ふくおか県酪農業協同組合

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相次ぐ自由化の波 酪農は地域連携で備えを
 年末にかけて世界が揺れる。むろん震源地は米中の2大国だ。余波は当然日本に及ぶ。具体的な姿となって現われるのは年明け以降だろうが、乳製品が一層の市場開放圧力にさらされる可能性が強い。一方で国産牛乳・乳製品の需要は根強い。酪農家には大勢の消費者が味方となる。ここは踏ん張りどころだ。地域連携を強め体質強化を急がねばならない。
「現実的」なRCEP妥結
 新たなメガ通商交渉が急展開してきた。交渉中の地域的な包括的経済連携(RCEP)が11月15日の首脳会合で大筋合意した。巨大なアジア市場の扉が開くことになる。農業大国もあり注意が必要だが、米麦、乳製品、食肉など日本にとっての重要品目は除外した。

 RCEPは東アジアを中心にオセアニアまで含む巨大経済圏を包み込むメガ通商交渉だ。8年前、2012年から交渉が始まった。構成する16カ国のうち今回の合意でインドは外れ「RCEP15」となる。合意域内の人口は22億6000万人で、世界人口の3割を占める。経済規模は名目GDP(国内総生産)で約26兆ドルに達する。インドには引き続き協定参加を促す。

このメガ協定のポイントは二つ。まず米国が参加していないこと。次に中国、インドの人口大国が入っていることだ。両国で人口は約28億人を数える。つまりは、巨大な胃袋を持ち、購買力は今後とと伸びしろが大きい。
 インドは2025年には中国を逆転し世界一の人口となることが予測されている。同協定の土台は、タイやインドネシアなどアジア10カ国で構成する東南アジア諸国連合(ASEAN)。これに周辺の先進国などが加わり、合計16カ国で協議してきた。各国の年齢構成を見ても、日本や韓国のように少子高齢化が進む先進国、高齢化が今後大きな国家課題となる中国のような国もあるが、東南アジアやインドは若年層が多く労働力が豊富な「人口ボーナス」による経済発展が見込まれる。
少子高齢化、乳製品やコメの過剰、赤字財政など世界最大の「課題先進国」日本にとって、自由化の進展はどう映るのか。大きな需要の機会が訪れるのも事実だ。輸入農畜産物の攻勢に注視しながら、高くても高品質な日本の農畜産物や食品を売り込むチャンスも広がる。
乳製品など重要5品目除外
 日本の通商交渉は「4面作戦」と言われた。まずは中国抜きで日米が主導した環太平洋連携協定(TPP)。次に今回の米国抜きで日中韓なども加わるRCEP。この二つは経済規模、人口とも世界最大級のメガ通商交渉である。さらにトランプ政権以降のTPP11なった後の日米交渉、そして欧州連合との日EU交渉だ。日本はとりあえずはTPP11、日EU、さらには日米で協定発効となった。日英経済連携協定(EPA)は現在の臨時国会で協議中だが、残る大型通商交渉のRCEPが大筋合意となった。
RCEPで懸念していた米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物のいわゆる重要5品目や鶏肉・鶏肉調製品は関税削減・撤廃の対象から除外する。自民党農林議員や農業団体の懸念を踏まえたものだ。ただ、再協議や特定の条件なども付いている可能性もあり、協定案の精査が必要となる。
TPPより低水準
 RCEPは途上国が多く参加しているため、国内産業保護の観点から例外措置のあり方を巡り調整が難航した。日本は工業製品の関税撤廃を求める一方で、地域経済に大きな影響を与えかねない重要5品目を中心に特例措置を求めた。
注目の農林水産物の関税撤廃割合は、需要品目除外の結果TPPやEUより低い水準に抑える。対中国では国産比率を高めようとしているタマネギなど業務・加工用野菜については関税削減・撤廃の対象から外す方向だ。

