世界中で「政治の季節」に突入してきた。欧州では英仏の議会総選挙、隣国・韓国の大統領選で対米。対日関係も曲折が待ち構える。5月下旬の米国抜きTPP(環太平洋連携協定)閣僚会合で結束を確認したが、今後の交渉の行方は混沌としている。万が一、米国を除く11カ国のTPP協定発効になれば、乳製品輸入枠がオセアニア産で埋められ国内酪農への影響が懸念される。
キーワードは「モメンタム=勢い」
いったいぜんたい日本の通商交渉はどこに向かうのか。誰もが心配し、誰もが分からないというのが正直なところだろう。今後の先行きを占うキーワードは日本語で「勢い」とか「機運」を表す「モメンタム」という単語だ。もともと株価など証券用語で株価の下げ基調だとモメンタムが弱いなどと言う。安倍首相は国会答弁で度々「TPPの意義を踏まえてモメンタムを失わないよう、議論を前に進めていく」と言及している。通常、この言葉が出る時は、裏腹に関係国が相当の努力をしなければ交渉が「失速」することを示す。
なぜ日本の通商交渉の針路が見えなくなったのか。それもこれも、国内農業だけに負荷をかけるTPPで、GDPの6割超を占める米国が離脱を表明したからだ。トランプ政権は「TPPは最悪の協定だ」と言い放ち2国間協議に大きく舵を切る。そこで、日米2国間協議が間近に迫る。安倍政権の心境は「ようやくこぎ着けたTPP合意の果実を離さず、日米協議に備える」との両面作戦だろう。TPPが終焉すれば、即、日米FTAに入りかねないとの懸念が強いためだ。日米協議で日本側が一方的な譲歩を迫られるのは、これまでの歴史が証明している。
「米国抜き」は新たな譲歩の導火線に
5月下旬のベトナム・ハノイでのAPEC貿易相会合と同時に開いたTPP閣僚会合で日本やオーストラリアなどの主張もあり、先の「モメンタム」を維持することで合意した。問題はこれから。各国ともTPP協定発効の継続協議では一致しているものの、内実は「同床異夢」で思惑はそれぞれ異なるためだ。
TPPはもともと2006年にP(パシフィック=太平洋)4と言われるニュージーランド、チリ、シンガポール、ブルネイの先行4カ国の関税ゼロの広域自由貿易協定が起源である。それぞれが互恵関係にあり、主力品目を自由に輸出でき、不足なものを輸入する仕組みだった。だが、米国のオバマ前政権がTPPをベースとした太平洋諸国をぐるりと囲むメガFTAに位置付けたことから大きな求心力を持ち事態は様変わりする。一方で世界を視野に置いたWTO(世界貿易機関)ドーハラウンドは先進国対途上国などの対立が解けずこう着状態に陥ったまま。米国が主導権を握り新たな通商ルール作りにTPPを活用しようと動く。経済と軍事の膨張主義が明らかな中国包囲網としての機能も意味した。途中参加となった日本にとってTPPは対中への備えも兼ねた「日米経済軍事同盟」と同義語ともなった。
さて、最大の問題はこうした巨大経済大国の米国抜きTPPを結ぶことに、どれほどのメリットがあるのか。いや、むしろデメリットは何なのか。
TPP参加12カ国から米国が抜けたため、今の状況はTPP11(イレブン)あるいはTPP-1(マイナスワン)と呼ぶ。TPP11が協定発効となるには発効条件の見直しが欠かせない。だが、関税など協定内容そのものを再検討すれば収拾がつかなくなる。最も現実的とされる、合意内容を変えずそのまま発効したらどうなるのか。問題は重要5品目を含む輸入枠の存在だ。
品目によって違うが、日本が最もこだわった米は米国など国別の輸入枠がある。米国が不参加ならその分を差し引いた数字となるので問題はない。反面、乳製品輸入枠は国別の区分、仕切りがない。もとも乳製品の国内生産の大半を輸出に頼る世界的な酪農大国・ニュージーランドが法外な輸入枠を主張し、日本が激しく抵抗した経過がある。TPP11となれば乳製品輸入枠はニュージーランド産で埋められてしまう可能性が高い。日本にとって次には日米協議がひかえる。日米2国間協議では、米、牛・豚肉、そして乳製品で新たな無税・低関税輸入枠の設定を迫られるのは間違いない。特に米国はチーズ大国で、副産物のホエー(乳清)の輸入増を求められそうだ。ホエーはタンパク含量によっては基幹乳製品の脱脂粉乳の代替品となる。日本国内で指定生乳生産者団体の機能弱体化に伴う生乳の用途別需給不均衡に陥った場合、酪農家へのプール乳価低下に直結しかねない。つまり、TPP11は新たな米国への譲歩の「導火線」にもなり得るのだ。
進路見えぬトランプ政権150日
トランプ大統領就任、政権発足から6月中旬、「100日」に次ぐ大きな節目である「150日」を迎えた。マスコミの政権批判も本格化していきた。対日攻勢も本当の姿を現すのはこれからだ。通商と安全保障両面から圧力を強める可能性が高い。
トランプ政権100日の軌跡は、二つのキーワード「米国ファースト」と「ディール(取引)」を基軸に、う余曲折の連続と言えよう。フランスの大統領選に加え、英国は6月8日総選挙、そしてフランス議会選挙と欧州は「政治の季節」に突入している。トランプ政権下の世界的な盟主なき「Gゼロ世界」が、国際政治・経済をこれまで以上に激しく揺さぶりかねない。
一方で、日本にとって新たな日米関係の枠組みを決める協議が動き出した。米国からペンス副大統領が来日し、カウンターパートナー・麻生太郎財務相・自民党副総裁と新経済対話が始まった。万が一、自由貿易協定(FTA)に持ち込まれれば、日本は安全保障問題を背景に圧倒的に不利な交渉は避けられないのは明らかだ。
TPPに関連し、来日したペンス副大統領が記者会見で改めて「過去のもの」と明言。現行の参加12カ国の枠組みは全く見通せない。貿易交渉を担ってきた米通商代表部(USTR)の位置付けが低下し、代わりにロス商務長官の役割が大きくなってきた。4月中旬の日米協議でも副大統領に同行、個別的な通商課題で実質的に主導する姿勢が明らかになった。
既存の貿易協定の全面見直しの皮切りとなる北米自由貿易協定(NAFTA)見直し交渉の責任者もロス長官が担う。同氏はトランプ氏と近く投資家で企業買収・再建などを手掛け「交渉人」の異名を持つ。実務・実利を重んじる商務省シフトをどう見るかも焦点だ。ただ、トランプ政権閣僚の議会承認が遅れており、実際の実務スタッフがそろう夏以降に、通商交渉は本格的に動き出す。2018年秋には米中間選挙を控える。それまでに米国経済活性化、貿易赤字の目に見える削減が問われる。
ビジネスマンでもあるトランプ氏の手法は、具体的な期限を切り成果を求めていくディールそのものだ。典型的なのは先の米中首脳会談で習近平国家主席に求められた「100日計画」の策定だ。100日は何を意味するのか。3カ月後の7月上旬には、ドイツ・ハンブルクで20カ国・地域によるG20首脳会議がある。こうした政治的なタイミングを踏まえたものだろう。日本も9月のニューヨークでの国連総会をはさみ行われるだろう日米首脳会談で、期限を切った「100日計画」が再来する可能性もある。今後のトランプ通商に一段と注意が必要だ。
(次回「透視眼」は8月号)