今年は明治維新150年の区切り。改めて持続可能な酪農生産が問われた。激動の2018年が暮れる。平成最後の日々は、自由化の「嵐」が吹き荒れ、北海道地震に伴う「酪農版ブラックアウト」など国内酪農にも試練が続いた。一方で、飲用向け生産者乳価の引き上げは、家族経営底上げに欠かせないものだ。補給金単価など来年度酪農政策価格・関連対策と飲用乳価は12月中旬の決着に向け、大詰めの段階を迎えた。
家族経営底上げへ緊急全国集会
11月、北海道から沖縄まで全国の酪農民が東京・永田町の自民党本部に集まり、持続可能な酪農生産の維持などを訴えた。その数、約1000人。全中が農協改革で標的にされガット農業交渉や環太平洋連携協定(TPP)反対などで全国大会が開けなくなっている中で、酪農民の結集力を裏付けた。しかも専業農家で毎日早朝からの搾乳が欠かせない中での上京と、国民への示威活動の展開に、マスコミも注目した。現在の酪農の最大課題は、いわゆるチャンス・ロス。需要があるのに供給が間に合わず販売機会を逃がしている実態だ。つまりは、高品質である国産生乳の需要が底堅い半面で、原料乳の生産の伸び悩みという需給ギャップをどうするか。
ここは酪農の生産構造を精査する必要がある。平均、一般論で酪農を論じてもいまや意味をなさない。それほど地区別、個別の経営格差が広がっている。確かにメガ、ギガと称される巨大農場のシェアは大きくなっているものの、基本は家族経営である。ここを中心軸に据え、どう底上げを図っていくか。それが結局は生乳全体の増産につながる。
飲用上げは基本給アップと同じ
家族型酪農危機突破へ全国の酪農民1000人が一堂に会した。緊急大会名の冒頭に「家族酪農」と強調した点に注目したい。生産基盤の弱体化は、都府県の中小規模ので顕著だ。底上げするのは飲用乳価の引き上げが最も効果的だ。
今回の飲用乳価交渉は、改正畜産経営安定法施行後、初の価格交渉の位置付けとなる。指定生乳生産者団体は、酪農家の切実な声を背景に、乳業メーカーと対峙する必要がある。酪農家との来年度個別契約の時期のある中で、年内の妥結は至上命題だ。乳業は経営的課題はあるだろうが、いたずらに交渉を長引かせず、酪農家の要望に誠意を持って応じるべきだ。
全国酪農民大会のキーワードは、持続可能な酪農経営の確立だ。生乳生産の落ち込みを改善するには、酪農の生産実態に今一度メスを入れる必要がある。
飼養規模1000頭以上の巨大牧場の割合が年々増す一方で、都府県の中小規模の家族経営の離脱が目立つ。都府県は都市化の進展に伴い家畜ふん尿処理などのコスト負担が重荷となっている。ふん尿施設が一斉に更新時期を迎えた。今後の投資をどうするのか。酪農家は思案の最中にあるが、一定の規模以下だと、これを機会に経営をやめてしまうケースが相次ぎかねない。
都府県酪農の飼養規模別戸数を見ると、50頭未満が実に4分の3以上の76パーセントを占める。中央酪農会議の全国調査でも、中小農家でも規模拡大意欲が高いことが分かっている。それには乳価引き上げが一番効果的だ。むろんコスト削減といった経営努力は必要だが、明日に向け前を向く後押しには、勤労者の基本給値上げと同じ意味合いを持つ飲用乳価アップが求められる。
飼養戸数減に歯止めがかからず生乳生産が減り続ける酪農だが、乳牛の飼養頭数が昨年、16年ぶりに増加に転じた。搾乳牛の予備軍となる2歳以下の雌牛拡大は、今後の生産動向を占う意味で好材料だ。酪農団体の懸命の増産奨励や規模拡大を促す農水省の畜産クラスター事業で、一定の効果が出てきた。問題は、これを一過性にとどめず継続することだ。
それには、酪農家の生産意欲を後押しする元気の出る対策が欠かせない。まず、全国生乳生産の5割以上を占める主力の北海道へのてこ入れ。同時に9月の北海道地震を受けた復興対策を急ぐ必要がある。自主電源確保に手厚い助成措置を行うことが重要だ。ただ、合わせて原料受け入れの乳業メーカーの態勢整備も整わないと意味がない。
「酪農版ブラックアウト」で2万トン以上の廃棄は、経済的損失はもちろんだが、酪農の構造問題を浮き彫りにした。改めて、北海道頼みの生乳供給構造の脆弱性が分かった。飲用中心の都府県酪農との均衡ある発展、バランスが問われている。北海道が都府県の飲用向け減産分を補おうとすればするほど、本来のバター、チーズ、液状乳製品などの加工向け原料が不足する。道内は道東を中心に大型工場が点在し、工場の稼働率低下の問題とも直結する。結局は、乳製品輸入増加を招き牛乳・乳製品の国産比率、自給率低迷ともなりかねない。
