検討も始まる。揺れ動く一年となるのは間違いない。ここは「牛歩」のごとく自由化、規制緩和の「障害物」に細心の注意を払いながら着実に堅実に道を進むしかない。
新補給金で政治的配慮
 年末十二月中旬の来年度畜産・酪農政策価格・関連対策は政府・与党の折衝の結果、最大の焦点だった加工原料乳補給金が生乳キロ当たり十円台と酪農団体が最低ラインとした二ケタで決着した。かなり厳しい算定も想定されたが、自民党農林族が財政当局の厚い「壁」を打ち破った形だ。これをどう見るのか。はっきり言って解散・総選挙の足音が高まる中での政治判断と言ってよい。
 今回の畜酪価格決定で、大きな仕組み変更は加工原料の補給金対象に生クリーム、濃縮乳、脱脂濃縮乳の液状乳製品が加わったことだ。生乳換算で一三三万トンもあり、限度数量も、これまでのバター、脱脂粉乳にチーズ仕向を加えた二三〇万トンから三五〇万トンに膨れ上がった。現行の補給金財源は三〇六億円。これをいじらなければ、対象数量が増えた分、単価は薄まってしまう。食料・農業・農村政策審議会畜産部会では生産者側委員から「酪農家の生産意欲、投資促進を踏まえた単価設定をすべきだ」との声が相次いだ。新補給金単価は、今後の生産費増減率方式のスタートとなる。いわば「発射台」の水準が今後を大きく決めかねない。
 だが価格を巡り財政当局の激しい抵抗にあった。補給金財源を増やすのなら、他の事業の予算を削れというわけだ。ぬれ子価格の高値取引の中で副産物価格が上がり算定上は同六円から議論がスタートした。これに算定期間を当初予定の三年から広げ、コストとして計上される家族労働費算定を、乳牛飼養の長時間労働という経営実態を踏まえ修正した。
 自民党にとっては、小泉進次郎農林部会長が唱えた「農政新時代」での農業者の所得向上の「試金石」とも位置付けられた。だが総選挙前の「甘め」の政治配分と見るのが妥当だろう。こんな配慮ある対応が続くとはとても思えない。さっそく年明けから酪農不足払い法見直しの議論が始まる。農水省は早ければ三月中にも通常国会に不足払い改正案を提出し、審議が始まる見通しだ。基本は生乳出荷で指定団体を経由しないアウトサイダーにも加工原料乳補給金が充当される。生乳部分委託も大幅に緩和される見通しだ。これで果たして生乳需給コントロールが効くのか。用途別単価の高い飲用市場に多く流れ込むことにならないか。これでは酪農経営にマイナスとなるばかりでなく、生乳流通改革の発端となったバター不足対応にも逆行する。制度の厳格な運用を含む具体的論議はこれからだ。
キーワードは「取引」
 トランプ次期米大統領のTPPからの脱退表明で、巨大FTAが大きな転機に立っている。安倍政権が進めてきたTPPと規制緩和の一方が失われたと見ていい。国際的な通商問題、貿易交渉をいま一度見直すべきだ。多様な選択肢の中で、地域と国内農業に配慮しながら、いま一度アジアを見据えた新たな対応を考えるべきだ。
 TPPの今後は全て米大統領選の行方にかかっていた。民主党・クリントン前国務長官の勝利なら一定期間の後にTPP反対を翻し再協議をかざしながら再び議会承認へ動き出す。そんな見立てが強かった。だからこそ、安倍首相は「再協議の口実を与えないためにも、米大統領投開票前にTPP批准へ衆院通過を果たす」と強弁してきた。
 実際は日本の国会審議が米議会のTPP承認に影響を与えることはなかった。むしろ、安倍政権は国会批准への根強い慎重審議を押し切り、大統領選を理由に早期決着を図ったと見た方が正確だろう。参院での成否の有無に関係なく「三十日ルール」に基づき十二月九日にはTPP協定案は自然承認する運びとなった。同日、参院特別委で協定案・関連法案とも採決され、日本での国会批准が決まった。ニュージーランドに次ぎTPP参加十二カ国の中で二例目。だが、米国の議会承認の目途が全く立たない中では、意味をなさない。
 トランプ候補の勝利で安倍政権の経済政策は大幅な修正を迫られざるを得ない。「アベノミクス」の「三本の矢」のうち、財政、金融対応は限界に近づきつつあり、肝心の三本目の矢・成長戦略は手詰まり感が漂う。そこでTPPと思い切った規制緩和を成長戦略の二本柱に据え突き進む。そんなシナリオが根底から崩れかねない。
 注視すべきはTPPと急進的な規制緩和が「セット」だったことだ。めまぐるしく農政が動いた昨年十一月にプレイバックしたい。国民、農業者から根強い疑義が噴出していたにもかかわらず十一月四日に衆院TPP特別委員会での採決強行、翌週七日には規制改革推進会議が急進的な農協改革の方針を示し、首相自ら「私が責任を持ち実行していく」と後押しを言明した。そして十日のTPP衆院通過の翌日の十一日は農協改革をより具体的に書き込んだ同会議農業ワーキンググループ(WG)の「農協解体」、特にJA全農を機能不全にも陥らせかねないとんでもない「農協改革の意見」が出てくる。
