ふくおか県酪農業協同組合

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新年度酪農展望 菅4月訪米の余波注視 指定団体結集で厄災乗り越え
 まずは、米国産牛肉へのセーフガード(SG)発動の中で、4月前半の菅首相訪米の影響がどうなるか。「あの日」から10年。東日本大震災は深い爪痕と共に大きな教訓を残した。新型コロナウイルス禍も含め厄災が相次ぐ。自由化の足音は高鳴り4月からは乳製品、牛肉などの関税が一段と下がる。一方で、生乳需給の先行きは不透明感を増す。酪農家は指定団体に結集し〈協同の力〉で危機を乗り切るしかない。
大震災10年、熊本地震5年、北海道2年半
 大災害が相次ぐ。震災では先の2011年3月11日の東日本大震災から10年の区切り。2016年4月14日から16日にかけての熊本地震からちょうど5年。さらには日本初の送電線から電気が遅れず広域停電のブラックアウトを起こした2018年9月6日の北海道胆振東部地震から2年半が経つ。

 10年前の大震災は畜酪でも甚大な被害を出した。特に深刻だったのは福島原発事故が伴った福島だ。5年前の熊本地震では、熊本が西日本最大級の酪農地帯でもあることから生乳処理が大きな問題となった。地震で道路が寸断され、通常の配乳ルートが使えない。そこで指定団体の広域需給調整機能を発揮し、ほとんどの生乳を処理することができた。先の畜安法改正で生乳流通自由化が進んだが、こうした災害対応でも改めて指定団体機能の公共的な役割、大切さが明らかになった。

 さらに深刻だったのは2年半前の北海道のブラックアウトへの対応だ。全道の電気が消え暗闇に包まれるという前代未聞の事態は、大規模経営を展開する北海道の酪農家を直撃した。いわば〈酪農版ブラックアウト〉が全国生乳生産の6割をしめる主産地・北海道を襲った。
 集乳車が来るまで搾乳した原料乳を保冷するバルククーラーが効かなくなった。牛は大量の飲み水が欠かせないが、水道も止まった。さらに停電は、乳業メーカーの生乳処理施設の稼働も止めた。

 大型酪農家の中には、万が一の災害に備え自家発電装置を備えていたケースもあった。そこでいつもの通り搾乳し集乳を経て乳製品工場に持ち込んでも処理できない。結局は廃棄せざるを得ない事態に陥った。指定団体ホクレンの迅速な対応で、被害は最小限にとどまったとは言え、大きな課題を残した。その後、国や道の支援もあり乳製品工場の自家発電設置や酪農家段階でも導入が進んだ。これは北海道に限らない。都府県こそ災害常襲地帯であり、酪農家の自家発電問題は共有されなければならない。
絶叫「原発さえなければ」と復興牧場
 大震災は、大地震、巨大津波、さらには原発事故に伴う放射能汚染、引き続く風評被害と負の連鎖が被災地を苦しめ続けた。

 「原発さえなければ。残った酪農家は原発にまけないで頑張って下さい」。10年前の原発事故から3カ月後、前途を悲観し自殺したとみられる50代の福島・相馬の酪農家は壁のベニヤ板にチョークでこう書き残し逝った。当時の取材ノートを開くと、黄色の蛍光ペンで〈原発さえなければ〉の箇所に線が引いてある。被災者を追い続ける監督によってドキュメンタリー「遺言 原発さえなければ」で映画にもなった。
 〈原発に負けないで〉の遺言は、その後、形になる。福島県酪農協などが全面支援し、被災者5人が福島市内に復興牧場「フェリスラテ」を立ち上げた。名前はスペイン語の幸福を意味する〈フェリス〉とイタリア語の牛乳の〈ラテ〉を掛けた。いわば震災に立ち向かう復興で〈幸せの牛乳〉を消費者に届ける心意気を示す。

