世界を舞台に、相次いで開いた国際会議は通商問題で保護主義反対を相次いで打ち出したが、具体策には乏しい。さて国内農業、酪農に深刻な影響を与えかねないTPP(環太平洋連携協定)の行方はどうか。全ては十一月八日投・開票の米大統領選の結果次第となる。一方でTPP国内対策の国会審議を巡り十月下旬から十一月は批准の是非を巡り与野党の激しい攻防は必至だ。規制改革の一環で打ち出された指定生乳生産者団体制度の抜本的な見直しも同時並行に政府・自民党の協議が進む。TPP国内対策に関連し、唯一、条約発効を待たずに措置を明文化した液状乳製品の補給金対象への組み込み論議への影響も懸念される事態だ。
「アベノミクス加速国会」へ
九月初め、中国・杭州での主要二〇カ国首脳会議(G20)後の記者会見で安倍晋三首相は十一月末までの会期とした秋の臨時国会を「いわばアベノミクス加速国会としたい」と強調した。今国会は重要法案、案件がめじろ押しである。中国経済の減速や英国のEU離脱問題、とどまるところを知らない民族・宗教紛争など世界中で経済の下振れリスクが強まる。臨時国会で事業規模二八兆円の経済対策を決定し補正予算を編成し早期成立を目指す。この中には畜産クラスターの増額分なども含まれる。消費税引き上げ再延期の法案やTPP条約承認案・関連法案などもある。首相は「出来るだけTPPを早く承認することで早期発効の弾みにしたい」と強調する。
自由化・投資を促進するTPPはアベノミクスの経済成長戦略の柱の一つ。だからこそ、国内農業者の強力な反対運動を抑え込み大筋合意にこぎつけた。だが批准には国内農業の打撃をできるだけ緩和する食肉のマルキン拡充や生クリームなど液状乳製品を新たに加工原料乳補給金対象に組み込む法案などを可決しないとならない。特に北海道対策と府県酪農との「棲み分け」を可能とする一二〇万トンある液状乳製品の補給金対象はTPP発効を待たずに措置となっている。十二月の来年度加工原料乳補給金単価設定の議論ともつながる。
TPP国会審議はまずは衆議院で、補正予算案が通過した後の十月中旬以降、本格化する。だが、前回の国会で西川公也衆院TPP対策委員長の「暴露本」を巡り国会審議がストップしたように、何らかの国会運営上の問題や新閣僚のスキャンダルなどが起きれば、国会は直ちに滞る。予定の審議時間を超えたとして自公政権がTPP承認の「強行採決」にでも踏み切れば大きな国会混乱は避けられない。石原伸晃TPP担当相は「米大統領選後のレームダック国会に入る前の批准・承認が望ましい」としており、首相の大きな政治決断は十一月にも迫られる可能性がある。
クリントン、トランプとも「TPP反対」
さてTPP発効の最大のカギを握る肝心の米国の動向はますます雲行きが怪しくなってきた。通常、自動車産業の集積地・ミズーリ州などでは自由化問題にはブレーキをかけるなど大統領候補の発言は政治的意味合いを読み解く必要がある。だが投開票が近づくにつれ、発言はあいまいになり、大統領就任時にはある程度フリーハンドで政策判断ができるように対応するのが一般的だ。ヒラリー女史の夫・ビル・クリントンの場合がまさにそう。一九九二年の民主・クリントンVS共和・ブッシュ(父)の争いは経済問題に焦点が移る。特に、米国の労働者の雇用を脅かしかねないとして北米自由貿易協定、いわゆるNAFTA(ナフタ)の是非を巡り、クリントンは最初は反対姿勢を示すが、徐々に態度を変え最終的には条件付き賛成とした。クリントンは大統領になるとNAFTA批准どころか二一カ国・地域で構成するアジア太平洋経済会議(APEC)首脳会議を活用し、七年かけ難航していたガット・ウルグアイラウンド合意の地ならしもしてしまう。大統領選後の態度豹変は要注意だ。
