ロシア・プーチン大統領が世界の安眠を破った2022年も間もなく暮れる。12月中旬には、来年度畜産酪農政策価格・関連対策も決まる。生乳需給問題で明け暮れた今年の酪農乳業10大ニュースを振り返りたい。2008年のリーマンショック、穀物高騰を上回る「酪農危機」が直撃しているが、〈透視眼〉で目を凝らせば「明日」を見通す事象も見えてくる。
私家版10大トピック読み解く
筆者が考えた10大ニュース列挙すると、1国際激流、2基本法見直し、3「食料安保枠」予算化、4「みどり戦略」、5酪農三重苦、6フードテック革命、7脱粉処理100億円対策、8飲用10円上げと北海道減産,9需要拡大と「調整保管」、10来年度補給金上げへ。業界紙の見方とは大分違う〈巨視〉的な視点で「10」に整理した。それぞれ読み解こう。
国際激流・ウクライナ・米中対立激化
まずは、酪農にも大きな影響を及ぼした国際的な激流を挙げたい。
キーワードはデカップリング、つまり〈分離〉だ。世界は経済で結びついており、ブロック単位の自給経済は不可能だ。だが、2大経済大国・米中対立を基軸に明らかに両陣営に分かれた経済的な囲い込みが加速している。これにロシア暴発に伴うウクライナ問題が密接に絡む。言い換えれば欧米・日本などの西側陣営と、中国を中心にロシア、北朝鮮、イランなどの反米路線とのせめぎあいだ。政治・経済のデカップリングが国内の食料、農業関連に及ぼす影響は、生産資材高騰、物流停滞、さらには14億の胃袋を持つ中国の自給自足路線が強まることによる〈チャイナ・リスク〉の拡大だ。
基本法見直し年内論点整理と改正畜安法
〈農政の憲法〉とされ、国の農政を方向付ける食料・農業・農村基本法の検証、見直し作業が政府・与党で加速してきた。
現行基本法は、1961年制定の農業基本法の後継として、WTO合意後の新たな国際情勢に対応するため1999年に制定した。制定から四半世紀近くたち、ウクライナ問題を引き金とした食料危機、環境重視や生産資材の輸入不安など、当時想定していないことも浮上しており、より国内生産、自給を大前提にした食料安全保障構築の視点が問われている。
農水省は食料・農業・農村政策審議会に新たに基本法検証部会を設置し、食料の安定供給、持続可能な農業生産などテーマ別に識者ヒアリングを進め、委員の意見交換を進めている。並行して自民党は基本法プロジェクトチーム(PT)で年内の論点整理を目指す。与党・公明党、野党・立憲民主党などもPTを立ち上げ、現行農政見直しを進めている。
注目したいのは農相に野村哲郎、自民PT座長に森山裕元農相と政府、与党が「食料安保シフト」ともいえる強力な自民農林議員重鎮の布陣にしたことだ。
もう一つは、今後の畜酪振興にも大きく影響を及ぼす、飼料自給の観点が前面にでていることだ。輸入飼料依存は、いわば国内畜酪の〈アキレス腱〉で、その問題点は長年指摘されてきたが、米国を中心とした輸入飼料の安定供給が続いてきたため後景化してきた。しかし、ウクライナ問題を引き金に食料危機は現実の問題となっており、飼料、肥料の国産化は喫緊の課題だ。水田農業と畜産との結び付き強化、水田転作での濃厚飼料代替の栄養価の高い子実用トウモロコシ増産など、耕畜連携の確立が急がれる。
さらに、基本法抜本見直しと連動して関連法案の検証、再検討の動き。畜酪関連では当然、生乳需給調整に支障をきたし酪農家間で不平等を招いている改正畜産経営安定法の検証が俎上に上るだろう。
初の「食料安保枠」予算
国産、自給を大前提に食料安保の確立が問われている。そのためには、生産基盤の整備、国際市況の高止まりを踏まえた生産資材の自国生産も含めた安定的な確保、生産物の需要拡大、特に生産装置としての水田の維持と需給に応じた多様な生産物、飼料作物の栽培が大切だ。それらを支え、担保する確実な財政支援が欠かせない。農業自由化に伴い現在総額3000億円強あるTPP等関連対策と同様に、毎年着実に支援する仕組み、いわば「食料安保枠」が必要だ。
