2023年は、前年2月にロシア・プーチン大統領が引き金を引いた大動乱の時代を引きずるのは間違いない。資材高をはじめ酪農に〈三重苦〉を強いた難局を突破するために、関係者一体の生乳需給対応が正念場を迎える。今年は関東大震災から100年の節目。有事が相次ぐ。一方で、時代は食料安全保障を前面に出した「国産シフト」を迎えたといっていい。
関東大震災から1世紀、農業団体「元年」も
今年は、10万人以上が死傷した1923年の関東大震災からちょうど100年の節目を迎えた。天変地異の災害が相次ぐ中で、改めて「平時」ではなく「有事」を考え直す時期でもある。
気候危機とも称される地球規模の大災害、新型コロナ禍を招いたパンデミック(世界的流行)、ロシアの軍事侵攻に端を発した混乱など「有事」が相次ぐ。
こうした中で世界食料危機は、食料自給率38パーセントと、先進国最低の日本に農業生産基盤の再構築と自給力強化の必要性を迫る。今年は、1年後の2024年年明け通常国会に予定される食料安保関連法案提出の重要な年でもある。「有事」を前提に、〈国産シフト〉を鮮明となってきた。酪農・乳業界は先導役を果たし、酪農が持つ価値、国産の牛乳・乳製品の栄養的有用性もアピールしなければならない。100年前の1923年には農業団体全国連の中核的存在である産業組合中央金庫(現在の農林中央金庫)、さらには全国購買連(現在の全農)も設立した。その意味では、農業団体「元年」とも言える。
2022年の漢字「戦」「安」「変」
京都・清水寺での揮毫による2022年の世相を1字で表す今年の漢字は「戦」。誰もが納得する漢字に違いない。プーチン暴発による国際紛争、中国の膨張主義を伴う「チャイナリスク」は収まりそうにない。
だが、注目したいのは2位の「安」と3位「楽」。食料有事の懸念が高まる中で、「安」をぜひ食料「安」保の構築に結び付けたい。「楽」は苦あれば楽あり。稀代の政治力を発揮した協同組合の先人で元全中会長の宮脇朝男氏が常に口にした中国古典から引いた〈先憂後楽〉を思う。今の酪農情勢にも当てはまる四字熟語だ。
一方で、野村哲郎農相は今年の漢字(22年)に「変」を挙げた。食料安保強化への農政の変化、ターニングポイントの思いを込めた。
干支由来の「鳶目兎耳」こそ
卯年は景気が上向くとされる。飛び跳ね難局を乗り越えるとの期待を込めた。干支・兎(うさぎ)に関連し浮かぶのは〈鳶目兎耳〉(えんもくとじ)の四字熟語だ。高い空を舞うトビのような遠くまで見通す眼力を備え、ピンと長く張った兎の耳にようにどんな些細な音も聞き逃さない。そのような目と耳を持ったジャーナリストらを指す。
明治維新の扉を開いた幕末の志士・吉田松陰が唱えた〈飛耳長目〉(ひじちょうもく)にも通じる例えだ。遠くのことをよく見聞きする目と耳は情報収集能力を意味し、それらをもとに大局的な判断を行う。松陰は松下村塾に「飛耳長目」と題された帳面を置き、門下生に各地の風聞、つまりは情報を書き留めさせ意識の共有化を図った。
〈鳶目兎耳〉の極意は、未曽有の危機を迎えている酪農にも当てはまるかもしれない。苦しい中でもどこかに光明、突破口があるはずだ。酪農は現在、「八方ふさがり」の状況か続くか、飛躍の前の雌伏の時とみるべきだろう。
「文藝春秋」と司馬遼太郎ダブル100年
今年は菊池寛が大正時代に創刊した『文藝春秋』100年。64万部と総合月刊誌で国内最大部数を持つ。タイムリーな特集が特徴で、保守の視点で時代を斬る。「創刊100周年新年特大号」は684ページと分厚い。創刊101年目に絡め「101人の輝ける日本人」を掲げた。この中には夏目漱石の親友で夭折の天才俳人・正岡子規もいる。
同誌と同じ1923年に産声を上げた国民作家・司馬遼太郎も生誕100年。子規も主人公の一人に据えたベストセラー『坂の上の雲』は、近代国家ニッポンの黎明期を明るく描いた。坂の上の青い天にある一朶(いちだ)の輝く白い雲を見つめながら前を向き登っていく。坂本龍馬の新政府建設での役割など「司馬史観」ともされる独自の歴史解釈は、史実として鵜呑みにはできないが、読み物としては面白い。司馬は『文藝春秋』とも執筆、特集などを通じ関係が深かった。
個人的には昨春4月号から始まった同誌連載の「世界最高の長寿食」に注目してきた。そこには酪農・乳業振興のヒントも含む。
健康食「ま・ご・わ・や・さ・し・い・よ」
同連載の筆者は京都大学出身の栄養学者・家森幸男氏で、粘着力があるカスピ海ヨーグルトの紹介者としても知られる。「人生100年時代」に健康長寿を保つために同氏が説くのは食事、食材の大切さ。日本型食生活の優れた点だ。キーワードに健康食に欠かせない食材を分かりやすく「まごわやさしい」の7字で表す。
