ふくおか県酪農業協同組合

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酪農「3点セット」増産・コロナ・在庫拡大 夏場の生乳需給に「異変」
真夏の牛乳最需要期を迎え、生乳需給予測が難しい局面を迎えている。通常なら9月はじめの最逼迫期を念頭に、道外からの生乳移出確保が大きな課題となる。だが、コロナ禍で「異変」とも言える状況に様変わりした。今の酪農は「増産」「コロナ」「乳製品在庫」の3点セットをどう対応するかだ。
道外移出6万トン超は9月のみ
Jミルクが7月30日公表した生乳需給見通しは、最新の需給動向や夏場の気温予測を織り込んだ。例年、需給逼迫の夏場の見通しを示すため注目を集める。
7,8月は4万トン台も
このところ、猛襲続きで道外からの生乳移出限界される月6万トン強が続き、綱渡りの受給対応が迫られてきた。だが、今回は事態が一変した。6万トンの大台を超えたのは9月の約6万7000トンの1カ月にとどまったからだ。昨年は7月から10月まで毎月6万トン台とぎりぎりの道産生乳オーダーが見込まれ、首都圏や関西圏などでの牛乳の欠品、出荷調整が散見された。ところが今回は様変わりした。
都府県地盤回復も一因
背景に、都府県酪農の生産基盤弱体化に歯止めがかかりつつあることがある。これ自体は喜ばしいことだ。この間、酪農問題で何よりも問われていたのは北海道と都府県の生産格差、不均衡発展という新たな「酪農南北問題」だったからだ。
道内で加工向け増える
だが一方で、夏場の道外移出〈異変〉は、コロナ禍で先行きが見えない生乳需給の中で新たな深刻な課題も浮き彫りとする。北海道からの生乳移出が増えなければ、道内では加工向けとして処理され乳製品在庫が積み上がっていく。
生乳生産第1四半期
中央酪農会議がまとめた直近の生産動向は第1四半期(4~6月期)で全国ベース前年同期比1.7%増、北海道は2.2%増。生乳廃棄は回避できたが、コロナ禍で乳製品在庫が積み上がっている状況だ。半面で夏場の牛乳最需要期に入った。
北海道は既に100万トン超
中酪まとめの各指定生乳生産者団体の第1四半期の生乳生産は183万3000トン、前年同期比101.7%、全国の6割近い生産シェアを持つ北海道は104万トン、102.2%と高水準で推移している。北海道は6月上旬が年間のピークとなる。6月単月で見ると34万7000トン、前年比102.6%と3%近い増産率を示した。
第1四半期指定団体別生乳動向(単位トン、前年同期比%)
・北海道 104万0616  102.2
・都府県  81万2471  101.2
※うち九州 15万7488  100.9

既に北海道は100万トンの大台を超した。都府県も東北を除き前年同期比でプラスに転じ、都府県全体でも同1.2%増と順調な生産を続けている。
都府県底上げで飲用担保
この間の大きな酪農課題は、北海道の増産基調の一方で都府県の生産基盤弱体化だ。生産面から見ると一定程度解消してきた証しでもある。
都府県の増産体制は、用途別から見ると首都圏をはじめ大都市圏の飲用牛乳供給を「担保」するものだ。
ただ内実を精査しなければならない。もともと県単位の生産が少ないケースでは、大型経営の動向次第で増減産を繰り返す。搾乳牛1000頭規模のメガ、1万頭以上のギガなど巨大酪農経営ファームの動向次第で大きな変動を示す。
道産生乳の行き場縮小
一方で、北海道、都府県の増産並進構図は、コロナ禍で新たな課題も生じている。道産生乳の行き場だ。
首都圏、関西圏、中京圏の3大都市圏を抱える都府県は、周辺の飲用牛乳不足を大量の道産生乳の移出で賄ってきた。その割合が縮小することを意味する。問題は具体的な数量だ。通常なら都府県の増産といっても、旺盛な大都市圏の需要には全く追いつかない。そこで道産生乳で不足分を賄う。
その基本構図に変わりはないが、コロナ禍で用途別の生乳需給全体が様変わりした。増産ペースを高める北海道の生乳はどこに向かうのかという、次の課題が深刻化しつつある。
バター、脱粉在庫の山
結果的に道内工場で、保存の利くバターや脱脂粉乳の乳製品に処理せざるを得ない。都府県の飲用市場が地元産牛乳のシェアが高まることは、半面で北海道産の牛乳割合が狭まるというジレンマが生じている。
当面の根本問題は、コロナ禍で外食、ホテル需要など業務用需要が低迷を続ける乳製品需要をどうするかだ。
Jミルクが再三にわたりコロナ禍の巣ごもり需要、家庭内での牛乳・乳製品消費拡大の呼びかけも、背景はそこにある。逆に言えば家庭内需要の盛り上げ以外に、今のところ打つ手はないと言うのが現状だ。
真夏日と消費動向
好天は牛乳需要増加に結び付く。だが暑過ぎは逆に減少を招く。喉を潤すため炭酸飲料などさっぱり系が増えるためだ。生クリーム、脱脂粉乳などの需要と重なるアイスクリームも暑過ぎはマイナスとなる。かき氷など氷菓消費が伸びるためだ。
今秋の農政課題はコメと牛乳
今秋の農政課題の筆頭は、コメ需給問題だ。主食用米から他用途米への転換が思ったように進まず、作柄次第で米価下落は避けられない。既に西日本の今年産の早期米概算金の引き下げとなって需給反映されつつある。

