今年は酪農・乳業界にとって「経験のない夏」を迎えている。新型コロナウイルス禍で用途別の需給が混乱している。特に、夏休み短縮に伴う学校給食牛乳の拡大で、7月から生乳需給は逼迫基調だ。一方でコロナ禍で国民の酪農への期待は高まっている。この「追い風」を受け、夏場の生乳安定供給が例年になく問われる。
不足と過剰の併存
農水省に、消費者から問い合わせが相次ぐ。生乳は過剰なのか不足なのか、一体どっちなのかと。無理もない。つい3カ月前の5月には、行き場の失った生乳の廃棄が北海道を中心に始まるのではないかと懸念され、同省も「プラスワン」という緊急プロジェクトを立ち上げ、牛乳消費拡大に乗り出した。ところが、7月に入り一転して飲用向けと中心に需給逼迫の様相だ。内実は、用途別に不足と過剰が併存しているのだ。
コロナ禍で異例の事態が続く。今春から夏の半年間で、処理不可能乳の発生回避から、今度は一転して牛乳の品薄、欠品回避へ。生乳需給はめまぐるしく急変している。しかも、用途別で過不足に大きな差を伴っているのが、今後の需給見通しをさらに難しくしている。Jミルクが7月下旬に発表した2020年度の生乳需給見通し、牛乳・乳製品需給見通しも、旺盛な飲用需要を賄うため北海道からの空前の道外生乳移出を明記するとともに、都府県の生乳生産を促した。ただ、コロナ禍での学乳動向、夏場の気象異変など今後の需給が依然として読みにくいことから、需給見通しは12月までの年内に予測にとどめた。
乳業メーカー、生産者団体などで構成するJミルクは5月下旬、牛乳乳製品の用途別需給の先行きが不透明なことから、初めて通年の見通し公表を取りやめ9月までの上期見通しにとどめた。さらに、6月の総会後の会見で7月からの夏場の生乳需給ひっ迫で危機感をあらわにし、特に飲用用向けの業界挙げた安定供給の必要性を強調した。
空前の道外移出必至
通常、年間最大の生乳需給ひっ迫時期は9月上旬。暑さで生乳生産が落ち込む半面で、夏休み明けで学校給食用牛乳が始まり、需給ギャップが大きくなり東京、大阪など都府県の大都市圏の牛乳供給不足が問題となってきたためだ。昨年も北海道から9月に6万2000トンと過去最大級の道外移出を迫られた。ところが、今年は7月から9月まで各月6万5000トン前後を都府県に送る必要がある。前例がない事態だ。
コロナ禍で生乳需給の大きな混乱要因は、需要の安定仕向先だった学校給食用牛乳の動向だ。今春は全国一斉休校で、行き場を失った生乳の処理が大きな問題となった。外出自粛などから、生クリームや脱脂濃縮乳など液状乳製品の業務用需要も急減した。
特に、北海道の生乳生産がピークを迎える5月下旬から6月上旬までの生乳処理をどうするかが課題だった。道内の乳製品工場の受け入れ能力を超え廃棄寸前までいったともされるが、主力のバター、脱脂粉乳に加え、チーズ増産などで乗り切った。結果的に乳製品の在庫が積み上がり、年末に向けた対応が迫られる。特に脱粉の在庫処理は急務だ。
こうした中で、農水省は脱粉の今年度輸入枠を当初予定の4000トンから750トンと大幅縮小した。年初から脱粉過剰が問題となっていた中で、輸入枠が過大だとの指摘があった。輸入枠大幅縮小は賢明な判断だ。さらに同省は、牛乳乳製品消費拡大プロジェクト「プラスワン」の第2弾として、これまでの牛乳需要拡大に変え、脱粉在庫減少を狙いヨーグルトやアイスクリーム消費増を呼び掛けている。こうした動きを後押ししたい。
酪農ファン構築好機も
これまでにない夏場の生乳ひっ迫、さらには今後の脱粉在庫削減だが、業界挙げて対応せねばなるまい。まずは牛乳の安定供給の実現だ。夏休み短縮に伴う増える学乳需要には、各乳業メーカーとも最優先で着実に応じる必要がある。子どもたちへの牛乳提供は、今後の国内酪農への理解を深め、国産牛乳乳製品ファンづくりもつながる。
今年度から始まった新酪農肉用牛近代化基本方針は現在、地域ごとに地域版酪肉近を議論中だ。10年後の生乳生産780万トンと、現行水準約730万トンに比べ50万トン増産を明記した。それだけ、国産生乳の需要の強さを裏付けた。農水省の畜産部会で増産を最も主張したのは大手乳業メーカーだ。増産すれば買い入れるという意思表示に他ならない。
生産者側にすれば、自由化が進展する中で輸入乳製品も増え、国内市場がダブついたらどうるのかという懸念もある。増産を担保する需給安定対策の拡充も欠かせない。
農業白書どう見る
農水省がまとめた2019年度(令和元年度)の食料・農業・農村白書は、「特集」に今後10年を見据えた食料・農業・農村基本計画と女性農業者の活躍を掲げた。この中で、今後の農政方向の力点が見て取れる。