 今、同復興牧場は乳牛飼養頭数800頭と東北有数のメガファームに成長した。2019年には分場して、震災後に酪農が途絶えていた福島・飯舘村で育成牛の飼育も始めた。積極的に新規従業員も採用し、20代の若手も増えた。今後は和牛肥育も拡大していく。田中一正代表は「福島の酪農を何とか再建したい。その一心でここまでやってきた」と前を向く。〈幸せの牛乳〉を届ける復興牧場の挑戦はまだまだ続く。
年度末から5月の生乳廃棄警戒
 コロナ禍で生乳需給の不透明感が増す。3月下旬からの小中学校春休みに伴い学校給食牛乳が停止する。生乳生産が伸びる一方で、バターなど乳製品過剰は深刻化する。生乳廃棄回避に向け、業界一体の対応が正念場を迎える。
北海道生乳取引交渉は難航
 5年ぶりに長期化したホクレンと乳業メーカーの2021年度生乳取引交渉は、年度末ぎりぎりの3月まで続いた。

 乳業最大手トップは3月初めに「乳製品過剰対策の是正では双方の理解は一致している。詳細の詰めを行っている段階で、間もなく妥結する」と明らかにした。21年度飲用乳価交渉は、既に関東生乳販連をはじめ据え置きで決着済み。一方で加工向けを巡る北海道の生乳取引交渉は越年し、いまだに決着していない。交渉難航は、TPP大筋合意で一層の乳製品自由化が迫られた2016年以来、5年ぶり。

 問題は、在庫が積み上がっている脱脂粉乳、バターの過剰対策。コロナ禍で業務用需要が停滞する中で、輸入代替措置などが問われている。いわば「出口対策」といわれるもので、このままでは、乳価へ波及し酪農生産現場にも混乱を招きかねない。昨春は国の脱粉対策が効果的だった。今回は特にバター在庫解消が難題だ。需要の伸びているチーズ増産での対応も欠かせないが、4月からは自由化で関税率がさらに下がるなど輸入品との競争は激しさを増す。

 こうした中で、大手乳業トップは「ホクレンと乳業は酪農生産基盤強化では一致している。原資、財源が限られる中で、双方が知恵を出し解決する段階だ。3月中には妥結する」とした。一方で、生乳増産は新酪肉近でも明示されており、乳製品過剰対策での国の支援拡充も焦点となる。
まるでジェットコースター
 コロナ禍に伴う突然の全国の学校休校から1年。酪農乳業関係者は、上下に大きく振れたこの1年の生乳需給を「まるでジェットコースターのようだ」と振り返る。
 何度か、大量の生乳廃棄が出かねない危機的局面があった。特に1年前の3月、長期間の一斉休校に伴う学乳停止で行き場の失った生乳の処理が大問題になった。学乳の割合が大きい中小乳業は経営的にも行き詰まった。

 次に5月の連休時期。さらに夏場の8、9月期は夏季休暇短縮と需給逼迫から、例年以上に首都圏をはじめ大都市圏の飲用牛乳不足が懸念された。そして年末年始の牛乳不需要期にも再び乳製品処理しきれない生乳廃棄の恐れが一気に高まった。

 結果的に、国の脱脂紛乳の輸入代替措置をはじめ牛乳・乳製品消費拡大対策に加え、生産者団体と乳業メーカーによる業界一体のコロナ対応で、課題が多かった。
米国産牛肉SG発動
 政府は3月18日、米国産牛肉セーフガード(SG=救急輸入制限措置)発動した。期間は30日。したがって物流、販売の影響はほぼない。問題はSG発動に伴う米国バイデン政権の反応だ。折しも4月前半、菅義偉首相が訪米する。日米摩擦の要因とならないか、注視が必要だ。

 牛肉のSG発動は2017年8月以来、3年半ぶり。この時は干ばつで豪州産牛肉が高騰したことが要因だ。17年8月から18年3月まで関税率が引き上がった。牛肉SG発動は、ガット・ウルグアイラウンド農業交渉合意に基づき、1995年、96年の2年連続で発動。さらには2003年8月からBSEで牛急減した前年の反動からチルド肉の輸入が増え発動した。今回で5回目となる。

