ふくおか県酪農業協同組合

  • みるく情報
  • 透視眼
  • 求人案内
  • リンク
アクセス

透視眼

乳製品市場開放「底なし」状態に 人気急落の安倍政権浮揚策で酪農危機
 酪農・乳業界に暴風雨がやまない。「七夕」前後に九州北部を襲った集中豪雨による「線状降雨帯」が居座ったようだ。典型はソフト系も含めチーズ全面市場開放に踏み切った欧州との通商交渉である。だが、やまない雨はない。自由化の足音が高まる中で、国内酪農家が生き残りには業界や消費者との「連携」「連帯」の2文字以外にない。
「自由化ドミノ」防げ
 EU(欧州連合)との交渉に際し、山本有二農相は、生乳制度改革の最中であり特にチーズの市場開放には慎重な姿勢を示してきた。今回、環太平洋連携協定(TPP)を上回る譲歩で決着したことは大きな問題だ。米国抜きのTPP11カ国による首席交渉官会合も再開した。酪農大国のニュージーランドなどが、今回の大枠合意でどういった姿勢を示すのか。万が一、EUとの妥協を根拠に先のTPP合意を上回る市場開放に言及すれば、まさに連鎖する「自由化ドミノ」となりかねない。

 通商交渉は「連立方程式」で、他国との交渉への影響も念頭に置きながら進む。日EU協議は、自国中心の保護主義を前面に出したトランプ政権の影も見え隠れする。日本にしても今秋以降、日米経済対話が待ち受ける。日米自由貿易協定(FTA)にまで行くかは予断を許さないが、チーズ大国・米国の乳製品の最大関心品目はチーズ製造時に出るホエイ(乳清)の市場開放だ。そのことも念頭に、脱粉代替性のあるホエイは関税撤廃のTPP合意に比べ関税削減にとどめたのは評価できる。

 問題はチーズの大幅な市場開放だ。これまで官民挙げて国産チーズ振興を進めてきた経過がある。かつて飲用、バターや脱脂粉乳への指定乳製品加工向けに次ぐ「第3乳価」として国際競争も念頭に比較的低水準でチーズ向け乳価を設定し国産需要のすそ野を広げてきた。加工原料乳限度数量の枠内にチーズを入れ、安定供給も担保してきた。国産チーズ路線が転換されれば、大手乳業メーカーは一部のブランド力のある国産チーズを除く、製造品目の大幅見直しを急ぐだろう。特に需要が伸びるピザ用業務向けに裁断したシュレッドチーズなどは、輸入に大きく切り替わる可能性が高い。それだけ国産品の市場が狭まる。
政治の責任で「南北戦争」阻止を
 これまでの酪農行政との整合性をどうするのか。北海道の生乳が今以上に飲用向けにシフトすれば、都府県への移出量が増え、最悪の場合には酪農家同士がいがみ合う「南北戦争」も起きかねない。こんな事態は何としても避けねばならない。政府と政治の責任と言ってもいい。今は酪農の生産基盤を再興し、生乳安定供給が問われている時だ。

 チーズはヨーグルトなどと並び将来的な有望品目だ。生産は北海道に集中している。需要は順調に伸びており、用途別供給としても安定してきた。しかし、来年4月からの生乳制度改革、補給金ルートが複線化し生乳需給調整への影響が懸念される中で、今回の一層の乳製品市場開放の動きである。現場の酪農家の生産意欲に影響が出ないか心配だ。自由化加速で今後の国内生産と自給率にどんな影響が出るのか。酪農制度が大きく変わろうとしている。農相は早急に食料・農業・農村政策審議会畜産部会を開き、専門家、有識者らと今後の方向で具体的で率直な意見を交わすべきではないか。