 日本の影の狙いはRCEPの舞台を利用しながら、実質的な日中韓3カ国の自由貿易協定を結ぶことだ。大筋合意に伴い中国、韓国と結ぶ初めてのEPAとなる。特に日本にとっては14億人の胃袋の魅力は限りない。数億人の富裕層が育っており。日本の高級農畜産物の需要は強い。民間在庫200万トンに達する米の需給改善のためにも、パックご飯の形で国産米の輸出への期待も膨らむ。むろん、検疫など非関税障壁の解消といった現実的な課題は残る。

米国が参加していないRCEPの妥結へ急転直下の裏には米中貿易戦争の激化がある。中国は米国との長期戦を覚悟している。そこで米国抜きの通商協議をできるだけ早期に広げたい。日中関係も大切にしたいとの思惑もある。日本は日米同盟が基軸なのはやむを得ないにしても、経済交流を強め日中の一定の友好関係を保つ。それが世界2位と3位の経済規模を持つ両国の発展にもプラスになるとみる。
RCEPで日本が最も気にかけていたのは、米と酪肉だ。特に乳製品と牛肉は構成メンバーにオーストラリア、ニュージーランドがおり注意が必要だ。乳製品はNZの世界一の国際競争力を持ち、攻勢をかけられれば国内酪農はひとたまりもない。一方で中国市場は国内乳業メーカーにとってチャンスと映る。最大手・明治は10月、103億円を投じ中国にアイスクリーム工場を新設すると発表した。2021年度に着工し、23年度から生産を始める。中国は、いち早く新型コロナウイルス不況を乗り切りつつあり、経済発展で食の西洋化が進みアイス需要が膨らむと判断した。いわば中国の旺盛な内需を取り込む。新工場建設で明治のアイス生産は2工場体制となり、製造能力は2・3倍となる。
甘くない民主党バイデン
 米大統領選は民主党バイデン氏の勝利が確実となった。いわゆる政権交代だ。トランプ「自国第一」からバイデン「融和と団結」へ。単純にはこんな図式だが、そう簡単ではない。むしろ米国内の亀裂はさらに深まったと見ていい。さて民主党バイデン政権をどう見るのか。一言で言えばトランプよりもやっかいとなる。年明け以降、農産物市場開放をはじめ、対日圧力は強まると警戒すべきだ。

 自国第一か国際協調か、経済か環境か、白人優先か多様性重視か、自助努力か政府支援か。国論を二分する事態の中では賛否ほぼ拮抗した。結果的にバイデン薄氷の勝利だったのではないか。トランプは胸中で「本当は俺が勝ったはず。コロナに負けたにすぎない」と繰り返しているはずだ。歴史にイフはないが、もしコロナ発生があと10か月遅れていたら結果は全く異なっていたかもしれない。今回の大統領選での本当の勝者はコロナかもしれない。
トランプは、自身が感染し完治し再び立ち上がり大統領選を戦い抜いた。選挙最終盤に激戦州を掛け持ちする姿は人間業ではない。こんな大統領は過去一人もいなかった。執念の一言ではかたづけられない権力への固執は、トランプ票を底上げし、数日間もバイデンが勝利宣言するのをためらわせた。米国の地図上に勝敗を分ける青(民主党)と赤(共和党)の分布を見ると、多くの人が愕然とするはずだ。東西の海岸部、シリコンバレーなど新興産業が発展し、名門大学があり高所得、高学歴の人々が住む地区はブルー一色。黒人、ヒスパニックなども民主党支持が多い。半面で米国の中心部ともいえる中西部などは赤い共和党色に染まる。農業地帯やさびれた産業のラストベルト地帯も多い。。この二分された米国の修復は容易ではない。バイデンの言う「ノーサイド。国民は団結しよう」の掛け声に耳を貸さない人々も数多い。

