ふくおか県酪農業協同組合

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日米首脳会談の行方注視 米中貿易戦争は農業に飛び火も
 4月の新年度に入り、国際政治・経済の雲行きが一段と怪しくなってきた。乱気流の渦の中心はトランプ米大統領と北朝鮮・金正恩政権の動きだ。フロリダで4月18日に予定される米首脳会談の行方に要注意だ。鉄鋼輸入制限は新たな米中貿易戦争を誘発し、農畜産物貿易に「飛び火」しかねない。日本の牛肉や乳製品は品質面で高い評価を受ける一方、旺盛な需要に供給が追い付かない。今は自由化に伴う海外輸出に力を入れるよりも、消費者や実需者に持続可能な供給を行うため国内生産基盤の維持・強化にこそ政策を集中すべき時だ。
自由化で欧米は輸出攻勢
 3月のアジア最大級の食品展示商談会「フーデックスジャパン2018」は過去最高の規模となった。巨大な胃袋を持つ日本市場に各国とも熱い視線を送る。一方で日本食・農畜産物も輸出意欲が高まる。出展した関係者は、同商談会での国内外の食の潮流をしっかりと見極め、販売戦略を強める契機にしたい。

 今回のフーデックスは世界83カ国・地域から過去最多の3400を超す食品メーカー、商社などが出展した。キーワードは健康、機能性、環境の三つのK。付加価値を高めPR合戦を展開する構図が見えてくる。
 日本の巨大マーケットを目指した売り込みは激しさを増しており、同商談会でも同様だ。後押しするのが加速する貿易自由化の流れ。象徴的なのが牛肉、豚肉など食肉とチーズなど乳製品の海外攻勢だ。

 会期中の3月8日には、南米チリで米国抜きの11カ国による環太平洋連携協定(TPP)11の協定署名式があった。早ければ年内にも発効する。この中では、畜産物、乳製品の関税引き下げや無税輸入枠拡大の影響が大きい。ブランド力を誇る欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)による自由化攻勢も加わる。フランスの展示場は生産組合も参加。「関税引き下げで自慢のワインやチーズをより手軽に味わってもらえる」と日本への輸出拡大に自信満々だ。

 欧米各国が照準を当てる重要品目が豚肉だ。昨年の豚肉輸入量は初めて90万トンの大台に乗った。TPP11参加国のカナダは「自由化で絶好の風が吹く」と日本への輸入拡大を見込む。注目すべきは低価格路線ではなく、品質で日本産と勝負する方向だ。そこで、高級ブランド豚の生産に力を入れる。一方でスペインは政府の音頭で穀物育ち豚肉のPRを行った。日本市場を戦場にTPP離脱の米国も販売量堅持に攻勢を強める。典型が同国の世界最大の豚肉生産業者・スミスフィールド・フーズ。日本向け食肉規格と併せ生産・流通履歴が追跡できるトレサビリティーを供え、品質と安全・安心を前面に出す。

 むろん、日本も負けていない。6次化の動きを受け各地の素材の良さを生かした加工品の販路拡大を目指す。輸出の目玉に、香ばしさと口当たりの良さを訴えた日本酒、焼酎などの試飲会にの多くの人々が集まり、外国人も目立った。東日本大震災からちょうど7年。会場でひときわ大きな展示場を構えた福島県は「ふくしまプライド。」を掲げた。全国金賞を取った日本酒を筆頭に加工品や食材の売込みで、国内外での風評被害の解消にも力を入れた。

 フーデックスで改めて思うのは、国内農業の生産基盤の弱体化の深刻さだ。生産基盤が揺らぎ、供給が需要に追い付かない。その隙間を品質面にも力を入れてきた輸入農畜産物・加工品に埋められている。昨年、国内生乳生産は初めて730万トンの大台割れとなった。特に都府県の酪農の地盤沈下に歯止めがきかない。先の「3K」を念頭に官民挙げた生産基盤の強化を急ぐ必要がある。
トランプ流が貿易戦争招く
 トランプ米大統領の「自国第一主義」が世界を揺るがしている。今回の鉄鋼・アルミニウムの輸入制限は元々、中国の供給過剰に照準を合わせたものだが影響は世界経済全体に広がる。万が一、報復合戦となれば米中貿易戦争に発展しかねず、農畜産物貿易に飛び火する可能性も高い。日本への一層の市場開放要求につながる恐れもある。今後の行方に注視すべきだ。
 注意すべきは、今回の動きがトランプ流のディール(取引)の一環ということだろう。トランプ氏の政治カレンダーは2年半後の2020年秋の次期大統領選からの逆算。これを念頭に、さまざまな政治判断で耳目を集める作戦だ。

 11月6日にはトランプ政権の今後を左右する米国議会中間選挙がある。2016年大統領選でのロシア疑惑が消えない中で、訴追手続きの主戦場となる下院の過半数割れは、大統領の弾劾裁判に道を開く。その前哨戦として3月中旬には鉄鋼産業が盛んなペンシルベニア州で下院補選。ここで共和党を敗れ、トランプ氏の危機感は一気に高まった。政権内の対立も目立つ。関税反対派のコーン国家経済会議委員長の辞任表明は、保護主義への傾斜を一段と加速しかねない。

 安倍晋三首相の4月中旬の訪米、日米首脳会談の行方に注視したい。急転直下の朝鮮半島情勢も踏まえたものだが、逆に安全保障と通商交渉とを絡め譲歩を迫られないか。
 3月8日、世界の通商問題を左右する二つの出来事があった。米国の一方的輸入制限措置と、南米チリでの米国抜きのカ国によるTPP11の合意文書署名式である。

