ふくおか県酪農業協同組合

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国内コロナ禍3年とウクライナ侵攻1年、酪農苦境招く 基本法改正と機能不全の畜安法
1月15日で国内での新型コロナ感染者が確認されてから丸3年。2月24日にはロシアによるウクライナ侵攻から1年を迎える。二つの難題とも収束のめどがたたず国際経済が揺れ、酪農乳業界にも大きな影響を及ぼした。特に、外食需要の縮小から生乳需給不均衡を助長し、飼料高など生産資材高騰も重なり今日の酪農苦境を招いた。一方で食料・農業・農村基本法の見直しが進む。しかし、生乳需給調整に大きな支障となっている畜産経営安定法は「検証」にとどまっているのが現状だ。
食料安保へ野村農相決意
自民農林族幹部で、農業団体出身でもある野村哲郎農相は農水省での年頭訓示で基本法改正へ改めて意欲を示し、「日本農業を変えていかなければならないとの決意で、ぜひ取り組んでほしい」と農水省職員に呼び掛けた。
・食料・生産資材の自給強化を
1999年の現行基本法制定から四半世紀近く。「制定当時と比べ想定されなかったリスクが増大している」「本気で自給率を上げていかないと大変なことになる」「国内で何とか賄える力をつけていく」と言葉を重ねた。思いは、国内農業を通じた国民の命の糧である食料の安定供給の実現だ。いわば「国産シフト」宣言ともいえよう。
・「有言実行」大臣になるのか
食料・農業・農村基本計画に定めた食料自給率(カロリーベース換算)を現状の38パーセントから45パーセントに引き上げることは、国是でもある。だがこの間、幾度となく過去の農政を分析してきた農水省も、自給率の低位安定を食生活の変化、輸入の増大、担い手不足に伴う国内農業の縮小などを列挙し、やむを得ない現実として説明してきた。45パーセントの自給率目標未達で責任を取った事務次官をはじめ農水省幹部は一人もいないし、誤った官僚も長い農政取材の中でも記憶にない。ただ「できない理由」を述べるばかりだ。
飽食の時代を謳歌していたならまだ許された側面もあった。だが、もう「足りなければ海外から買う」時代は日本の国力衰退と人口14億人の巨大経済国家・中国の台頭の同時進行でとっくに終わった。まず切実なのは水産物だ。あらゆる面で「買い負け」が常態化している。「100円寿司」の時代は終わりを告げた。次に大豆など飼料も含めた穀物も確保が年々難しくなる。そして農業生産に欠かせない肥料も、資源大国ロシアのウクライナ侵攻で一気に地政学的なリスクが高まった。
こうした中での野村農相の「国産シフト」宣言だ。果たして野村氏は自給率向上の「有言実行」大臣に成り得るだろうか。すべては、農林官僚のやる気と予算確保、仕組みづくりにかかっている。官僚は一般論で言えば、一度作った制度を変えたがらない。自分の仕事、政策立案能力の軽さを裏付け自己否定につながるからだ。だが、今回は基本法見直しの本気度、迫力の気迫がこれまでとは比べ物にならない。官僚もそれを敏感に察している。政府・与党は「食料安保」シフトも言うべき野村農相、森山自民党食料安保検討委員長(元農相、党選対委員長)の二枚看板で、基本法見直し、食料安保構築の具体化が進んでいる。政治主導で、農水官僚を引っ張り、新たな食と農の「新時代」を築こうとする構図だ。
「陥穽」畜安法が招く需給不均衡
〈農政の憲法〉とされる基本法見直しと絡め、本来ならその下にぶら下がる各種農業関連法、農協法、卸売市場法、種苗法、さらには畜安法など、2015年前後のTPP受け入れとセットで議論された理不尽さも伴う一連の農政改革も見直されなければならない。だが、農水官僚はその気は全くないのが実態だ。
・北海道でのアウトからインへの変更問題急浮上