 ただ、改めてSG内容を見ると、極めて〝ザル法〟だと言わざるを得ない。これまでは四半期ごとのチェックで、一定数量を超えれば年度末まで関税が上がり、国内畜産を守る〈防波堤〉の役割を果たしてきた。まさに〈セーフガード〉の名称通りだった。
本当にセーフガードなのか
 だが、同じSGでも今回は似て非なるもの。基準超えでも高関税適用はわずか1カ月に過ぎない。TPP交渉時、当時の農水省生産局長に「あんなセーフガードの内容なら意味がない」と問うと、「セーフガードを持ち出すだけでも大変だった。米国はそのものに反対した」と苦労話を打ち明けた。これはセーフガードではなく、政権の言い訳に過ぎない〈政府ガード〉ではないかとも思う。
3年半前は畜産部長に圧力
 3年半前の17年8月のSG発動時、安倍政権で米国はトランプ政権発足から半年あまり。当時の農水省畜産部長、大野高志から「政権から輸入数量を翌月に分散させSG発動を回避できなかったのか指摘された」と聞いた。

 官邸はトランプ大統領との友好関係を最重視し、SG発動で米国を刺激しないか懸念したためだ。官邸がどこを向いているかを象徴する出来事ではないか。国際協定で決まった事項よりも、日米関係の円滑化を優先する姿勢だ。この時の官房長官は言うまでもなく菅義偉。今の首相である。来月の訪米時に農業問題で、どんな妥協案を持っていくのか懸念する見方もある。
干ばつで米豪逆転
 米国産牛肉のSG発動は当初、2月中と見られていた。ただ、発動が3月にずれ込んだのは、輸入業者が関税引き上げを憂慮し、買い控えしたと見られる。

 日米貿易協定に基づき、発効2年目の2020年度のSG基準数量は24万2000トン。2月末までの米国産牛肉の累計輸入量は23万3112トンで、基準の96%に迫っていた。残り8888トンとなっていた。末広がりの〈八〉が四つも続く数字だが、日本の畜産にとっては全くめでたくない。同協定発効後、米国からの単月の輸入量が1万トンを下回ったことはない。財務省は17日に3月上旬の輸入量を公表し、累計で24万2229トンと、基準量を上回った。

 2020年4月以降の牛肉関税率はTPP11、日米、日EUともに25・8%。SG発動で米国産牛肉の関税率は38・5%に引き上がる。
 牛肉輸入量を地域別に見るとTPP11の落ち込みが目立つ。特に大産地の豪州は前年対比で1割減。干ばつによる飼料不足で牛肉淘汰が響いた。香港問題を引き金とした豪州は中国との通商対立でも窮地に追い込まれている。
 一方で、米国は、千葉・幕張メッセで3月上旬に開いた国際食料・飲料見本市でも米国ブースでは日本への牛肉をはじめ食肉の売り込みが目立った。
TPP11はSG発動困難
 こうした中で牛肉SGを巡り一波乱が起きる。4年前にトランプ大統領就任でTPP協定からの米国離脱だ。構成は11カ国によるTPP11となった。だが、TPP全体の牛肉SGの発動水準はすぐには変更できない。

 メンバー国全体の合意に基づいた再協議が必要だ。つまり、巨大な牛肉輸出国の米国が抜けても、SG発動基準が変わらないため、この制度は事実上機能しないと同じになった。

 日米貿易協議は最も懸念されたコメを除外、乳製品でも想定内の内容に収まった。問題の牛肉はTPPと同様に最終税率は9%にまで下がる。協定締結後すぐにTPP11と同じ税率に下がるため、厳密には関税削減前倒しの「TPP越え」だが、「TPP水準」とも言える内容だ。
どう出るかバイデン政権
 今回の発動に伴い、米国産牛肉SG問題は4月前半の菅訪米でも日米農業問題で話題になる可能性が高まってきた。
 ルールに従い基準を超えれば関税率を引き上げればよい。だが日米関係だと、そうすんなりいきそうにない。発動基準そのものへの再協議が始まる。元々、日米貿易協議の牛肉SG基準は低いとの見方もあった。国内畜産を守る観点から日本にとっては有利だが、米国が協定妥結を急いだのは米中貿易紛争の最中だった事が大きい。つまり、日米協議どころではなかったのだ。トランプ・安倍の個人的関係が良好な事も幸いした。