その〈芽〉が2022年度第2次補正予算で組まれた。画期的なことと言えよう。同予算の農林水産関係は総額8206億円、うち食料安保強化に1642億円、TPP等関連2704億円、物価高騰の影響緩和1127億円などを組んだ。食料安保強化の内訳は、肥料の国産化・安定供給確保対策、飼料自給率向上総合緊急対策、米粉の利用拡大支援対策、畑地化促進事業となっている。
「みどり戦略」元年とCOP27
2022年は「みどり新法」が制定され「みどり戦略元年」となった。
環境重視、化学肥料と農薬を減らすさまざまな取り組みが始まった。農水省は環境重視に政策をシフトする〈農政グリーン化〉を掲げている。特に、食料安保が問われる中で適切な施肥、下水処理の過程で発生する汚泥の肥料化、リンの回収に注目が集まる。リンはほぼ全量を海外に頼り、そのうち7割超が中国産だ。先に挙げた米中デカップリング、中国の囲い込み自給路線によるチャイナ・リスク増大を考えれば、汚泥肥料化は食料安保の観点でも重要な動きだ。畜酪では、牛のげっぷ、糞尿処理などメタンガスをどう処理、減らしていくのか。低カーボン酪農の技術確立をどう進めるのか。
地球温暖化に絡めれば11月前半、エジプトで開いた国連気候変動枠組み条約の第27回締約国会議、COP27が大きい。途上国で深刻化しつつある食料危機を前に、開催国が初めて重要なテーマとして気候変動と食料、農業を前面に出した。いずれにしても、温暖化と温室効果ガス削減、食料安保が密接に絡む。その意味でも環境調和型農業を推進する「みどり戦略」対応が極めて重要となる。COP27で紛争当事国のウクライナは、新たに紛争の環境影響評価の新枠組みを提案し、今後の具体化が注目される。ウクライナ問題を引き金に、資源大国ロシアの対欧州エネルギー供給に大きな修正が生じ、温暖化の進行は一段と加速する事態に陥っている。
フードテック革命と代替プロテイン
一方でフードテック革命は着実に進み、食と農に変革を迫る。畜酪関連では、衝撃的なのは代替プロテインの具体化だ。
大豆たんぱくなどを利用した代替食肉、代替ミルクなどの動きと重なる。食肉にいたっては、細胞から牛肉をつくる培養肉の研究も日進月歩だ。大手乳業メーカーも植物性食品を意味するPBF(プラントベースフード)に取り組み始めた。その一つ、雪印メグミルクは2021年度決算会見で、佐藤雅俊・新社長が次期3か年計画の中で明らかにした。佐藤氏は「ミルク中心の経営に変更は全くない。一方で今後の需要も踏まえ、植物性食品にも取り組み、新たな需要を開拓したい」と狙いを語った。こうした代替プロテインを中心としたフードテックの動向は『フードテック革命』(日経BP社、田中宏隆他著)、『天地の防人 食農大転換と共創社会』(KKベストブック、伊本克宜著)、『日本農業の動き216・フードテックは何を目指すのか』(農政ジャーナリストの会、農文協)などに詳しい。
代替プロテインは、人間の栄養摂取に欠かせないたんぱく質が、動物性から植物性に移行していくことを示唆しているかもしれない。すでに代替プロテインと絡め豆乳のニュースも増えている。食用コオロギを中心に、昆虫食ビジネスも拡大してきた。牛乳・乳製品を筆頭に、これまで以上に動物性たんぱく質の特質、利点を関係者はアピールすることが必要となるだろう。
酪農トリレンマ(三重苦)減産・コスト増・個体安
酪農危機は、トリレンマ(三重苦)に陥っている。これまでの新型コロナウイルス禍で牛乳・乳製品需要低迷に加え、円安加速による飼料をはじめとしたコスト高止まり、さらには生乳需給緩和を反映した乳牛個体販売の停滞と価格低落だ。乳製品在庫積み上がりに応じ、減産も余儀なくされている。都府県では生産にブレークをかけるため低能力牛淘汰を進むが、と畜場の処理能力も限界に達しているケースもある。
九州の酪農団体幹部は「今回の酪農危機を関係者挙げて乗り切るしかない。ただ、廃業が目立ち、若手後継者が酪農の将来に希望を見出せなくなることが最も心配だ」と強調している。