小売値直しと連動必要
飲用乳価交渉は指定生乳生産者団体と乳業メーカーとの折衝、いわゆる民民交渉となるが、大手乳業も原料乳の安定確保では理解を示す。問題は値上げ財源の確保だろう。中間決算で乳業経営は軒並み下方修正となった。飲用乳価引き上げと連動し、スーパーなどに出荷する納入価格アップには、末端小売価格の値直しも同時並行的に行う必要がある。
来年10月の消費税10パーセントへの改定も念頭に置かねばならない。乳業からスーパーへの値直しの通告期間は通常3カ月程度とされる。来秋の消費税上げと切り離し、新年度の4月から生産者、乳業、スーパー全体の飲用牛乳価格上げでそろうには、年明けに通告するタイミングが考えられる。
交渉は難航が予想される。飲用乳価引上げとなれば4年ぶり。ただ、飲用乳価値上げへ国民理解は欠かせない。全国大会後、酪農家の思いを伝えるデモ行進もなった。こうした、国民への理解促進を地元でも重ねるべきだ。乳業側には、この10年間で複数回の飲用乳価上げに応じたにもかかわらず、生乳生産が回復しないとの不満をある。酪農団体も、乳価上げと増産対策をセットで実現する決意も重要だ。
明治150年の光と影
今年は、日本が明治維新を経て近代国家に踏み出してから150年の区切りの年を迎えた。政府は10月に記念式典を開いた。世界 有数の経済大国への道とも連なる。一方で国内農業の衰退を招き、食料自給率は先進国最低に落ち込み、国家存立基盤の足元を揺るがす。明治150年の光と影を直視すべきだ。
この150年は結局のところ、食料主権を弱体化し、農畜産物と言う国家の生殺与奪の重要物資を海外に依存する軌跡と重なる。今の国内農業に地平線を見つめれば、多くの離農者の後に規模拡大した農業者がいる。ただこれは平場に限られ、条件不利地の中山間地や離島などは、経営離脱の農地を引き受ける者がいなく、荒廃地になる。それがまたイノシシなどのすみかとなり、鳥獣被害を拡大し既存の農家経営に打撃を与える悪循環に陥っている。中山間地こそ畜産、酪農が有効活用できる素地を持つ。また、水田農業で進める飼料用米の利用のためにも畜産、酪農は欠かせない存在だ。明治150年は改めて、地域循環を柱とした持続可能な農業経営の必要性を問うものだろう。
新・北米協定の危険性
米国の対日通商圧力が一段と強まる見通しとなった。北米自由貿易貿易協定(NAFTA)の再協議で、カナダが固執してきた乳製品保護で譲歩した。米国の強硬姿勢に屈した形だ。年明けからの日米物品貿易協定(TAG)交渉も、同様の圧力を警戒せねばならない。
今後の日米通商協議を見通すうえで、閣僚をはじめ米国要人から日本の一層の市場開放への期待の声が相次いでいる。中でも注視すべきは、パーデュー農務長官の発言だ。
同農務長官は今後の交渉を巡り、環太平洋連携協定(TPP)や日本との欧州連合(EU)経済連携協定(EPA)以上の農産物の関税の引き下げを目指す考えを示した。日米首脳会談で、農林水産品の扱いについて、共同声明はTPPで合意した範囲が最大限とする日本の立場に対し、米国は配慮を越えた「尊重」(リスペクト)するとの異例の表現を取った。だが、同会談後に安倍晋三首相が強調した内容とは異なり「TPP以上」の関税引き下げを求めた。実際の対日交渉は、米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表が行うが、トランプ政権の基本的な姿勢を代弁したと見ていい。
トランプ大統領は、今回のNAFTA再協議の妥結を「歴史的な取引だ。追加関税がなければ実現しなかった」と、高関税での脅しが効果を上げたと評価した。カナダの酪農は、同国の基幹産業と同時に、主産地のフランス語圏のケベック州独立の動きなど複雑な政治問題を抱えていた。カナダが米国の強硬姿勢に抗しきれず重要な乳製品の一部市場開放に応じたことは、今後の日米協議にも影響することは必至だ。TPP参加国の中で「TPP以上」の自由化を意味するからだ。
茂木敏充経済再生担当相は先の自民党の通商関係会議で「TPPを越える対米合意は、TPP11との関係から整合性が取れずあり得ない」と明言した。だが、その11カ国の足元が大きく揺らぐ。加えて、同農務長官は日EU合意にも言及した。重要な戦略品目であるチーズを巡り日本は一部ソフト系で市場開放に応じ、TPP以上に妥協を余儀なくされた。米国はチーズ生産大国で、製造過程で発生するホエイ(乳清)も含め一段の市場開放を求めてくる可能性がある。日本は国産チーズ振興を国策とした打ち出した経過がある。