ここで年度末の3月にも大きな問題となりそうなのが、欠陥法でもある改正畜安法下での生乳需給調整の混乱だ。この問題については次回4月号「透視眼」で触れるが、新年度の4月を前に、いわゆるアウトサイダーから指定団体傘下のインサイダーに加わる酪農家、酪農生産法人が全国生乳生産の6割近くを示す北海道で顕在化する。需給緩和で生乳取引が不安定となり、経営安定のため指定団体の販売力に頼ってのことだ。この対応で国内最大の指定団体であるホクレンが難しい対応を迫られる。
生乳需給緩和を踏まえ、北海道は2023年度から各JA単位で一段強い減産に踏み切る。だがアウトからインになれば、JA単位の生乳生産量が拡大し、酪農家個々の減産幅が大きくなりかねない。半面で改正畜産法はアウトからインへの拒否は法律上できない。「陥穽」畜産法が、名前とは逆に酪農家の経営安定と逆行している典型だ。
〈農政の憲法〉と農業縮小スパイラル脱却
・四つの基本理念
現行基本法は〈農政の憲法〉と称され、国の農政を基本づける。ガット農業交渉合意を経てWTO体制下で農業国際化が全面展開する中で、農業基本法に代わり21世紀直前に制定された。名称が「農業」単独から「食料・農業・農村」と変更したのは法の趣旨が食料、農村も包括し国民全体の生活安定や経済発展が目的となったことを映した。
基本理念は四つ。食料の安定供給の確保、農業の多面的機能の発揮、農業の持続的な発展、農村の振興を挙げた。「関連施策の基本的方針」と「食料自給率の目標」を定め、おおむけ5年ごとに見直す食料・農業・農村基本計画を策定する。「自給率目標」は向上を旨とし、農業者らが取り組むべき課題を明らかにする。問題は四つの基本理念の均衡だ。実際は食料安定供給、農業の持続的発展が突出した半面、地球的課題である環境保全への多面的農発揮は位置づけが弱く、持続的発展などとの政策体系との関連もあいまいだ。ここに、現行基本法のとらえ方、政策展開で意見の相違、考え方の食い違いが表面化していく。
・環境激変とNHK特集「フードショック」
食料・農業・農村の均衡ある発展を目指した基本法制定から20年余り。一言でいえば農業・農村は縮小スパイラル、「負の連鎖」に陥っている。食料はどうか。自給率は下がり続ける一方で食品ロスは500万トンを超す。輸入食材が増え一見豊かに見える食生活は国内生産に土台を持たない「砂上の楼閣」だということは、現在の国際食料危機、生活に身近な食料品の相次ぐ値上げが国民生活に深刻な影響を及ぼしていることからも明らかだ。大量の食品ロスを指して「自給率低下は嘘だ。日本は飽食」などと強弁する財界トップもいるが、荒廃する農村、国内生産基盤の弱体化を見れば自給率の先細りは明らかだ。
この20年余りの変化は、食と農の脆弱さを物語る。自給率はカロリーベースで40パーセントから38パーセントと先進国最低水準の惨状に歯止めがかからない。生産額ベースでも72パーセントから63パーセントに下がった。経済連携協定や、前例のない大型自由化貿易協定TPPなど相次ぐ市場開放も背景にある。特に安倍政権、アベノミクスの時期は、史上空前の農畜産物自由化を進めた。
農業も生産基盤の弱体化が進んだ。基幹的農業従事者はここ20年間で半減した。487万ヘクタールあった農地も10パーセント減り、農業セクターの経済規模を示す農業総産出額は9・4兆円から8・8兆円と下がった。それらのしわ寄せを受け、農村の少子高齢化が加速している。324万戸あった農家数は175万戸に半減した。若い世代に田園回帰の兆しも見えるが、首都圏の一部を除き多くの集落で空き家が目立つのが実態だろう。
食料安保は国内生産を前提に、輸入、備蓄の組み合わせで成り立つとしているが、ウクライナ問題を引き金とした20か国以上の農業輸出規制の動きは、安定的な輸入は「幻想」であることを浮き彫りにした。
