新年度と言うのに、明るい兆しが一向に見えず何とも落ち着かない。新型コロナウイルスの脅威が世界中を覆う。酪農・乳業界も打撃を受ける。ミルク・サプライチェーン寸断の危機でもある。一方で、新酪農肉用牛近代化基本方針(新酪肉近)が始動する。ここは、業界挙げて新たな展望に向け進むしかない。
深刻な学乳停止の影響
中国・武漢発のコロナショックが止まらない。経済活動が停滞し、各方面で売り上げが落ち込んでいる。酪農、乳業界も例外ではない。この危機をどう乗り切るのか、業界全体の指導力が問われる事態でもあろう。
業界で影響が最も大きいのは、3月初めからの突然の休校問題だ。小中学校の休みに伴い当然、学校給食もなくなった。例年なら3月20日前後の春休みを踏まえての、生乳需給対策となるが、それを3週間も前倒しせざるを得なくなった。しかも、政治の都合で突然にである。
学乳に回していた生乳の処理をどうするのか。まずは、スーパーなど店頭での飲用牛乳で消費してもらう。だが、大産地の北海道はそうもいかない。毎日大量の生産量をどう仕向け、処理していくのか。大半をバター、脱脂粉乳の加工向けへ振り向けた。飲用と加工との価格差は1キロ当たり30円程度。その分だけ、酪農家の所得が減る。政府は緊急対策として、価格差補填を行う方針だ。当然だろう。
こうした中で、重大事案が浮かび上がった。学乳に傾斜した中小乳業の経営が一挙に悪化しかねないことだ。新型コロナウイルス対策にも伴う学校給食牛乳の停止で、少なくとも中小乳業の損害額が50億円超に達する。このままでは、持続的な学乳供給体制が崩れかねない。
全国約140社の中小乳業を束ねる全国乳業協同組合連合会(乳業連合)の試算で明らかになった。学乳は飲みきりサイズの200ミリ・リットルと小型で、現在は地域に基盤を置く中小乳業が全体の半分以上を担っている。年間9億本を予定していたが、乳業連合の試算では3月2日以降の学乳停止に伴い2週間で50億円を超す売上額減少になる。1本50円で計算した。来週も休校になれば、損害はさらに膨らむ。
また、乳業連合の会員緊急アンケートによると、学乳停止で経営の影響を「深刻」「重大」とした回答が全体の8割を超した。トラック配送取りやめなど物流問題、工場パート休業など雇用確保など、影響は広範囲に及んできた。
地域に根ざした中小乳業の経営問題は、ミルク・サプライチェーンの一角を占める学乳の安定供給に支障をきたし、地域経済の損失にもつながりかねない。酪農家にとっても、生乳出荷先の減少につながる。中小乳業は、一定規模以上になるとスーパーなど一般販売向けの1リットル牛乳への振り分けもできる。だが、小型パック専用の製造ラインしかなく、スーパーへの販路切り替えが難しい中小も多いのが実態だ。
乳業連合は「子どもの発育には、栄養に優れた学乳の安定供給は欠かせない」として今後、国への学乳休業補償問題も要請しいていく方針だ。
地域連携掲げた酪肉近
新酪肉近は生産基盤回復に重点を置き、中小規模も配慮した増産実現が問われる。個別経営体対応に限界がある中で、地域連携と放牧の焦点を当てた具体的計画が必要だ。詳しくは次回の6月号で読み解きたい。
酪肉近は、食料・農業・農村政策審議会企画部会での基本計画論議と併せ、同審議会畜産部会で専門的な検討を進めてきた。いくつもの論点がある中で、新酪肉近は消化不良の見切り発車の側面も否定できない。
前回は「人・牛・飼料の視点での基盤強化」をスローガンに掲げた。経営を支える「3要素」を地域の結集で再興しようと言う戦略だ。具体的な目玉施策に畜産クラスター事業を据え、それなりに明確なメッセージを示した。だが、5年前の酪肉近と取り巻く情勢が大きく様変わりした。まずは、相次ぐ貿易自由化で、乳製品や牛肉が大幅な関税削減・撤廃の脅威にさらされていることだ。加えて、前回の酪肉近で全く想定していない法改正が行われた。一連の規制改革による農政改革の中で、指定生乳生産者団体の一元集荷廃止を伴う改正畜産経営安定法の施行だ。一方で国産志向は強い。需要と供給の不均衡が顕在化し、チャンスロスをどう解消していくのか。
こうした中で、今回の酪肉近は生産実態に即し、産業政策と地域政策の農政の両輪を踏まえ書き込まれたことは評価していい。「現在は生産基盤回復のスタート地点に立った」との情勢認識も理解できる。課題は、基盤回復をどう軌道に乗せるか。国内畜酪の振興には、北海道など大産地頼みでは限界がある。都府県の中小規模の家族経営を支援し、持続可能な生産を確立することが急務だ。
懸念するのは、自由化の国内生産への影響をもっと慎重に受け止める必要がある点だ。自由化の文脈で強調されるのは「牛肉輸出拡大に向け絶好の機会だ」などメリット面である。自由化は、輸入増加で国産との競争激化とともに、関税削減で国内対策に回していた財源縮小にも結び付く。乳製品は現在、記録的な脱脂粉乳の在庫増加で、今後の生乳需給への影響も懸念される。