だが今回のヒラリーVSトランプはちょっと様子が違う。まともな選挙戦ではない。共に「TPP反対」を鮮明にしてきたからだ。最終的にヒラリーはTPP承認に傾くとされたが、選挙戦は接戦でとても自動車産業・労組に評判の悪いTPPを賛成する雰囲気ではない。さらには同じ民主党内で最後まで候補者争いをした左派・サンダースが「反TPP」の急先鋒だったことも影響する。
TPP交渉参加十二カ国の中で、米国はGDPで六割を占める。つまり、米国抜きのTPP発効はあり得ない。全ては米国次第だ。クリントン大統領となれば大筋合意案の無条件受け入れは難しくなるだろう。再交渉ともなれば、他国が許さない。だが米国は唯一の超大国だ。わがまま米国に本当に逆らえる国はあるだろうか。日本がTPPで国会承認を急ぐ理由は国としてTPPを決めてしまえば、再交渉には応じないとの米政権へのメッセージになるためだ。だがそんなことを気にする鷹揚な国だろうか。平気で再交渉を迫ってくる可能性は十分にある。
アフリカ市場どう生かす
世界は米大統領選を台風の大きな渦にして、自由化の流れが変わってきたよう見える。こんな中で注目を集めるのが人口急増地区で地下資源が豊富なアフリカだ。農業面でも相互協力関係を強める時だろう。
日本政府が主導するアフリカ開発会議(TICAD)が八月あった。今回は初めてアフリカでの開催となったが、重点テーマが経済成長、ビジネス分野での協力に移ることが大きな特徴だ。人口急増地域であるアフリカは内戦などで慢性的な食料輸入国が多い。農業振興こそが経済成長の礎である。日本は、今回の首脳会議を通じアフリカの農業再興をてこに地場産業の育成に尽力する方向も打ち出された。今回のTICADは「援助」から「投資」への重点が移り、同地域が中国シフトを強める中で日本・アフリカ関係強化の大きな転機となるだろう。だが難題は多い。基本的視点は地域力を生かした農業振興こそが重要だ。JICAやJETROなどが現地指導に力を入れる。既に干ばつに強い多収性のネリカ米などの実績はあるが、一層の農業振興が求められる。
一九五〇年代に次々と独立したアフリカ諸国は農産物の輸出大国でもあった。だが米ソ冷戦を背景とした度重なる紛争や気象災害で国土は荒れ果てた。豊富な鉱物資源は多国籍企業の収奪に合う。中東や韓国など自国食料を賄えない国はアフリカに農地を求めた。ランド・ラッシュと呼ばれる土地収奪だ。これではアフリカ農業は育たない。逆に小麦、トウモロコシ、米など基礎的食料さえも不足し食料輸入大国に転落した。貴重な外貨の浪費は経済発展はより困難にする。さらに、人口増と食料輸入の同時進行は、世界の食料安全保障上も大きな問題となりかねない。
一方で、ここ十五年で格段に影響力を強めてきたのが中国だ。習近平主席の二一世紀陸と海の新シルクロード「一帯一路」路線でアフリカは欧州をつなぐ海上の要所と位置付けられる。今回の安倍政権によるTICADアフリカ開催はそうした中国への対応の意味合いも色濃い。中国は実質的な経済援助約束の舞台となるアフリカとの経済フォーラムを三年に一度開く。日本のTICADを模したものだが、アフリカ・中国関係は格段に強まっている。今回の日本からの経済界が大挙して訪問するのは、まさにビジネスチャンスとしてアフリカに照準を当てたものだ。これまでは日本から自動車を中心に輸出、アフリカからは鉱物資源の輸入する仕組みだった。今後は日本企業がアフリカに積極的に投資し現地企業の買収や合弁などを行う。酪農・乳業で日・アフリカの関係強化の「青写真」は何か描けないものか。
(次回「透視眼」は12月号です)