酷暑の8月を迎え、牛乳の安定供給のためにも生乳生産の維持が重要局面を迎えている。酪農は地域維持に欠かせない人的パワーを持つ。特に、家族農業の経営を応援し、下支えし、増産意欲を後押しする仕組みを農政で位置付けることが欠かせない。
基本は「多様性」「持続可能」
3年に一度の酪農全国基礎調査がまとまった。改めて浮き彫りになったのは、都府県での生産基盤弱体化の危機的な実態だ。今後の酪農行政を考える際にキーワードは「多様性」と「持続可能」の二つではないか。外国に比べ小規模で中山間地が圧倒的に多い国内農業の実態から考えるべきだ。大規模優先の農政から転換し、生乳増産意向を示す家族経営支援を拡充した多様な酪農の共存こそが問われている。もともと、酪農は消費者との結び付きが強く、教育ファームの実践やいち早く生乳の共同購入品目になるなどした経過がある。コストのみを重視した大規模化ばかりに傾斜するのではなく、地域と共に育ち、消費者の応援で元気となる「共存型牛飼い」こそが日本酪農の進むべき道だろう。
都府県酪農の危機
元々、酪農行政は国際競争にさらされる加工原料乳地帯の大規模酪農地帯・北海道をどう発展させるかを中心に据え展開されてきた。乳製品向けを支えれば都府県の飲用乳地帯も維持できるという北海道と都府県の「すみ分け」で全国の酪農家の共存と共生が可能な体制が維持できるという考えからだ。だが、自由化が進み、都市化が進み、酪農家の高齢化・後継者不足が深刻となる中で、都府県の地盤沈下が急速に進んでいる。「すみ分け」が崩れれば、結局は国内酪農の弱体化につながりかねない。
夏場の牛乳不足を懸念
全国生乳割合の約55パーセントを占める北海道が増産基調に転じる一方で、都府県酪農の地盤沈下が深刻となっている。今夏、猛暑になればスーパー店頭での一定の販売制限など飲用牛乳の供給不足が大きな問題となりかねない。中央酪農会議(中酪)がまとめた今回の全国調査は、その懸念を裏付けた。
特に都府県酪農の底上げは喫緊の課題だ。農水省は最需要期の夏場に向け、基盤強化の対策をアピールすべきだ。今後の搾乳後継牛候補の2歳以上の雌の割合は昨年夏以降増加に転じた。この傾向をさらに後押しする必要がある。
こうした中で、中央酪農会議は今後の生乳生産基盤強化対策の基本方向として5項目を掲げた。まずは、国内乳牛資源の確保である。性判別精液の一層の普及促進による乳牛確保や育成牧場の有効活用で雌子牛の育成対策の推進を挙げた。全国屈指の食品大手で乳業最大手の明治HD・川村和夫社長は乳業メーカーによる海外からの後継牛導入支援を「画期的なこと。中小も含め乳業メーカー自らが相当の危機感を共有、国内酪農支援に動いたものだ」と強調する。
課題は中小規模の「底上げ」
全国調査で驚いた結果は、都府県の経産牛40頭以下の規模の酪農家の割合が、実に全体の7割近くを占めた点だ。その層が生乳生産の3分の1を担う。家族農業の中でも、増産意欲が高いことも分かった。内実は、増頭したくとも資金確保が難しいなど課題が多い。酪農行政は、畜産クラスター事業にせよ助成交付対象が一定規模以上で線が引かれる。調査結果は、そこを漏れた家族酪農の底上げの必要性を問う。
都府県で、中小規模でも今後の政策支援次第で、現状よりも規模拡大の「階段」を登る層が多くいることも分かった。経営主の年齢が60歳未満および60歳以上でも後継者がいる酪農家は、今後とも生産継続の素地が整う。これらの経産牛規模別の戸数は20頭以下で19パーセント、21から40頭で40パーセントも存在する。つまり、両方を足した全体の約6割が、持続可能酪農であることが分かる。この層を絞り、小規模でも対応できる規模拡大を促す増頭対策に知恵を絞るべきではないか。
国産生乳の需要は高止まりする半面で、国内生産は730万トンに届かず、特に大半を占める指定生乳生産者団体の2017年度受託乳量は30年ぶりの700万トンの大台割れとなっている。国産生乳は、需要はあるのに供給が追い付かない、いわゆる「チャンスロス」に陥っている。最大の課題は安定供給である。ギガ、メガ酪農と称される超大型酪農が存在感を増しているのは確か。だが、地域の維持のためにも、規模別にバランスのとれた経営が「共存」する日本型酪農を追求すべきだ。そのカギは、40頭以下の経営者の年齢が比較手若い層に焦点を当てた、政策的な配慮が欠かせないことを裏付けた。
意識は農政より目先の課題
全国調査で生乳生産維持・増産の障害(最大3つまでの複数回答)は、今後の農政対応で注目すべき項目だ。北海道は労働力不足が約25パーセントと最も多く、今後の乳価水準が次いだ。都府県は経営者の高齢化が2割近くで一番の課題となった。ただ都府県のうち、増産意向の酪農家を見ると乳価や飼料価格の行方を懸念する回答が目立つ。やはり経営の安定化の視点が持続的酪農の確立には欠かせない。
一方で北海道、都府県ともに、酪農政策や自由化問題への関心が3年前に比べ半分以下に減った。先行き不安と絡め、どう読み解くのか。農政評価と結び付けるのは早計だろう。生乳需給先行き不安が拭えない改正畜産経営安定法の施行や自由化加速など、むしろ酪農を取り巻く懸念材料は増えている。生産基盤の弱体化に歯止めがかからない中で、労働力、乳価など当面の課題に忙殺される生産現場の実態と見るべきだ。この結果を農水省をはじめ行政は、現状の酪農行政の満足度が高いなどと間違った判断を下すべきではない。そのことは、語気を強めたい。
(次回「透視眼」は10月号)