 こう見ると、TPP国会審議の「節目」直後に全農狙い撃ちの急進的な農協改革提案を仕込む周到な作戦が透けて見える。安倍政権が掲げる「強い農業」の名の下に、自由化とJAグループ弱体化が表裏一体で進む構図だ。
 一方で米大統領選後の今後の通商交渉の影響がどうなるのか。今回の脱退表明で「TPP協定は死んだ」との見方があるが、ここはもう少し冷静に分析し、今後の行方を見定めた方がいい。TPPは単なる通商協定を超え、中国けん制の日米経済軍事同盟の側面も色濃い。発言は脱退を決定づけるものではない。米議会は承認すらしていなく、協定は発効していない。日本政府関係者は「米国は二国間交渉を前面に出しつつ、裏でTPPの再交渉を探り続けるつもりではないか」と見る。つまりTPPは仮死状態で米政府内の冷凍庫に「凍結保存」していくということだ。
 いずれにしても年明け以降、トランプ新政権はTPPでの「成果」も念頭に当面、さらなる譲歩を求め強硬な2国間交渉を迫るだろう。こうした中で、日本を取り巻く通商交渉を再点検したい。TPP以外に、アジアを中心としたメガFTAとEUとの交渉が進んでいる。アジアとは日中韓やアジア・オセアニア十六カ国による東アジア地域包括的経済連携(RCEP)がある。日本はこの間、農業に極端な自由化を迫るTPPにあまりに「前のめり」過ぎた。ここは軌道修正すべきだ。いずれの交渉でも日本農業の市場開放が大きな課題となるのは間違いない。ただポストTPPを目指すあまり、拙速な妥協をすべきではない。地域と国内農業の維持・発展が大前提である。
英国酪農の教訓学べ
 指定生乳生産者団体制度の抜本見直し論議が大詰めを迎える中で、自民党畜酪小委などで関係者から報告された英国酪農衰退の実態に衝撃が走ったことは注目に値する。規制改革に伴い日本の指定団体にあたる生乳共販組織が解体され、用途別価格廃止で乳価が乱高下を繰り返した上に、流通支配が強まり乳業も大きな試練に立った。行き過ぎた規制緩和が誰のメリットにもつながっていない。日本の酪農改革論議の大きな教訓を示すものだ。
 英国酪農の共販組織の解体、その後の混乱は現在の指定団体論議に極めて似た経過をただっただけに、「反面教師」とすべき内容だ。規制緩和の嵐の中で、一部酪農家の不満から共販組織が解体された。ポイントは飲用、加工の用途別乳価を廃止し、単一乳価にした誤りにあった。結果は、酪農家の経営不安定と国内乳業の多国籍乳業への買収と大手スーパーの価格支配、一部大型酪農家の囲い込み。酪農家、乳業、消費者の誰もメリットを得ていない。英国の酪農・乳業関係者は「日本は共販組織の解体と混乱の悲劇という同じ轍を踏むべきでない」と警告さえしている。重く受けとめたい。  Jミルクは一昨秋、乳業大手三社やJA全農、全酪連、酪農研究者らと英国酪農・乳業の現状と課題を探るため、緊急現地調査を行った。十一月にあった酪農乳業国際比較研究会などで報告したが、調査概要が指定団体問題を論議する自民党での会議などでも紹介された。出席議員からは「衝撃的な内容だ。こうしたことがないよう、改めて指定団体機能の維持が必要だ」などの声が上がった。
 先の規制改革会議の昨春の「現行指定団体制度の廃止」提言に端を発した見直し論議。生乳共販組織でミルク・マーケティング・ボードの略である英国MMBの解体・再編の経過と、その後の混乱は、関係者による指定団体見直し論議でも多くの教訓を含むものだ。日本の指定団体制度は英国MMBを参考にして作られた。農水省もMMB解体・再編と指定団体論議の共通課題を改めて整理して教訓を示すべではないか。
 この間の自民党の議論で自民党農林幹部からは、指定団体による生乳の原則全量委託方式を継続するのか部分委託拡大を認めるのかや、生乳キロ当たり飲用向けと加工向けで約三十円もの乳価格差をどうするのかなどの問題意識が示されている。
 規制改革論議では、同一競争条件を意味するイコール・フッティング実現のため、指定団体を通さない酪農家、いわゆるアウトサイダーにも加工原料乳補給金を交付すべきとの意見がある。ただ、指定団体は酪農家の乳価維持のため生乳需給調整の役割を担っており、自民党畜酪小委の議論では「補給金交付と需給調整はセットで行うべき」との強い指摘も相次いだ。今後の酪農不足払い法改正の要諦でもあろう。
 英国MMB調査をまとめたJミルクの前田浩史専務は「用途別乳価の重要性が改めて裏付けられた。乳価が高い飲用プレミアム維持が欠かせない」と、今回の指定団体論議での単一乳価論に警告を発している。MMB解体を鈴木宣弘東京大学教授は「酪農家が分断され、大手スーパーと多国籍乳業に買いたたかれ乳価は暴落した」と指摘する。的を射た指摘である。指定団体の機能弱体化で、英国のような失政を繰り返してはならない。
(次回「透視眼」は2月号)