ま(豆)、ご(ゴマ)、わ(ワカメ・海藻)、や(野菜)、さ(魚)、し(シイタケ、キノコ類)、い(芋)。いずれも栄養に富み体調を保つ。健康寿命の大敵、塩分、ナトリウムを抑える効果も持つ。家森氏が強調するのは、これらの食材をバランスよくとる一方で減塩を徹底することだ。そしてヨーグルトの有用性を繰り返す。その意味では、先の7字にヨーグルトの頭文字〈よ〉を加え「まごわやさしいよ」の8文字で覚えたい。日本型食生活は優れているが、課題は日本食につきものの味噌、醤油の塩分をどう減らすか。そこで、現在ではJミルクなどによってヨーグルトなど牛乳・乳製品でコク、うまみを代替するニュー和食である「乳和食」も広がってきた。健康長寿食の合言葉に「まごわやさいしいよ」の8字で、末語にヨーグルトを新たに加え、生乳需要拡大の起爆剤に位置付けたい。
検証・23年度畜酪政策価格・関連対策
23年度畜酪対策は、結局は酪農経営安定の絡みで加工原料乳補給金単価の引き上げと、経営支援措置が最大の焦点となった。酪農団体は、具体的水準として「補給金キロ5円値上げ」を強力に求めた。
補給金単価は過去3年間の生産費などを参考に算定する。そこで、飼料高止まりなど現在のコスト急騰が一定反映されるといっても、限界がある。とても酪農救済の水準には達しない。
一方で、22年度飲用向け生産者乳価はメーカーとの取引交渉では22年11月からキロ10円値上げとなった。ただ北海道は用途別に見ると乳製品仕向けが過半を占めるためプール乳価でキロ2円程度の値上げにしかならない。財源では、乳製品需給緩和を受けて総交付対象数量、かつての加工原料乳限度数量の削減幅が課題となった。
最大の焦点となった23年度補給金・集送乳調整金は、キロ49銭上げ11円34銭と11円台に乗った。ただ酪農団体が求めた5円アップとはけた違いの水準だ。一方で総交付対象数量は330万トンと15万トンの大幅削減となった。別途、生産抑制を条件に10万トンを限度に補給金等と同額を支払う酪農緊急パワーアップ対策を組む。これで、交付対象数量の実質削減分は5万トンにとどまる。ただ、酪農家が将来展望を持てるか大きな疑問だ。
〈八方ふさがり〉欠陥法制度をただせ
畜酪論議では、生乳需給調整のあり方で、たびたび改正畜産経営安定法の課題が取り上げられた。同法はアベノミクス全盛時の官邸農農政による農政改革の一連の流れの中で施行した。
官邸と農水省改革派が注視したのは、協同組合で構成する指定生乳生産者団体による集荷率95パーセント前後という共販率の圧倒的な高さ。これが農協独占と映った。そこで、暫定法だった加工原料乳不足払い制度を廃止し、この仕組みに〈風穴〉を空けることを強行したのが改正畜安法だ。指定団体による一元集荷・多元販売の制度は瓦解し、流通自由化を促した。だが、生乳需給緩和の中で、酪農家間の不公平という形で生産調整の参加の有無をめぐり制度欠陥が露わになっている。基本法見直しと同時に、「経営安定」とは真逆の欠陥法制度の是正も問われる。
「Rの時代」酪農版レジリエンスこそ
表題の食農大転換と「Rの時代」のRを考えたい。干支の英語「ラビット」でもあり酪農の頭文字とも重なる。〈R〉は時代を映す頭文字と重なる。農政を「リセット」し、酪農版「レジリエンス」を構築する時だ。
Rの頭文字とするレジリエンスは「回復力」を意味する。酪農の強みは、国民に健康と身体の健全な発展を届ける牛乳・乳製品を安定的に供給できることだ。特に次代を担う子どもたちには欠かせない良質たんぱく質、カルシウムなどを提供している完全栄養食品の典型でもある。先に挙げた健康食のキーワード「ま・ご・わ・や・さ・し・い・よ」と最後にヨーグルトの〈よ〉と加えた所以である。
「どうする家康」、いや「どうする酪農」
1月8日から放映のNHK大河ドラマ「どうする家康」。徳川家康は、戦国時代を脱し260年余の〈パクストクガワーナ〉とも言える平和国家ニッポンを築き、世界屈指の巨大都市・東京の前身、江戸を文化都市に育てた。その苦悩と経過を描く。
「どうする家康」のタイトルに例えれば、2023年は「八方ふさがり」の今を踏まえた「どうする酪農・乳業」が問われる。
振り返れば、酪農は産直、生協などとの生消交流の長い歴史も刻んできた。酪農教育ファームの実績もある。だからこそ、学校給食に取り入れられている。今年は酪農・乳業・行政など関係者一丸で一刻も早く生乳需給の是正を進め、レジリエンス=回復力を発揮する酪農の底力を期待したい。
(次回「透視眼」は2月号)