ふくおか県酪農業協同組合

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新たな酪肉近論議大詰め来年度酪畜施策は家族農業焦点
 世界史上、大きな転換点となった「ベルリンの壁」崩壊と東西冷戦終結から30年を迎えた。しかし世界は米中の「新冷戦」とも称される対立が激化している。酪農界も年末を迎えあわただしさを増す。農水省の新たな酪農肉用牛近代化方針(酪肉近)も大詰め論議が進む。政府・与党の2020年度酪畜論議は12月12日前後で決着する見通しだ。
どうする都府県の生産基盤
 来年度畜酪政策論議で大きな焦点となっているのが、中小の家族農業の位置付けだ。大型経営、担い手偏重では生乳全体の底上げにはならない。意欲ある家族農業をどう規模拡大に導き、地域の核になってもらうのか。

 具体的には、生産地盤沈下に歯止めがかからない都府県酪農のてこ入れが欠かせない。主力の北海道酪農が昨秋の台風被害、「酪農版ブラックアウト」の苦難を何とか乗り越え回復基調が鮮明になってきた。この動きを後押しするとともに、都府県酪農を元気にして、国産生乳の増産を軌道に乗せなければならない。
国産チーズ人気「追い風」に
 こうした中で酪農・乳業界に明るい話題がいくつか。何と言って国産乳製品の需要が強いことだ。特にバターとチーズは人気が高い。国産需要を「追い風」に活用し、国内酪農の安定生産のテコにしたい。

 国産チーズ振興か新局面を迎えている。中央酪農会議の国産ナチュラルチーズ(NC)全国審査会の応募は過去最高を記録し、地域色豊かな出品がそろった。需要も着実に伸びている。一方で今後、貿易自由化の影響も懸念される。生乳需要の柱である国産NC振興とともに、酪農家の所得確保も重要だ。  2年に一度の国産NC全国審査会は今年12回を迎えた。応募生産者は86工房、出品は200を超えた。過去最高の参加だ。東京都内で行った出品チーズの審査と試食会には約600人が参加し、例年の2倍を記録した。国産NCに関心が高まっている表れだろう。

 年々レベルも上がってきた。10月中旬、チーズの本場イタリアでの世界チーズコンテストに国産NC30品を出品した。国産コンテストで本格デビューは初めて。ベスト16にも選ばれるなど評価も上々で、世界で日本のチーズが認められた。迫田潔中酪専務は「国産NCをさらに定着させるために、生乳の品質向上、製造技術を上げさらに付加価値を高める努力は欠かせない」と見る。全国には現在300を超える工房があり、存続に競争も強まる。価格競争ではなく、品質競争こそ生き残りの道だ。売り方も課題となる。国産NCのすそ野を広げるためには、主流の土産用から家庭消費へ挑戦も欠かせない。

 中酪の全国審査会で最優秀賞の農水大臣賞は北海道長万部町の川瀬チーズ工房。受賞作品はハード系のゴーダチーズに近い「フリル」。ミルクの風味と熟成度が味わえるこくのあるおいしさが評価された。受賞作の一つ、広島県三次市の三良坂フロマージュの「じゅくし柿」は和風とヤギの乳を使ったのが特色だ。名前の通り、近くの山で採取した柿の葉に包み熟成させた。ヤギ飼育は中山間地での放し飼いに向いており、独特の風味をうまく活用すれば良質な国産NCとなることを証明した。
40年前の振興策絶やすな
 農水省が国産チーズ振興に立ち上がったのは40年前。当時、牛乳・乳製品の需要が停滞し、生乳過剰から計画生産の徹底が叫ばれた。そこで、需要拡大の有望品目として国産チーズを増やす方向を明確にした。1キロ生産するのに生乳10キロ必要で、需給調整の有効な手段とも位置付けた経過がある。

 1980年には、生産者団体などで宮城県西部の蔵王町に実験農場などを備えた蔵王酪農センターを建設。国産NC普及と消費拡大の拠点ができた。日本にはチーズ文化がなく、欧州の先進地視察に加え、同センターで技術習得をした実習生が核となり全国で手作りチーズ工房が増えていった。

 個人の少量生産の工房とは別に、国産NC量産の動きも40年前から加速した。農水省は当初、約50億円のチーズ基金で支援。中酪、ホクレンなどは北海道の農協系乳業、北海道農協乳業(現よつ葉乳業)の十勝工場に国産チーズ工場を建設し、本格的な国産NC製造に踏み出した。大手乳業も道内主要工場で相次ぎチーズ製造を拡大していく。

 大きな曲がり角は相次ぐ大型通商交渉に伴う乳製品の市場開放、チーズ自由化の動きだ。乳業メーカーが国産NCの使用促進するための輸入原料との関税割り当ての抱き合わせ制度も、関税削減に伴い数年で効かなくなる。欧州連合(EU)との経済連携協定では需要の伸びている一部のソフト系チーズの市場開放にも踏み切った。

 自由化は国産チーズ振興とは逆行した動きだ。こうした中で、国産NCは今後どうなるのか懸念が募る。現在審議中の新たな酪農肉用牛近代化方針(酪肉近)では、今後10年の生乳生産目標に大きな焦点だ。現行目標750万トンに対し乳業は800万トンの増産目標を主張した。増産根拠の柱は、今後とも国産チーズ需要拡大を見込んだ。