基本法見直しの基本的視座に、単なる食料安定供給、確保から脱し、米麦、大豆、乳製品など基礎的食料は自国で生産する「食料主権」を目指すことが重要だ。
現在、生乳需給緩和、飼料高、乳牛個体安の「三重苦」に見舞われている酪農は、品目の中で最も苦境に立ち、今後、離農が続出しかねない事態だ。年明け1月上旬の指定生乳生産者団体・関東生乳販連のあいさつで菊池一郎会長は「コロナ禍、乳製品過剰、飼料高止まりの中で酪農家の8割が赤字経営を余儀なくされている」と指摘。昨年末に全国放映し反響を呼んだNHK特集番組「フードショック」に触れ、「食料危機の実態を改めて実感した。何とか関係者が一丸で対応しこの危機を乗り切りたい」と訴えた。農家の切実な声だろう。
・担い手規定の恣意的運用
特に大きな問題をはらんだのが、農業の持続的な発展をめぐる解釈だ。素直に「持続的発展」と受け止めれば、現状の農業者がさらに維持・発展する政策的な後押しをイメージする。だが、高齢化が進む農村で持続的発展するには担い手を絞り込み施策を集中する必要があるとの解釈が「農政改革」の名で前面に出た。
一部の担い手への施策集中による「大規模・効率経営」路線か、担い手育成を中心としながらも中小規模、家族経営、集落営農なども包括した「多様な担い手」路線なのか。今回の基本法見直しでも論点の一つだ。
安倍一強政治に伴う「官邸農政」の下で展開した2015年前後の一連の農政改革、農協改革は、全面自由化、大型化、規制緩和の「農政3点セット」を基本方針とした、現場軽視の政策決定が横行した。しかも、これまでの基本法に基づいた基本計画の議論との整合性も欠いていた点は看過できない。官邸主導で異能の改革派農水官僚・奥原正明氏を事務次官に据えた時期だ。基本法の担い手規定を恣意的に読み替えたとの見方もできる。現在は、ウクライナ問題あり食料安保、「国産シフト」が農政の基調となり、現場軽視「農政改革」の揺り戻しの時期とも言えよう。
基本法見直しへの視点
・今年の漢字「収」にかけた思い
中央酪農会議会長でもある中家徹JA全中会長は1月12日、2023年初めての記者会見で今年の漢字を「収」と表明した。コロナの収束、国内農業にも打撃を与えているウクライナ問題の一日も早い収束、そして国内農業者が再生産を確保して収益が上がるようにとの思いを込めたと説明した。
同日の会見でも机の前には誕生50年を迎えた赤パックの「農協牛乳」を置き、需要拡大によって年末年始の処理不可能乳発生回避の願いを示した。
全中は基本法の検証・見直しに関する、農業団体やJAグループの基本的考え方をまとめるため全国的な組織討議を実施中だ。先の担い手規定を含め現状との相違などを踏まえた見直しで項目ごとに提起した。基本法見直しで条文の書き換えも踏まえた。
・「平時」含む食料安保の位置づけ
現行基本法は不測時の食料安全保障のみが規定されているが、もう安い農産物や生産資材がいくらでも輸入できる時代は過去のものとなるなど、わが国を取り巻く環境は様変わりしている。「平時」を含む「食料安全保障の強化」を基本法の目的に明確に位置付ける。第1条の「目的」、第19条の「不測時における食料安全保障」にかかわる。
・「国産シフト」明確化
食料の安定供給確保は基本法第2条に「将来にわたって、良質な食料が合理的な価格で安定的に供給されなければならない」と前置きした上で、「国内の農業生産の増大を図ることを基本とし、これと輸入及び備蓄とを適切に組み合わせて行われなければならない」とする。
問題は世界の地政学的リスク高まりの中で、国内生産、輸入、備蓄の3点セットが著しく均衡を欠きかねないことだ。特に輸入確保は先行きが一段と不透明となってきた。そこで全中の組織討議では、国内生産の増大を基本とした方向の明確化を打ち出し、特に輸入依存度の高い小麦、大豆、飼料作物などの具体的作目を明記し増産を促すほか、国産への切り替え・安定供給に向けた措置を講じる表記にも言及した。いわば「国産シフト」への転換を〈農政の憲法〉で明確にするためだ。