歴史的にみても、国内酪農は過剰と不足の波を周期的に繰り返してきた。畜産部会で度々、北海道の農業団体代表からは過剰時の国による需給対策拡充も求められた背景でもあろう。問題は、内外二つの自由化が同時並行に進む事ではないか。貿易自由化の進行と法改正に伴う生乳流通の自由化。指定団体と他生乳集荷業者の二股集荷の横行は、用途別需給を混乱させかねない。大多数の酪農家の負担の上に、一部の酪農家の所得増があるのでは本末転倒だ。畜産部会でも何度も指摘が出ている点だ。
畜酪振興に関連し、食料自給率の在り方も大きな焦点だ。同省は新たな目標設定として、従来のカロリーベース、生産額に加え、飼料自給率を反映しない産出段階ベースの自給率(食料国産率)を提示した。畜酪生産者の経営努力を反映するためとしている。だが、いくつもの自給率はあっては国民にとって大きな混乱を招きかねない。もっとも一般的なカロリーベースを第一義的に掲げ、あくまで参考値にとどめるべきだ。そもそも、輸入飼料が止まれば成り立たない畜産は大きな問題だ。
畜産部会で、産出段階の自給率設定に関連し、畜産部会委員の農業ジャーナリストの小谷あゆみ氏は「自給飼料軽視との間違ったメッセージになりかねない。逆に放牧など飼料自給、循環型重視の発信をすべきではないか」と強調した。的を射た指摘である。酪肉近の重要な二つの視点として、地域連携と国連の持続可能な開発目標(SDGs)を踏まえた放牧の可能性に注目したい。2月の東京での放牧酪農シンポジウムでは、コスト低減、新規就農の増加、SDGsへの貢献、中山間地など地域活性化など放牧の利点を確認した。同省が示した経営指標でも「地域連携モデル」を明記し関係者の役割分担の重要性を訴えている。放牧は新たな牛乳・乳製品の商品化にもつながる。
生乳需給見通し3つの数字
生乳生産が回復軌道に乗ってきた。Jミルクの2020年度需給見通しでも2年連続増産を見込む。だが、一方で課題も深刻化している。問題は長期的な持続可能性の確保だ。自由化や後継者不足による酪農構造の変化を直視し、国、関係者による政策支援、対応が欠かせない。
今回の需給見通しで、酪農構造変化を象徴する三つの数字が浮き彫りとなった。まず、増産を支える北海道傾斜がさらに強まった。北海道の2019年度生乳生産は409万トンと、初めて「400万トン時代」に突入する。今年度は前年度対比3%増の423万トンを見込む。酪農は、食料基地・北海道農業をけん引する役割を果たしていると言っていい。
問題は北海道と都府県とのバランスだ。2019年度の道産生乳比率は55パーセント、今年度はさらに1ポイント上がり56パーセント強で、限りなく6割に近づく。酪農・乳業界の最大の課題は北海道と都府県のバランス、言い換えれば双方の均衡発展である。特に生乳需給がひっ迫する8、9月の対応は、まさに綱渡り対応で、台風襲来が増える9月に北海道から大量の生乳を輸送するには大きなリスクが伴う。
構造変化を象徴する二つ目の数字は、北海道と都府県の生産格差がほぼ100万㌧となることだ。来年度見通しは、北海道423万トンに対し都府県は324万トンで、その差は99万トンに達する。2019年度の差83万トンに比べ一段と大きくなる。
もともと酪農・乳業界にとって北海道と都府県の役割は違う。北海道を大規模経営メリットを生かした低コスト生産で国際競争力を念頭とした乳製品生産を主力とする。そのため明治、雪印メグミルク、森永、よつ葉の4大メーカーは基幹工場をいくつも配置している。一方で都府県は大都市近郊の需要に応じた飲用牛乳製造を主とする。だが、都府県酪農の地盤沈下から原料乳の手当てが間に合わず、遠方の北海道から夏場に生乳を運ぶいびつな形が強まってきた。いわば現状の「道酪農一本打法」は限界に来ている。
ではどうする。都府県の生産てこ入れに、来年度酪農対策でも乳牛増頭対策などが拡充した。都府県の来年度生乳生産見通しは前年度対比99・3パーセントとほぼ前年並みにまで回復する。これを増産にまで押し上げ、北海道との均衡発展が迅速に実現することだ。
構造変化の3番目の数字は、足元の乳製品の需給不均衡の対応だ。業界が懸念するのは、脱脂粉乳の国内在庫が積み上がっていることだ。来年度見通しは過去20年間で最高の7・4カ月に達する。適正在庫水準は5カ月前後とされる。農水省は会見で「輸入実施を慎重に対応したい。業界挙げて需要を喚起していきたい」と強調した。このため、脱粉の2020年度輸入枠を4000トンを前年度対比で7割減に抑えた。あくまで予定枠で、実際の輸入入札は需要に応じて減らすことも可能だ。だが、自由化の進展に伴い輸入義務の量を増える。乳製品自由化が生乳需給に影響を及ぼしかねないと危機感を持つべきだ。最終的には、自由化推進の安倍政権が責任を持つのは言うまでもない。
こうした生乳需給見通して浮き彫りになった三つの数字を踏まえ、国が先頭になり、持続な可能な酪農乳業確立へ政策支援を強力に進めるべきだ。
(次回「透視眼」は6月号)