 生乳増産を確かなものにするためにも、国は生産基盤弱体化が著しい都府県酪農への一層の支援が必要だ。一方でチーズ需要を踏まえての生乳増産には難題を抱える。チーズ向け乳価は1キロ当たり70円台。酪農家が生産すれば所得が響きかねない。半面、自由化で国際競争が激しくなる中で、乳業は少しでも安価なチーズ向け生乳を求める。国産NC振興に向け、酪農家の何らかの所得支援も大きな課題だ。
生乳増産目標どう担保
 本格化する酪肉近論議で、最大焦点の酪農振興は都府県の地盤沈下に歯止めをかけ、生産目標数量の上方修正が課題となる。市場開放が一段と進む。政策支援の拡充も含め、酪農家が増産できる条件整備を示し将来展望を描くべきだ。

 農水省の食料・農業・農村政策審議会畜産部会は、基本計画見直しの一環で、今後10年先の生産指標などを明記する酪肉近の論議を深めている。分かりやすく畜酪への未来を見据えたメッセージを示してほしい。2015年は「人・牛・飼料の視点での基盤強化」を掲げた。原点回帰の哲学だが、その後の展開は自由化の加速、規制改革による予期しない酪農制度改革など〝逆風〟が吹いた実態にある。いま一度、基盤を立て直さなければならない。
 テーマごとにいくつもの切り口がある中で、最大の課題は生産基盤の維持・発展に尽きる。

 畜酪単独で論議するには無理がある。むしろ、耕畜連携を核に、地域農業の中で畜酪の持つ包含性に注目すべきではないか。特に都府県は、中山間地や水田など他作目との連携なども欠かせない。水田と畜酪をどう結び付けるのか。コストの多くを占める自給飼料確保の視点からも必要だ。米需給が深刻化する中で、酪肉近でも水田農業+畜酪の新たなモデルも示すべきではないか。  例えば関係者を挙げて推進する飼料用米は、需要が減少する主食用米の価格維持が主な狙い。一方で、水田農業確立には家畜との結び付きが不可欠だ。畜酪側の視点で、栄養価、し好性などを踏まえた上での水田を有効活用した自給飼料確保を再考する必要がある。これには、飼料用米とは別の選択肢も当然あるだろう。供給と需要のミスマッチに陥っていないか。水田畜酪確立の論議も深めたい。

 酪肉近本格論議となった先日の畜産部会では、政策の不具合も問題となった。改正畜産経営安定法施行に伴い、指定生乳生産者団体の生乳一元集荷を廃止した。生産者団体、乳業ともに年度途中で生乳出荷先を切り替える「いいとこ取り」が相次いでいることへの懸念が出た。法改正に関連し同省が出した資料には「出荷先の選択肢を拡大し酪農家が創意工夫生かせる環境を整備」とある。だが、とても納得できる運用になっていない。制度欠陥と言ってもいい。改めて指定団体機能、役割の重要性を問い明記べきだ。
指定団体機能の明確化を
 今後の論議で焦点となるのは、現行750万トンの生乳目標数量の上方修正である。既に乳業は国産チーズの需要増などを勘案し800万トンを提案した。中央酪農会議は760万と増産方針を示した。自由化が進む中で、品質の良さから国産乳製品の需要は高い。後継牛確保も一定の成果が出始めている。だが、果たして安心して増産に励める経営環境なのか。まずは、脱脂粉乳の過剰を踏まえ、慎重な追加輸入の徹底だ。生乳需給は輸入乳製品の影響を一段と受けやすくなる。

 指定団体の一元集荷廃止で、飲用シフトが強まり用途別需給調整機能の低化が心配だ。こうした中で、酪肉近では国の経営安定政策の拡充も今後の課題だ。
実は日米「中間」合意に過ぎない
 日米通商交渉での安倍首相の言う「ウィン・ウィン」は真っ赤な嘘だ。内実は片務的な内容と言っていい。これは「令和の不平等条約」かもしれない。日本にとって米と乳製品の重要品目は、なんとか逃げ切った。だが、「ディール」専門のトランプ大統領のことだ。大統領選が本格化する年明けには、また新たな2国間協議を持ち出す可能性が高い。今回の貿易協定はあくまで「中間合意」と見た方がいい。

 一見、乳製品などはスムーズに交渉が行ったような印象だが、実は米国側は合意直前に50分もの乳製品拡大要求をしていた。
 農業交渉を仕切った大沢誠農水審議官に、日米協議の内実を聞いてみた。やはり、米国と丁々発止のやり取りをした茂木敏充TPP担当相(当時、現外相)の敏腕が光ったらしい。そして、合意直前、大沢氏はタフネゴシエーターで知られるライトハイザー米通商代表部(USTR)代表に直接呼び出しを受けた。「なぜ乳製品の市場開放ができないのか」と50分にわたって脅しを受けたという。首を縦に振らなかった大沢氏に、ついにライトハイザー代表は、「トランプ大統領と相談する」と席を立ち、しばらくして「分かった」となったという。バター、脱脂粉乳という基幹乳製品の特別輸入枠設定はこうして防いだ。
トランプ台風の進路次第
 さて話を前に戻す。安倍首相の言う「ウィン・ウィン」の件である。今回の合意が両方とも利益も出ることなのか。日本は合意以降、いっさい具体的数字を示していない。逆に米国側は「関税引き下げ、撤廃に伴い農産物で70億ドルの利益が米国にもたらされる」と成果を強調した。トランプ氏は細かい数字に興味がない。こだわったのはやはり、自動車と牛肉だった。

 今後はどうなるのか。これで日米間の通商上の脅威は遠のいたと言えるだろうか。今後の動向を占えば、いつ破裂するな分からない「トランプ時限爆弾」次第との見方が正解だろう。
(次回「透視眼」は1月号)