脱粉処理生処官100億円対策と北海道減産
酪農の明日を切り開くためには当面、在庫が過去最大に積み上がる脱粉の〈山〉を切り崩していくしかない。Jミルクは今年度初めて生処、さらには国も加わった約100億円の在庫処理、輸入代替、輸出などに踏み切った。今週からは処理量を3万5000トンと1万トン上積みした。
生産者団体も自らの課題として大きな決断をした。全国生乳生産の約6割を占める北海道が22年度生産量を約410万9000トンと期首目標に比べ5万トン(1・2パーセント)減らす。月別生産は既に前年対比でマイナスとなっている。苦渋の選択以外の何物でもない。次年度以降の生産基盤弱体化も心配だ。北海道はクミカン(組合員勘定)という独自の償還システムが一般的で、11月から年末には一斉に借入金の償還期限を迎える。返せなければ、個別組合員の次年度営農計画が立てられない。
Jミルク需給下方修正、飲用上げと生乳廃棄危機
Jミルクは9月末、在庫拡大などを踏まえ今年度の生乳需給見通しを下方修正した。酪農家の生産抑制努力をあるものの、需要低迷に加え、11月からの飲用乳価引き上げの消費への影響を勘案した。「余乳発生懸念は約5000トン」とした、年末年始の生乳廃棄の恐れは今年度、さらに拡大することが心配だ。
需要拡大と「調整保管」検討
生乳需給緩和を是正するには、何といっても需要拡大、特に飲用牛乳の消費拡大がカギを握る。農水省とJミルクが立ち上げた「牛乳でスマイルプロジェクト」は、共通ロゴマークで一体感を持ち、一層の牛乳消費拡大が狙い。酪農乳業関係者ばかりでなく、さまざまな企業、団体、地方自治体、個人などに幅広く参加を促す。JA全農はアサヒ飲料とコラボで、牛乳需要拡大へ「国産ミルク&カルピス」を始め、話題となった。こうした消費促進の取り組みは、酪農団体、乳業メーカー、自治体などで北海道から九州・沖縄まで全国各地で広がっている。
一方で、消費拡大だけでは生乳需給改善は不十分だ。そこで、脱粉の一定量を市場から隔離する「調整保管」実施の声が高まっている。22年度補正予算でも「生乳需給改善対策」として57億円の予算が計上され、生産者の取り組みや乳製品の長期保管などを支援することになった。ただ、どれだけ需給改善に効果があるかは不透明だ。
23年度畜酪で補給金上げへ
2008年のリーマンショック、穀物急騰時によりも深刻な酪農危機の中で、国会延長がなければ12月中旬、12日の週には23年度酪農畜産政策価格・関連対策を決める。
11月7日に畜産・酪農をめぐる情勢説明を皮切りに、12月上旬から畜酪問題の本格論議、農水省食料・農業・農村政策審議会畜産部会も始まった。関連対策の行方も注目だが、大きな関心事は加工原料乳補給金水準をどう決めるか。
22年度の補給金等単価は1キロ当たり10円85銭。うち補給金8円26銭、指定団体に交付される集送乳調整金は同2円59銭。総交付対象数量は345万トン。補給金総額は375億円。
諸資材の高騰から補給金単価引き上げは間違いない。農業団体は総額11円の大台を目指すことになる見通しだが、額自体は限定的で現在の酪農経営の窮状を救うことはない。セットで議論される補給金対象となる脱粉、バター生クリーム等、チーズの加工向け総交付対象数量は、農水省が削減を示唆している。北海道が23年度生乳生産量を22年度対比5万トン削減の減産計画を決めたことから、それをにらみ340万トン前後との見方も出ている。畜産部会では、指定団体以外の需給調整への対応強化など、生乳需給緩和でも機能しない改正畜安法の課題も指摘されている。2018年度の改正畜安法制定に伴い酪農不足払い制度廃止、指定生乳生産者団体による一元集荷廃止と流通自由化は、需給調整、計画生産に大きな支障となり、酪農家の不公平感につながっている。基本法見直しと同時に、改正畜安法見直しも俎上に乗せるべきだ。
(次回「透視眼」は2023年1月)