 一方で現在は政権交代を経て民主党・バイデン政権。過去を振り返ると民主党政権時に日米通商問題は摩擦が大きくなる。バイデン大統領はどう出るのか。対日強硬論再びか。牛肉SG問題の行方は今後の日米通商問題の火種になりかねない。今後の行方に注視が必要だ。
2年ぶりフーデックス様変わり
 千葉市の幕張メッセで3月上旬開催したアジア最大級の国際食品・飲料展「フーデックス・ジャパン」2021は、コロナ禍で様変わりした。出展、入場者とも大幅に減り、米中対立の余波で中国の出展も激減。リアル展示の難しさも浮き彫りとなった。

 昨年、コロナ禍で中止になったため、フーデックス開催は2年ぶり。国内外の食品関連のバイヤーなどが一堂に会し、各国の日本市場への売り込み状況や戦略品目などが分かり、今後の食料品販売の行方を知る意味でも貴重な場を提供してきた。1976年から毎年開いてきたが、昨年は直前で中止に追い込まれた。今年は感染防止対策を徹底して何とか開催にこぎ着けたが、出展は激減したのが実態だ。
一昨年は94カ国、3300社、8万人超参加
 フーデックスの規模感を見てみよう。直近の2019年の参加は、世界94カ国・地域から3316社、入場者は累計で8万人を超えた。うち、海外からの来場者は、中国や韓国をはじめアジアを中心に初めて1万人を超えた。

 しかし、2年ぶりとなる今回は、今のところ60カ国・地域、2000社と3割以上減っている。会場も従来の海外と国内企業で別々の大きなホールに分け実施していたやり方を改め、大幅に縮小した。コロナ禍で世界的に国際展示会の開催のあり方が問われる中で、今後のフーデックス運営の行方にも影響しかねない事態となっている。
アフターコロナ見据える
 そこで、フーデックス事務局では早くも来年開催の盛り上げを念頭にリスタートを期す。「フーデックス・ジャパン」2022は〈アフターコロナに向けて再始動〉とのスローガンを掲げ、「世界90カ国・地域から3500社出展。約8500人のバイヤーと出会える」と、これまでの実績を強調し、早めの出展希望を促す。だが、来年もコロナ禍の行方次第だろう。新型コロナのワクチン接種の進み具合もカギを握る。事務局が期待を込める〈アフターコロナ〉は先行き不透明だ。
海外勢の勢力図激変
 今回にフーデックスで注目されるのは米中対立の影響だ。毎回、中国は大規模な出展スペースを確保し、日本市場への食品の売り込みを行ってきた。今回は日本と関係の深い山東省などが目立つ程度で、一時の勢いは消えた。
 一方で、目立ったのが欧州勢だ。立ち寄ったイタリアのブースではチーズを勧められた。「いつもはワインPRだが、今回は自由化で関税も下がるチーズをぜひ」と。英国ブースではわざわざ日英経済連携協定(EPA)締結で英国の食品・飲料価格が下がるとアピール。
 米国は、TPP離脱後に日米貿易協定を結んだ。主力輸出品目である牛肉は、対日市場を巡り最大ライバルのオーストラリアを上回っている。フーデックスの米国ブースでは、相変わらず食肉売り込みには一段と力を入れる。
フードテック講演に注目
 フーデックス会場での講演会も、時流の影響を受ける。食品にAIやITなどを活用したフードテック講演に注目が集まった。さらには、コロナ禍での食品販売戦略なども語られた。今回は、コロナ対応と最新技術を駆使したフードテック対応の二つが、大きなテーマとなった。

(次回「透視眼」は6月号)