農政は大きな転機を迎えている。元号が「平成」から「令和」に代わり、新たな世界の潮流のキーワードは、国連も唱えるように「持続可能性」の5文字だ。これまでの成長至上主義とは明らかに局面が異なる。こうした中で、白書が今後10年間の各品目別の生産目標数量などを掲げた基本計画の見直しを特集で取り上げたのは当然だろう。
基本計画の建て付けは、食料自給率など農政全般は農水省の食料・農業・農村審議会企画部会で論議を行う。並行して品目別は専門部会で深掘りし、基本計画に束ねる。品目別で大きな焦点となったのは、後述するが畜産部会で具体的な議論を深めた酪農肉用牛近代化基本方針(酪肉近)のありようだった。食料自給率の新しい概念、飼料自給率を考慮しない「食料国産率」でも畜酪の振興と自給飼料基盤の確保が議論となった。
まず「特集」を見てみよう。基本計画は、今後10年間の農政方向を示すものだ。今回の農業白書は、1961年(昭和36年)の農業施策の「憲法」とされた農業基本法制定時の発行から59冊目となる。この農基法に代わり、21世紀を見据え農業分野ばかりでなく食料や農村と幅広い視野で政策運営を行う食料・農業・農村基本法に基づく2000年の第1回基本計画策定から20年の節目とも重なる。
来年度は農基法制定から「60年」と、人に例えれば還暦を迎える。来年は、この間の農政の変遷、反省点、新たな展望などを取りまとめる時期でもある。当然、来年は有史に刻まれる大災害、東日本大震災から10年の区切りで、災害と地域、農業の役割を改めて問わなければならない。
大規模偏重から転換、家族経営位置付け
今回の基本計画の大きな特色は、これまでの大規模担い手を中心とした成長路線重視から、多様な担い手の位置付けを明確にした事だろう。企画部会と併行した畜産部会でも中小規模農家、家族農業への配慮の要望が相次いだ。
基本計画のポイントは5つ。農業の成長産業化に向けた農政改革を引き続き推進、農林水産物・食品の輸出額5兆円の目標設定、中小・家族経営等多様な経営体の生産基盤の強化を通じた農業経営の底上げ、地域政策の総合化、食と農に関する新たな国民運動を通じた国民的合意の形成――を掲げた。
これら5重点に異論はない。問題は、掲げた目標をどう実現するか。計画づくりが目的ではない。目標の実現こそが問われる。生産現場、地域ごとの実情に応じた地道な努力の積み重ねしかない。
指定団体への結集重要
ここで白書には全く触れられていないが、酪農制度改革に伴う改正畜産経営安定法の課題を検証することが欠かせない。畜産部会でも再々にわたり、生産者、乳業メーカー代表から再三にわたり、生乳流通自由化の弊害と指定生乳生産者団体への結集の必要性が問われた。酪肉近でも制度の検証の必要性が明記された。この事は極めて重要だ。
加工原料乳補給金制度を通じ指定団体への生乳一元集荷、用途別多元販売を実現してきた酪農不足払い法は廃止され、改正畜安法として包含された。暫定措置法から恒久法となった点は結構だが、指定団体の一元集荷機能の弱体化が懸念される。規制改革論議の中で生乳制度改革は突然突きつけられた。生乳集荷の複線化は生乳需給調整を難しくし、結果的に一部の酪農家を除き全体の乳価水準を下げかねない。「一体誰のための、何のための改革だったのか」。酪農関係者からの問いはいまだに続く。
女性農業者と所得増加
白書の今一つの「特集」は「輝くを増す女性農業者」だ。男女共同参画社会基本法施行から20年の節目であり、時宜を得た企画だろう。59回を数える白書の中でも「女性」を特集したのは初めてだ。福岡も酪農女性の活躍先進県だろう。今回の白書を参考に、一層輝く酪農へ参考にしたい。具体的な問い合わせは九州農政局や国の地方出先機関で応じるはずだ。
さまざまな分析が成されており、参考になる貴重な試みだ。酪農家の中でも当然、女性の役割、経営を担う重要さは高い。改めて女性農業者に注目したい。
白書では、女性の経営参画で経営効果を主に4つ挙げた。顧客志向強化、従業員満足度の向上、意思決定の改善、企業イメージの向上である。女性視点で多様な販売アイデアは、酪農の生産現場では6次加工の乳製品加工などの事例もあろう。白書は女性活躍の先進事例として、九州では大分や熊本の事例が掲載された。
女性の協力が欠かせないのは酪農・乳業分野も同じ。乳業メーカーの新商品開発などでは女性社員の新発想で商品化となったケースも多い。いよいよ「酪農女子」の出番でもある。
農業女子が抱える悩みは、農作業のきつさ、農業技術の習得、子育てに関することが多い。女性が働きやすく暮らしやすい農村をつくることは欠かせない。白書は、仕事や家事、育児、介護などの役割分担を明確にする家族経営協定の締結や農業経営改善計画の共同申請、女性農業者の連携強化のためのネットワークづくりを挙げた。地域版酪肉近づくりにも若手農業者の中で女性代表も含め、「明るく未来のある酪農」を目指したい。(次回「透視眼」は10月号)