 チーズは国際的な商品で、通商交渉では常に〝象徴的〟な品目になってきた。TPPではゴーダ、チェダーなどハード系の市場開放に踏み切った。この時、農水省は国内で増える手作りチーズ工房なども踏まえ「日本人のし好に合うカマンベールなどソフト系チーズの関税を維持した」と強調した。日EU交渉では「最後のとりで」のソフト系チーズに大きな穴が開いた。各地の小さなチーズ工房や家族経営の酪農家はチーズ加工など6次化に悪影響を与えてはならない。
矛盾する国産チーズ行政
 生乳需給調整も念頭に、農水省は10年前に国産チーズ振興を前面に出し支援してきた。これを受け、大手乳業はチーズ製造ラインを次々と新設、拡充してきた。宮原道夫乳業協会会長(森永乳業社長)「酪農制度の抜本見直しに続き、チーズなどの自由化問題は酪農・乳業界にとって極めて重大だ」としている。中央酪農会議は酪農を元気にするため国産チーズ振興に向け地域の手作りチーズ工房を後押ししてきた。一方でチーズはEUにとって日本の主食である米に匹敵する。今回の自由化交渉で最重点項目に位置付ける。

 ブランド力のあるEUとの交渉は、農業大国で自由化一辺倒の米国やオーストラリアとは様相が全く異なる。それだけに、より慎重な姿勢が求められていた。米や乳製品など相互の「基礎的食料」を尊重する中で、JA全中と欧州農業団体の長い交流も築いてきた。これまで通商交渉で連携してきた仲間同士と言ってもいい。いわば、食料安全保障を基軸に、食料自給を国是とし国土保全や環境を重視した持続可能な農業を大切にしてきた間柄だ。

 日EU交渉のキーワードは「7」という数字だった。日本は欧州からの輸出の7割が無税、逆に日本から欧州への輸出の7割に関税がかかる〝不平等条約〟の状態が続く。それを是正するのは当然だ。だが、国内の自動車や電気製品の輸出便宜のために、国内農業を犠牲にするのは全くの間違いだ。別の筋道で考えるべきだ。最大の焦点となっている畜産・酪農を守り、何としても「ラッキー・セブン」で交渉着地せねばならなかった。だが、結果は国内酪農と乳業にとっては「アンラッキー・セブン」と逆になりかねない。
 日EU協議が大詰めを迎えた6月末。与党の自公農林幹部を招いた全中の緊急集会でも、現場生産者から日EU交渉への危機感が相次いだ。若い担い手を代表し全国青年組織協議会(JA全青協)の飯野芳彦会長は「国内自給率向上こそ最優先に政府の取るべき政策だ」と大枠合意を急ぐ安倍政権に疑問を呈した。的を射た指摘だ。自由化で農畜産物輸出が増えるなどは発想が逆である。
ミルク未来創造企業へ
 こうした酪農・乳業界が「乱気流」に巻き込まれる中で、メーカーはどう対応するのか。3大乳業の一つ、雪印メグミルクは今年度から今後10年間を見据えた長期ビジョンを策定し推進していく方針だ。「ミルク未来創造企業」と位置付け、健康志向で堅調なヨーグルト需要に対応し戦略部門の拡充強化を前面に出した。チーズ自由化の加速化に備え付加価値重視の国産製造にも力を入れていく。これも、今後の乳業の針路の方向だろう。

 雪メグの西尾啓治社長は「ミルクの可能性は無限大だ。10年後には消費者、酪農家、働くわれわれの三つの未来を展望した」と、今後の指針であるミルク未来創造企業の位置付けを強調した。一方で「大きな構造変化の中にある。自由化の進展や大幅な酪農制度改正、生乳動向にも注視したい」として、三つのリスクである自由化、農政、酪農生産基盤の行方に懸念を示した。同社の生乳取扱量は年間約100万トンだ。全国生乳生産の過半を占める北海道が最大の地盤なだけに、一元集荷多元販売の根幹だった指定生乳生産者団体の位置付けが様変わりする改正畜安法論議の行方が企業運営を左右する可能性も高い。