もう一つの農政課題は酪農問題だ。乳製品在庫が積み上がる中での輸入飼料高騰は、今後の酪農経営に生産面と乳価水準両方でマイナスに働きかねない。稲作農家は、豊作を手放しで喜べない状況が長く続く。酪農家にも同様の事態が起きかねない。国をはじめ関係者挙げて対応が急務だ。
Jミルク酪農ファクトブック
Jミルクは「栄養とSDGsと牛乳・乳製品」と題した2021年酪農ファクトブックをまとめた。国連の持続可能な開発目標であるSDGsと牛乳の関係を栄養面で解説した。酪農がいかに栄養供給に貢献しているかを強調し、特に国内向けには乳成分のコクを生かし減塩と和食を引き立てる「乳和食」の効能を説いた。
「両刃の剣」か
17の目標を掲げるSDGsは「総論賛成・各論慎重」なのが実態だ。特に畜産酪農業界にとっては、糞尿処理をはじめ環境保全面で負荷が大きい。いわば〈両刃の剣〉だ。
場合によっては生産抑制的に働きかねない、との懸念を広がっているのが実態だ。ただ、地球温暖化、気候変動が、クライシスの単語を使う気候危機とまで称される中では、業界挙げた対応を急がねばならない。
それが、結局は畜酪の持続可能性につながる。生産側の論理のみでは動く時代はとうに過ぎた。環境重視の〈宇宙船地球号〉の一員の自覚と具体的行動こそが問われる。
酪農の貢献アピール
場合によっては環境に負荷を及ぼす酪農だが、全体の差し引きでSDGsと関連づけることが欠かせない。今回のJミルクがまとめた2021ファクトブックも狙いはそこにある。栄養学の権威・中村丁次神奈川県立保健福祉大学学長が監修した。イラスト、写真を使い分かりやすく作成した。
SDGs関連では、目標1の貧困、目標2の飢餓ゼロ、目標3の全ての人に健康・福祉に合致すると指摘。酪農の生乳生産を通じた牛乳・乳製品供給は、2015年に国連がSDGsを掲げた前年の14年、世界栄養報告書での「良好な栄養状態が人間の幸福の基盤になる」が酪農の貢献を裏付けるとした。
牛乳は栄養の〈塊〉
中村学長が説くのは、他の食品にない牛乳・乳製品の栄養面でのメリット。特に日本人に不足しがちなカルシウムの吸収率が良く、必須アミノ酸の含有量が多く良質なタンパク質を提供し、多様なビタミン類も補給できる点だ。
日本人の健康・栄養状態は今、「二重構造」にあるという。若年女性と高齢者の低栄養の半面、一部の中高年の過栄養である。これらを解消するためにも、適度な牛乳・乳製品の窃取がカギを握る。
コロナ禍、免疫力でも注目
コロナ禍、生乳需給は混乱に陥った。だが、行き場のなくなった生乳の廃棄という最悪の事態は避けられた。国や酪農団体、乳業メーカーなど業界挙げ保存が利く加工へ回す臨機応変な対応が功を奏した。
さらに食品スパーでの牛乳、ヨーグルト、チーズ、バターなど家庭用需要が拡大したことも大きかった。牛乳・乳製品の栄養価と共に生活習慣病を抑え、ウイルスへの免疫力が消費拡大につながった。
各乳業も、機能性、免疫力をアピールしたヨーグルト新商品などの投入も、需要の底支えとなる。感染症と栄養の相関関係も、牛乳・乳製品の効能に注目が集まった一因だ。
乳和食は〈ニュー和食〉
酪農ファクトブックでも、注目の取り組みとしたのが「乳和食」の広がり。もともと、日本型食生活は栄養バランスが優れているが、カルシウム不足と塩分過多に課題があった。
これを克服し、本来の和食の良さを引き立てるのが乳成分を加えた和食、「乳和食」だ。みそ、醤油などのだしを牛乳・乳製品に一部置き換えることで乳成分のうまみとコクを生かした料理に仕上がる。
栄養士・小山浩子氏が料理教室などを通じ全国に広げ、「乳和食」のバリエーションも大きく広がってきた。
循環生産の課題も整理
生乳が牛乳・乳製品を通じ人々に栄養を提供するにしても、持続可能な酪農生産の課題は残る。
輸入飼料中心の酪農生産がいつまでも続くわけはない。やはり基本は自給飼料率を以下に高めるか。それを通じた耕種部門と結び付いた地域内での循環農業の確立が本来の日本型酪農の姿だ。
酪農ファクトブックではその点にも触れた。
環境負荷軽減へ家畜糞尿を活用したバイオマスの再生可能エネルギー、放牧など家畜福祉の増進、労働環境改善などだ。乳業メーカーは製品のプラスチック割合の減少なども問われる。
協同の力で「廃棄回避」
コロナ禍で農畜産物の需給は大きく揺さぶられた。中でも数時間で劣化する生乳は典型だ。生乳廃棄の懸念も迫ったが、中央酪農会議は結集力で難局を乗り切った。6月末の総会に示した事業実績で明らかになった。
最大危機は昨春の学給停止
2020年春以降、コロナ禍で生乳廃棄の危機が何度も襲った。
最もピンチだったのが昨春の突然の小中学校休校とそれに伴う、学校給食の停止だ。給食がなくなればセットで出される牛乳の提供もない。
首都圏をはじめとした大都市圏の緊急事態宣言に伴う外食、ホテルなどの牛乳・乳製品の需要急減も加わる「ダブルパンチ」に見舞われる。