トランプ政権は、自国が主軸となる通商協定を最重視してきた。。一方でオバマ民主党政権は、ある意味で中国包囲網ともなる環太平洋をぐるっと囲んだTPPを進めた。トランプで反故にしたが、オバマの下で副大統領を務めたバイデンはTPP復帰へどうするのか。
国務長官に側近ブリンケン氏
 バイデン政権で閣僚がどうなるかは重要だ。特に外相にあたる国務長官と、通商交渉を担当するUSTR(米通商代表部)代表が新国務長官には側近でブリンケン氏就任が決まった。トランプ政権のライトハイザーUSTR代表は、かつての日米経済摩擦激化の時の鉄鋼輸入制限交渉などでタフテネゴシエーター(手ごわい交渉相手)としてならした。日米交渉でも強硬姿勢を懸念する声があったが、結果は何とかTPP11の合意内容の範囲内に収まった。特に日本政府が憂慮したコメについては一定の配慮がなされた。ライトハイザーは最後まで乳製品の一層の市場開放にこだわったが、最終的にはトランプの判断で見送った。トランプ政権での通商交渉は、対中攻撃に全力を挙げ、他の交渉にまでそれほど手が回らなかったという側面も強い。

大統領選の混乱をほくそ笑んでいるのは、もう一つの経済大国・中国の習近平主席だろう。トランプ時代に標的にされ振り回されてきた中国は、既に様々な角度で対米戦略を練っている。どう出るか予測不能なトランプよりも、専門家チームの助言に基づき手を打つバイデンの方が組みやすいと思っている節がある。米国の混乱に乗じ、一層の中国の影響力拡大を図ろうとするに違いない。
一方で、トランプかバイデンかどちらでも米中対立は続くとみて、10月下旬の中国共産党中央委員会第5回全体会議(5中全会)で、習は今後の経済政策を〈双循環〉なる言葉で説いた。内外2つの経済循環、つまりはこれまでの輸出一辺倒から14億人の人口を生かした内需拡大で、米中対立の長期戦に備えようという構えだ。
中国が警戒するのは、バイデンの人権重視の姿勢だ。香港問題に典型なように、中国は一党独裁に反対する勢力は一掃する。一方でバイデンは自由選挙と言った民主主義、人権を重視する。トランプは経済しか興味がなかっただけに、大豆の輸入拡大など数字でごまかせた。しかし、バイデンはそうはいかず、中国にとってやっかいなことになる。
当面は気候変動対応など米中が協力してやるべきことを前面に出し、表面的な協調姿勢で取り繕うだろう。だが米国の対中貿易赤字は膨らんでおり、水面下では激しい経済紛争が続くはずだ。
米民主党政権へのトラウマ
 バイデンの言う「協調と団結」が現実のものになれば結構なことだ。だが、冒頭でも指摘したように、米国内の亀裂はさらに深まり、トランプ現象とされる「自国第一主義」は世界を覆う。まずは、国連を軸にした気候変動対応や世界貿易機構(WTO)の新事務局長を迅速に選任し再び貿易ルールを作り直さねばなるまい。2国間を中心とした自由貿易協定(FTA)が大手を振っている現状はやはり是正すべきだ。TPPが次期通商交渉の基準となるとの指摘もあるが、原則関税ゼロは「異常な協定」と言わざるを得ない。再考が欠かせない。
 さて新大統領は今後どういう出方をするのか。対日関係はどうなるのか。経験則で言うと、民主党政権の時に、日米関係は波立ち、特に経済摩擦が激しくなる。特に注意したいのはコメ問題だ。主産地カリフォルニア州は選挙人55と米国最大の民主党の牙城。日米通商交渉には、民主党の地盤の要求が強まることは間違いない。支持母体に労組も多く名を連ね、自動車産業の声も代言する政治対応をあるはずだ。駐日米国大使をどういったレベルの人材を充てるのかも注視したい。