 少子高齢化の進展で乳業の将来展望をどうするのか。10年後の2026年度の姿として特に重視したのが健康寿命の延長だ。元気な高齢者に向け付加価値のある栄養価の高い牛乳・乳製品を提供していく。築30年を超す工場が7割ある中で生産体制を整備する。需要が伸びるヨーグルト、チーズ製造ラインを中心に、10年間で海外も含め総投資額3000億から4000億円を明記した。長期ビジョンの第1ステージの3年間(17から19年)で770億円の設備投資を見込む。初年度の今年度は機能性ヨーグルトの製造能力増強へ数十億円規模を設備投資する計画だ。

 一方で需要拡大の半面、今後輸入攻勢にさらされるチーズ部門は国際的な視野で戦略を練る「ボーダレス展開での成長」(西尾社長)を掲げた。海外品に対抗するため国産チーズで一層の付加価値を追求し輸出も増やす。オーストラリアやインドネシアの海外拠点から経済成長著しい東南アジアへの販売攻勢も強めていく。
 今後の事業展開で大きなカギを握るのは原料乳の安定供給だ。全国の生乳生産は735万トン。関係者からは「今後10年間で600万トン台前半にまで落ち込む」との見方も出ている。国内生産は減少傾向となる中で、同社は6月に完成した雪印種苗北海道研究農場新研究棟をはじめ酪農生産への貢献・支援も進めていく。
需給調整は大丈夫か
 現行指定生乳生産者団体制度の抜本改革を柱とした畜産経営安定法改正案の国会審議は、論議不十分なまま可決、来年4月から改正法が施行となる。規制改革論議から端を発した法改正だけに、いまだに何のための改革なのかを問われる。問題は、指定団体が担ってきた一元集荷多元販売という根幹が揺らぎ、果たして生乳需給調整ができるのかという点だ。需給混乱を招けば酪農家の所得拡大どころか減収を招く。国は明確に需給調整に責任を持つべきだ。

 現行の加工原料乳生産者補給金等暫定措置法、いわゆる酪農不足払い法を廃止し新たに畜安法に位置付ける今回の酪農制度見直しは、多くの専門家から疑義が噴出している。乳業メーカーからも、需給調整、安定供給、生乳の安全・安心な品質での懸念を挙げ「先行きを注視していく」(大手乳業社長)との指摘が出ている。極めて異例な経過と言わざるを得ない。積み残しとなった改正畜安法の「政省令」では、生産現場の声をしっかり反映すべきだろう。8月いっぱいには取りまとめる。

 改正畜安法論議を念頭に先日、研究者や酪農団体らによるシンポジウムがあった。この中でも専門家から指定団体の機能低下、酪農家の所得増大どころか逆に減収となりかねないなどの指摘が相次ぎ、課題と問題点が浮き彫りになった。講演者の一人、東京大学大学院の鈴木宣弘教授は「半世紀ぶりの制度改革。まずは国の審議会を開き、広く関係者の意見を聞くべきではないか」と問題提起した。早急に食料・農業・農村政策審議会畜産部会で議論を深化すべきである。同省は改めて一層の意見聴取の必要性を認識すべきだ。
酪農家所得向上に「逆行」も
 通常国会で議論が深まらなかった大きな理由は、改正案の中身に加え、実際の運用などを規定する政省令が明らかになっていないためだ。「政省令で懸念のないようにしたい」と言われても納得できないのは当然だろう。関係者からは「後出しじゃんけんと同じではないか」との声も漏れる。同省は関係者と調整のうえ、秋までに政省令を固める方針だ。これでは生産現場の不安は拭えない。
 大きな焦点は、本来の制度改革の目的だった酪農家の所得向上との関係だ。先の衆院農水委員会の参考人招致で改正法の導く制度機能に積極的な肯定はなかったと言っていい。小林信一日本大学教授は「残念ながら不安定化法ではないか。指定団体の一元集荷多元販売を崩すことが大きな問題だ」と根本的な疑念を表明。〝規制改革派〟の山下一仁氏ですら「所得向上にほとんど寄与しない」とした。このことの意味は大きい。
(次回「透視眼」は10月号)