生乳需給緩和、資材高止まり、離農加速といった前例のない「三重苦」に直面する酪農危機の中で、2024年は国内酪農生き残りの正念場を迎える。こうした中、生処販で構成するJミルクの内橋政敏専務がインタビューに応じた。喫緊の課題として特に生乳需給緩和の是正へ官民挙げて取り組む必要性を強調。年明け以降、政府の議論が本格化する次期酪農肉用牛近代化基本計画(酪肉近)とあわせ、持続可能な酪農乳業「将来方向」の検討を急ぐことも明らかにした。
2024年度畜産酪農政策価格・関連対策が決定しました。政治的配慮はあるものの、全体的には課題先送りの決定です。どう見ますか。
政策決定を評価する立場にはないが、苦境に立つ酪農経営の実態、生乳需給緩和の実態からすると課題は残ったままだ。酪農、乳業双方から問題点が指摘されている改正畜産経営安定法も生乳出荷量変更に期限を設けるなど政省令改正へ一歩前進だが、改正畜安法の需給調整機能発揮の課題、系統傘下の酪農家の不公平感は解消されていない。需給緩和の下で、系統外による生乳道外移出が月1万トン、年度内でも過去最高が見込まれる実態も直視する必要がある。
酪農は離農拡大に伴い結果的に生乳需給緩和を是正する「負のサイクル」である「縮小均衡」に陥る恐れがあります。酪農乳業界の合言葉であった「生産基盤の毀損回避」も聞かれなくなりました。
これまでは比較的、順調な需要拡大に沿って生乳性生産を拡大してきた側面がある。だが、コロナ禍で一変した。官民挙げた酪農生産基盤の後押しの中で、需要急減、特に脱脂粉乳の過剰が深刻となり、まずは消費拡大、次の段階では乳牛淘汰などを通じて生産抑制型に転換せざるを得なくなった。離農拡大が結果的に減産と需要是正になるのは、国内酪農の縮小につながりかねず本来あるべき姿ではない。乳業メーカーも原料調達に不安が出る。まずは官民挙げた需給緩和の是正を急ぐことが欠かせない。
「畜産危機」が叫ばれる中で、2009年2月以来14年ぶりのJA、酪農協も含めたオール系統の畜酪全国大会が2023年11月末に開かれました。
14年前の当時は米国発金融危機から投機マネーが穀物市場などに流入し食料危機まで広がり、畜酪も飼料高騰など経営危機に陥った。ただ今回は、日本と欧米の金利差もありドル高、円安の為替リスクが加わりもっと深刻だ。日本は食料、原油などエネルギー、さらに農業サイドでいえば肥料・飼料など生産資材といった基礎的素材の輸入依存が高く、国民生活、農業者の経営を直撃した。特に1000万トン以上の輸入トウモロコシを筆頭に飼料高は畜酪経営の大きく揺さぶっている。この間、政府の支援策などで打撃は軽減されているとはいえ、経営は大変だ。酪農はコロナ禍での脱粉過剰も加わっている。当時の危機を上回る二重、三重の危機が酪農を見舞っている。
「酪農危機」は国際的な課題です。2023年10月、米シカゴでの世界酪農サミット(ワールド・デーリー・サミット=WDS)でも危機打開策で活発な議論が交わされました。
国際酪農連盟(IDF)はポストコロナ下で4年ぶりの完全対面式のWDS、酪農サミットには世界から1200人超が参加した。IDF創立120周年を記念するサミットで米国開催は30年ぶり。ここで強く感じたのは、酪農家の後継者、担い手をどう確保するか、さらには酪農業での労働者不足も問題だ。酪農家の高齢化、後継者不足は世界共通の課題だと改めて認識した。日本酪農を維持・発展させるためにも後継者・担い手確保の強化は喫緊の課題だ。
国連食料システムサミットを受け、持続可能な酪農乳業の発展、環境問題、アニマルウェルフェアもテーマの一つになった。大貫陽一Jミルク会長(森永乳業社長)は、酪農家戸数減少など日本酪農の課題を挙げるとともに3つの戦略視点、成長性、強靭性、社会性を説明した。
地政学リスクが高まる中で飼料などの国産シフトが課題となっています。畜酪と水田農業をどう結び付け活用するかがポイントです。
ポストコロナで局面が様変わりしています。年末年始の生乳廃棄の恐れや1月末に示す2024年度生乳需給見通しはどうなりますか。
コロナ禍のここ数年、脱粉過剰や飲用牛乳消費低迷の中で学校給食牛乳の供給が停止する年末年始は、処理しきれない生乳廃棄をどう回避するかが大問題で、社会的関心事にもなった。コロナ5類移行に伴い今回の年末年始は局面が変わった。全国的な生乳生産ブレーキもある。年末年始よりも、生産が増え小中学校の休みが長い年度末の方が心配だ。ただ、これまでのように生乳廃棄回避の全国的呼びかけはしない。生乳需給を注視し、これまで通り牛乳・乳製品需要拡大への取り組みは欠かせない。
2024年度需給見通しは、北海道、都府県の生産状況、値上げも含めた用途別の需要動向などを精査中だ。北海道は2024年度に計画対比で減産から1%増産の年間403万トンを目指す。ただ、搾乳牛予備軍の2歳以下雌牛の減少、今夏の猛暑に伴う牛体へのダメージ、繁殖障害などを考えるどれほど生産が上向くのか考える必要がある。5月末の第2回需給見通しで、より的確な数字が示せるのではないか。
改正畜安法、次期酪肉近はどうなりますか。Jミルクはコロナ禍前に10年後の生乳生産800万トンを明記し、国は780万トンを示しました。
10年後の最大生乳生産量800万トンを示した1019年10月のJミルクの「酪農乳業長期ビジョン」策定時とは状況が一変した。ポストコロナとなったが、少子高齢化、人口減少は加速している。農水省の基本計画見直しと連動した次期酪肉近論議を踏まえ、それに考え方を反映させるビジョンの検証と新ビジョン策定を急ぎたい。当然、下方修正を念頭に800万トンを踏襲することはない。ただ実際は地政学リスク、国内外の経済、地球環境保全など先行きが不透明で数字自体を出すことが難しいかもしれない。
改正畜安法は生処双方から問題点、課題の指摘がある。特に、現在のように生乳需給緩和局面では指定団体の系統、自主流通の系統外の取り組みの違いなど需給調整の実効性の意味でも課題が多い。2024年度畜酪政策論議で明らかにされた酪農家間の不公平感是正への畜安法省令改正などの推移を注視したい。
脱粉過剰是正で官民挙げた対応が進行中です。これを一歩進め官民拠出の100億円規模の生乳需給安定基金といった酪農セーフティーネット構築を求める声が強まっています。
まずは放置すれば積み上がる脱粉在庫是正への取り組みに全力を挙げる。酪農、乳業双方の拠出に国が支援する形で、在庫解消、輸入代替などが進んでいる。生乳需給正常化は業界全体が恩恵を受けるわけなので当然、農水省が協力し系統外からの拠出も理解を得たうえで俎上に上るだろう。乳製品ばかりでなく生乳全体のセーフティーネット構築は、基金方式がいいかどうかは別として歴史的に過剰と不足を繰り返してきた生乳需給の特質から考えれば重要な視点だ。
(次回「透視眼」は2月号)