・生産資材の確保・安定供給
現行基本法制定時に比べ、激変した典型が生産資材を取り巻く状況だ。基本法第33条「農業資材の生産及び流通の合理化」では、輸入で生産資材を安定確保することが前提となっており、合理によるコスト低減の視点のみで書かれている。国内資源の有効活用による国産化を促す一方で、調達の多様化、備蓄などを明記する段階だ。「必要なら海外から輸入すればいい」といったこれまでの常識が覆った。
飼料、肥料、燃油、種子、種苗、農機・部品など、国内農業生産に欠かせない生産資材の過度の海外依存は、食料安保の最大のリスクになりかねない。特に配合飼料と肥料は、輸入が行き詰まれば畜産、耕種とも国内生産は大打撃を受ける。世界的な肥料資源供給国であるロシア、中国など地政学リスクの顕在化も大きな懸念材料だ。国、業界、農家が一定の割合で基金を積む配合飼料価格安定制度は、輸入飼料価格の上げ下げがあって成り立つ。現状のように高値安定では基金枯渇から制度は早晩立ち行かなくなる。新たな制度設計も必要だ。
・再生産配慮の価格形成
持続可能な農業性の実現に向けた生産者の再生産確保の視点も注目される。現行基本法は「合理的な価格」「消費者の需要に即した農業生産の推進」が前面に出ている。一方で、先の生産資材に典型的な輸入の制限要因には強まり、コスト上昇と安定的な食料供給をどうバランスを取るかが問われる。そこで農業者がコスト削減に努力するにしても、「再生産可能な価格」への配慮が必要だ。政府による環境重視の「みどり戦略」で有機農業推進のためにも、再生産配慮の適切な価格形成ができるのか。農業者の再生産も踏まえた食料の安定供給確保をどう明記するのかも課題だ。
・酪農にも関わる多様な経営体の位置づけ
基本法見直しで大きな争点が、担い手の位置づけだ。基本法見直しは実効性のあるものとなるかの「試金石」と言っても過言ではない。
5年ごとに書き改められる基本計画では、「官邸農政」主導の農政改革、農協改革が迫られた2015年と、改革が現実路線に戻った2020年の基本計画では、担い手の書きぶりが異なった。要因は、現行基本法での担い手規定のとらえ方にある。言い換えれば、現行基本法は認定農業者などの担い手偏重路線を容認する考え方が底流にある。
生産現場の現状は、人口減少・高齢化加速の中で大型経営体のみで生産の大宗を担うことは現実的でなくなっている。今後の地域農業振興の方向性を定める政府の人・農地プランにも「中小・家族経営」も明記された。こうした多様な経営体を積極的に認め、その役割と育成・確保をどう位置づけるのか。酪農は、メガ経営と中小酪農の両極分解が進むが、家族経営が圧倒的に多い現実を見つめ直し、その役割を再認識したい。具体的には基本法第21条「望ましい農業構造の確立」、第22条「専ら農業を営む者等による農業経営の展開」だ。
・農業団体の役割と「農協改革」
さらに現行基本法で不備なのが農業団体など関係団体の表記である。
団体の再編整備のみが記載されている。第38条には「団体の効率的な再編整備に必要な施策を講じる」とあるのみだ。これでは、農業団体の組織合理化の法律的根拠を提供する。2015年前後の一連の農協改革もこの文脈で実行されたととらえればわかりやすい。だが実際は、農業生産の底上げ、新規作物、戦略品目の選定・生産、販売促進などは、JA生産部会、営農指導員とのタッグで成果を上げている事例が目立つ。地域農業振興に果たす農業団体など関係団体の役割は、再編整備の枠とは全く別の表裏一体の二人三脚の関係に近い。団体の役割を明記し、営農経済事業の役割評価も重要だ。

(次回「透視眼」は4月号)