 トランプ大統領が鉄鋼とアルミニウムの輸入増が米国の安全保障を脅かしているとして鉄鋼25パーセント、アルミニウム10パーセントの関税を課す文書に署名した。発動は2週間後の3月23日。それまでに同盟国を中心に適用除外交渉を行う。標的は米国にとって最大の貿易赤字国・中国だが、米中2国間の摩擦が飛び火し、世界貿易機関(WTO)の限界も露呈した。
 予兆はあった。1月末のトランプ氏の一般教書演説の安全保障の項目で「米国の利益や経済、価値観に挑戦している競争相手に直面している」と中国を名指しした。今回の米国の一方的措置を中国、欧州は反発しており、自由貿易体制全体を揺るがしかねない。
 いま一つの動き。同日のTPP11署名式で、チリのムニョス外相は「保護主義的な圧力に対抗する」と表明した。TPP11の各国は、米国の通商圧力をかわしたい思惑で一致し、結束を促した側面が強い。日本は主導的な役割を担ったが、拙速な対応は自由化を加速し国内農業の生産基盤を一段と揺るがしかねず、万全の国内対策が欠かせないことは言うまでもない。
 2大経済国、米中の今後の行方はどうなるのか。

 中国は3月、国会に当たる全国人民代表大会(全人代)を開催した。今回の最大焦点は、習近平国家主席の一層の権限強化と幹部人事。国家主席の任期制限を撤廃する憲法改正案を採択した。一層の強権政治が可能となる習政権は、トランプ氏の一方的な通商政策に反発を強めている。習主席自ら旗を振る経済版シルクロード戦略「一帯一路」は、TPPへの対抗も兼ねインフラ投資と一体で中国の政治、経済的な影響力を増す。米国は、膨張主義を強める中国けん制するため最強空母をベトナムに寄港させた。
 注視すべきは、報復が報復を呼ぶ貿易戦争の懸念と、その悪影響だ。中国は、今回の輸入制限措置で、WTO提訴のほか米国からの主要輸入品目である農産物への対抗措置も示唆。米国産大豆への輸入検疫も強化した。日米経済対話の最中である。中国市場が制限されれば、再び日本への市場開放圧力が強まることもあり得る。
「自由化ドミノ」自給率置き去り
 相次ぐ広域通商協定の動きだで、最も影響受けるのは農業分野である。新局面の中で、改めて食料安全保障、食料自給率向上の重要性を考えるべきだ。肝心が自給率が置き去りにされている。
 今回の最終決着で当面、注目すべきは参加していない米中2大経済大国の動きだ。
 米国、カナダ、メキシコ3カ国による北米自由貿易協定のNAFTA見直しでは、米国とカナダの対立が増している。さらに日米経済対話では米国産牛肉の対応が焦点となる。TPP11が大きく動き出す中で、「米国第一」を掲げ、2国間協議の姿勢を鮮明にする米国の姿勢に変化が出るのか。TPP11署名は、かえって中間選挙を控える米国を刺激し、日米協議でTPP合意を上回る強硬姿勢に転じる可能性も否定できない。
 一方で、アジア太平洋の新通商ルール作りを目指すTPPに対抗する形で、アジアから欧州を貫く中国・習近平政権は米国抜きの日中韓3カ国をはじめ16国の広域通商交渉で構成する東アジア地域包括経済連携協定(RCEP)への影響も見定める必要がある。

 今、国内農業は弱体化が進む。生産基盤の維持が喫緊の課題となっている。こうした中で、市場開放加速化の動きに懸念が募る。
 安倍政権は、今後の通商政策でも自由化度の極めて高い「TPP基準」を基本路線に掲げる。これでは、自由化の荒波が次々と連鎖する「自由化ドミノ」を招きかねない。政府・与党は地方や現場生産者の将来不安に向き合い、自由化の影響を最小限にとどめる一層の配慮が欠かせない。
 東京大学大学院の鈴木宣弘教授はTPP11影響度の政府試算は過少過ぎると主張。「影響がないように国内対策を取るので影響がないでは説明になっていない」と指摘する。現場農業者の率直な気持ちも同じではないか。
 TPP合意内容は〝ガラス細工〟のように微妙なバランスの上に成り立ち、修正すればあっという間に全体が崩れかねない。だが、米国が抜けたからには前提条件、事情が全く違ってくる。農業分野は市場参入・関税部分でどう対応するかだ。
 TPP11合意は、国内農業にとって品目で影響度が全く異なる。米は国別枠で米国が抜けるため当初の12カ国によるTPP協定に比べ輸入量は大きく減る。
 問題は畜産・酪農分野だ。特に乳製品のTPP枠(生乳換算7万トン)は国別がない大枠で米国込みの数字だ。これがニュージーランド(NZ)など酪農大国で埋められた上に今後、米国から新たな輸入枠を求められれば、国産乳製品市場は大きく縮小しかねない。生乳流通改革で需給調整機能が不透明になる中でどうするのか。欧州連合(EU)対応も含め国産チーズ振興に支障が出かねない。チーズ対策150億円の予算措置を検討しているとはいえ、酪農乳業界では先行き不透明感が強まっている。牛・豚肉のセーフガード(緊急輸入制限措置)でも課題が多い。米国抜きでは発動基準超えが難しく、輸入増加への「防波堤効果」が効かなくなる。だが市場開放に「前のめり」の官邸主導で論議が進んできた結果ではないか。
(次回「透視眼」は6月号)