バイデンは人柄の良さから名前のアンクル・ジョーと呼ばれる。「ジョーおじさん」は間もなく78歳と最高齢の米大統領が誕生する。あの温厚な笑顔の裏には何が隠されているのか見極める必要がある。上院議員を長年務め、オバマの下でで8年間も副大統領をこなした。つまりは、したたかな政治のプロだ。同盟関係を重視ながらも、やはり米国の利害を第一義的に思い行動するに違いない。つまりは「バイデンは甘くない」と見ていい。最後にホッとする話題を。日本にも「ジョー・バイデン」と話題の熊本・山都町の梅田穣町長。〈穣 梅田〉が音読みで〈ジョー・バイデン〉となる。団塊世代で、震災に見舞われたJAかみましき組合長、6年前にはJA熊本中央会会長も務めた元農協マン。くまモンも加勢し、町ではバイデン大統領誕生にあやかり地域おこしに生かせないか検討中だという。
大統領選と米中激突の行方
 日本の立ち位置を端的に示す言葉は、自由で開かれた「インド太平洋」構想だ。日本は歴史的に米中の2大国の間で揺れ続けた。両者を敵に回したときには、歴史的な手痛い敗北を喫している。先の大戦が典型だ。そこで、戦後、自由陣営に身をゆだねた日本の外交基軸の根幹は日米同盟の深化に尽きた。米国は沖縄の米軍基地を対アジア、特に中国、朝鮮半島をにらむ軍事的拠点と位置づける。安倍、菅政権と受け継がれる「インド太平洋」構想は、外交、軍事が結び付き対中政策の柱となりつつある。菅義偉首相は所信表明で「インド太平洋」との言葉を使ったが、あえて「構想」とは言わなかった。中国が同構想を「対中包囲網」として危惧しているためだ。習近平国家主席の訪日が政治日程に上がっている中で、へたに中国側を刺激したくないとの思惑が透けて見える。日本の対中対策は和戦両様といったところだ。中国とは経済的な友好関係を保つ一方で、尖閣諸島をはじめ軍事的安全保障は日米が歩調を合わせ中国に対抗する。そこで、日本の今後の外交戦略で重要となるのは、この両国の政治戦略を精査しどう付き合っていくのか。特に米大統領選後の対応が鍵を握る。
対中関係で菅政権正念場
 一方で中国はどう出るのか。トランプ、バイデン両氏どちらになっても米国の対中姿勢は厳しくなることに変わりはない。米国は今、19年前に中国を世界貿易機関(WTO)に招き入れたことを後悔している。国際通商ルールに従わせれば、やがて中国内も民主化し世界と協調体制を取る。そんなシナリオは悪夢に終わった。WTOの途上国条項も最大限に活用しながら経済大国化し、経済規模は10年前に日本を抜き世界2位になり、米国に迫ってきた。党主導の「国家資本主義」ともいえる体制で経済発展を遂げる。国家が前面に出たコロナ封じ込めで経済はいち早く復調してきた。共産党の一党支配で自由を弾圧する強権、領土拡大の膨張主義を推し進める。
 ここで今後の習政権の出方を占う出来事を見たい。10月末の中国共産党の重要会議、5中全会(中央委員会第5回全体会議)の決定内容は示唆に富む。実は中国は今後、国家的なイベントが続く。来年夏には中国共産党創建100年、翌2022年2月には北京冬季五輪。今回の5中全会は25年までの次期5カ年計画と、35年までの長期目標も議論した。2035年は現在の2020年と、中国建国100周年となる2049年の中間年に当たる重要の年だ。
中国は対米長期戦に覚悟を決めた。10月の朝鮮戦争参戦70年式典で習主席は、米国を念頭に一国主義、保護主義を批判した上で、主権が侵されれば「正面から痛撃を与える」と強硬姿勢を示した。先の5中全会では「双循環」というキーワードを使った。国内と海外の二つの市場を指す。つまり、米中紛争の長期化を覚悟し国内、つまりは10億人以上の巨大市場を生かす内需拡大に舵を切った。米国の制裁関税など経済的圧力にも屈しない「自力更正」という毛沢東時代の言葉もキーワードにしながら、対米紛争を勝ち抜く姿勢だ。こうした中で、米中双方との関係改善を目指す菅政権も正念場を迎える。
(次回「透視眼」は2021年1月号)