ここで、今後のトランプ政権の通商政策の「ひな型」とされるNAFTA再協議の内容を精査したい。新協定名はUSMCA。管理貿易の手法を一段と強めた。自動車の数量規制をはじめ、安い労働力の国からの製品を制限する賃金条項も設けた。実質的な為替条項も盛り込む。既に対米FTA見直し協議で妥結した韓国は、全面敗北とされる。さらに、対中包囲網を強める。ロス米商務長官は今後の日、EUとの協定で対中FTA阻止条項を盛り込みたい意向も示している。協議が進む16カ国による東アジア地域包括的経済連携協定(RCEP)へのけん制と見てもいい。
大きな疑問は、安倍政権の通商交渉の基本姿勢で、「TPP基準」が当たり前のように据えられていることだ。それを一度〝リセット〟しなければ、市場開放が連鎖する「自由化ドミノ」に陥ってしまう。日米協議の内容は、臨時国会で与野党の大きな争点の一つ。まずは、安倍政権の通商交渉の在り方を問いただす必要があるのではないか。
交渉はそれぞれ状況が全く違う。TPPは、重要5品目に一定の配慮をしたものの、これまでにない農産物の関税引き下げ、市場開放を認めた。「TPP基準」に基づき今後とも交渉すれば、国内農業は自由化の荒波に大きくさらされる。世界貿易機関(WTO)の下での協議とは異なる。今回の日米協議でも結果的に「TPP基準」となる。さらに、貿易赤字解消で自動車輸出規制などトランプ政権の対日圧力が高まれば、「TPP以上」の懸念は一段と強まる。
だが、一度立ち止まって日本の農業の立ち位置を考えたい。食料自給率はカロリーベースで38%と、先進国で最低の危険水域に落ち込んでいる。農政の最優先課題は生産基盤の維持・強化と担い手の育成・確保だ。農業者の所得を増やし、国是である自給率%に農水省をはじめ政府挙げた政策支援が欠かせない。
中間選挙とトランプ台風
トランプ政権の信任を問うた米議会の中間選挙。政治的な動きは激しさを増し、日本にも大きな影響を及ぼす通商交渉は「米国第一」を強める。一段と警戒が必要だ。
9月の国連演説が今後のトランプ大統領の行動を占う。「我々はグローバリズムを拒絶し、愛国主義を尊重する」と強調。世界中の首脳が集まる国連の場で、約200年前の孤立的な外交姿勢・モンロー主義を例に挙げた。そして、巨額の貿易赤字相手国である中国を名指しした。具体的には、2国間交渉による貿易不均衡の早期是正だ。日米首脳会談でも、同様の要求を安倍晋三首相に迫った。2カ国間協議の舞台をつくることで合意したが、いつ事実上の日米自由貿易協定(FTA)に衣替えするか油断できない。
11月6日の米中間選挙は、下院で民主党が多数派となり「ねじれ議会」となった。今後、トランプ政権の機能不全を招きかねない。同日は各地で州知事選も行い、今後の同国内の政治地図が確定した。ただ、トランプ台風の勢いは止まらないだろう。ますます、国内向けにアピールするため、通称交渉にのめり込みかねない。民主党も国内保護では一致しているためだ。
米中戦争の行方
トランプ氏は、長期的なプランを持たず、2年後の2020年11月の大統領選での再選を最大の政治目標に据える。政治行動は突発的で衝動的だ。早ければ月内ともされる2回目の米朝首脳会談などは典型例だろう。北朝鮮対応で前のめりの韓国、裏で影響力を強める中国など、周辺国の深謀遠慮が渦巻く。トランプ大統領が話題作りで形ばかりの米朝和平ムード、近視眼的な対応を優先すれば、在韓米軍の大幅削減など、その影響は日本の安全保障自体にも及ぶ。
一方で、トランプ氏は強固な支持基盤である自動車、鉄鋼など衰退産業の州、ラストベルトの有権者などを意識した対応に終始している。世界経済を揺さぶる世界2大経済大国・米中の貿易紛争は、まさに「戦争」になりかねない危険水域に達する。中国も「以戦止戦」。戦いをもって戦いを止める方針に転換した。
報復合戦は、両国の貿易額で米国の方が中国の3倍以上ある。交渉カードはトランプ政権が有利だ。大型減税に伴う米国内の好景気も、トランプ氏を強気にさせる。紛争激化の背景に中国・習近平国家主席肝いりの産業政策「中国製造2025」がある。米中紛争は、単なる貿易紛争ではなく、1920年代の世界の経済主導権を巡る2大国の覇権戦争の様相だ。さらに、新たな火種も。トランプ氏が「中国が中間選挙に干渉している」と言い出し、中国も反論した。こうした米中貿易摩擦が、日本の農業にどう影響を及ぼすかも大きな懸念材料だ。
(次回「透視眼」は1月号)