学乳と外食という大きな二つの需要がなくなった。2時間ほどで変質し商品価値がなくなる生乳の行き場はどこに。バター、脱脂粉乳を中心に保存の利く乳製品へ加工仕向けで処理するしかない。そうでなければ生乳は廃棄を迫られる。
国の支援事業17億円活用
中酪は6月末の総会で20年度事業実績の了承を得た。柱はコロナ禍での緊急対応の中身だ。コロナ禍、中酪が取った対応で効果が大きかったのは国の支援事業の活用だ。

学乳停止で飲用牛乳から加工へ用途変更を行う。用途別乳価は飲用が高く乳製品は低い。その差は生乳キロ当たり20円以上もある。用途変更で生乳廃棄との最悪の事態は免れても、そのままでは酪農家の所得減につながる。
価格差補填は学乳停止の20年4月から6月の3カ月で16億5700万円。加えて、用途変更で乳業メーカーの乳製品工場に運ぶ指定生乳生産者団体による生乳広域輸送経費掛かり増し補填4300万円の合計17億円を有効活用した。
独自に乳価下落防止策
コロナ禍での生乳需給激変を踏まえ、中酪は二重、三重のセーフティーネットを敷く。財政的な事情からむろん柱は国の事業活用だが、加えて独自の対応も組んだ。
典型は乳価下落対策だ。飲用不需要期の冬場で乳製品在庫場積み上がる年末から翌年3月までの20年12月~21年3月の限定し緊急措置を構えた。「加工リスク平準化緊急事業」だ。
想定超えた加工に対応
生乳不需要期に需給が予測以上に緩和した場合の救済だ。
具体的には、広域指定団体ごとにプール乳価とバター、脱粉等向けの乳価格差を補填する仕組み。対象は、東北、北陸、近畿、中国、四国の5者で、合計4700万円を助成した。中酪は当初、万が一に備え加工リスク対応に総額2億円の予算を組んだが、想定の4分の1以内に収まり、残金はそれぞれの拠出に応じ返還する。
酪農家需要拡大を促す
酪農家自らの生乳需要拡大努力も欠かせない。
そこで、指定団体では春先の学乳停止時や冬場の生乳需給緩和時に、コロナ禍で奮闘する医療、福祉施設へ牛乳、ヨーグルトなどの無償提供を実施した。こうした需要拡大対応にも助成を実施した。
一滴の生乳廃棄もなく
これらの結果、20年度の生乳廃棄は回避できた。
むろん、Jミルクをはじめ原料乳を受け入れ処理する乳業メーカーの協力も大きい。だが、根本は乳業に計画的に生乳を配乳する指定団体に酪農家が結集したからだ。いわば、「一滴の生乳廃棄もなかった」のは協同の力の発揮と言っていい。


(次回「透視眼」は10月号)