ふくおか県酪農業協同組合

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寅年は危険と裏腹に 酪農のカギは効率化と環境重視
2022年(令和4)はどんな年だろう。五里霧中だが、二つの波乱要因があるのは間違いない。コロナ禍と米中対立だ。この2大リスクが国内外を揺さぶる。年末年始の生乳廃棄危機も典型だ。コロナ禍で積み上がった過剰乳製品の重さは当然、乳価交渉にも影響を及ぼす。寅年の今年、〈こしょうふうしょう〉と読む「虎嘨風生」を思い浮かべる。ここは情勢を冷静に見極めながら奮起、再起を待つことが肝要だ。
※虎嘨風生(制限漢字なので辞書で確認ください)
〈虎穴虎子〉と〈虎尾春氷〉
寅年にちなみ、四字熟語は多い。いずれも虎の勇猛さに因む。だが勢いは危機突破にもなれば、かえって危険を招くことにもつながる。

冒頭で〈虎嘨風生〉と難解な言葉を挙げたが、優れた能力を持つ者が機会を得て奮起することの例えだ。中国の古典「北史」にある。虎がほえて風が激しく巻き起こる様で、活路を開く。
〈虎穴虎子〉は誰もが知る。危険なことをしなければ大きな利益を手に入れることはできない。半面で〈虎尾春氷〉は、「虎の尾を踏んで春の薄い氷の上を歩く」から、極めて危険なことの例え。コロナ禍の今は、後者の状態にあるかもしれない。ここは〈虎視眈々〉と、状況を見極めた慎重な対応こそが問われる。
21農政重大記事を振り返る
昨年2021年は重大ニュースは枚挙にいとまがない。気候変動、米中対立激化、総選挙、コロナ禍で深刻化する「コメと生乳」過剰など、課題山積の1年となった。

10に絞り記者の見た今年の重大ニュースをまとめてみた。
まずはコロナ禍。ワクチン接種が進み収束しつつある一方で感染力の高い変異株拡大などコロナの影響はまだまだ続く。

さらには米中2大国の対立激化とその余波。こうした中でも、世界は気候変動対策と環境政策重視が問われる。農業・食品の文脈で考えれば国連食料システムサミット(FSS)やこれを踏まえた農水省の「みどりの食料供給システム戦略」(みどり戦略)なども動き出した。
記者の見た2021年重大ニュース
1コロナ禍 深刻なコメ、生乳過剰
2気候変動と環境重視
3国連FSSと「みどり戦略」
4米中対立さらに激化
5東京五輪と被災地支援
6メガFTA・RCEP合意、22年発効
7岸田政権と総選挙
8年末年始の生乳廃棄危機
9畜酪決定で脱粉2・5万トン処理対応
10農林水産物・食品輸出初の1兆円台
コメ需要初の700万トン割れ
コメ過剰に伴う米価下落を受け、政府は市場隔離的な効果を狙い2020年産米在庫のうち15万トンの「特別枠」を設定した。ただ、特別枠は本来の市場隔離とは違い一定期間を過ぎ保管後は主食用米の市場に出回るため、米価下落対策としての効果を疑問視する指摘も多い。

コメ問題で一番の課題は年間10万トンベースと、他作目にはない大きな需要減が止まらないことだ。需給を合せようと産地側は主食用米の生産を抑制するが、いずれ対応には限界が来る。まずは、来年の作況がどうなるのか。もし、豊作に振れれば、コメ政策は深刻な事態を迎える。

農水省は22年産主食用米の適正生産量を675万トンと示した。前年産より面積換算で約3%減らす必要がある。21年産の作況指数108と大豊作を記録した全国一の産地・北海道はさらに「深掘り」が迫られている。
生産面の議論ばかりが目立つが、需給のもう一方も側面、需要・消費の見通しはさらに暗い。農水省は主食用米需要量を692万トンと試算した。〈700万トン割れ〉は戦後日本の農政で史上初めてだ。需要喚起に官民の総力を挙げないと、稲作農家の先行きは見通しが立たなくなる。
前代未聞の年末生乳廃棄の恐れ
12月に入り、NHK19時の全国ニュースをはじめ、全国ニュースとなっているのが年末年始の生乳廃棄懸念だ。コロナ禍で乳製品在庫が積み上がる一方で、肝心の牛乳の家庭内需要が伸び悩み、生乳需給ギャップが一挙に深刻化した。

実際に、乳業工場の処理が間に合わず生乳廃棄の事態となれば、前代未聞の出来事となる。国、関係者挙げ消費拡大、生産現場での一時的な生乳出荷抑制などを呼び掛けている。ただ、コメ過剰と全く性格が異なるのは、牛乳・乳製品の需要減がコロナ禍の外食需要落ち込みが主因の一時的な現象とみられていることだ。「コメと牛乳」は同じ700万トンを〈境〉に、コメが初の700万トン割れとなる一方で、生乳は2030年に780万トン需要へ傾向的には増産基調となる。「コメと牛乳」の〈格差〉はさらに広がる。
「みどり戦略」とRCEP発効
気候変動対策は国際的にも待ったなしの課題となる。農政の柱も環境重視、有機農業振興へ徐々にシフトせざるを得ない。
今年の農政課題でも、9月の国連FSSも受け「みどり戦略」推進が問われ、22年は法制化も予定されている。ただ、実際の「みどり戦略」実践には、これまでの農法転換も含み、農業者に大きな負荷がかかる。政策支援を含め産地単位での実践が求められる。

一方で市場開放の流れは止まらない。1月1日にはメガFTAの一つ、東アジア地域の包括的経済連携協定RCEP(アールセップ)が発効する。2月には参加国の韓国でも動き出す。
同じメガFTAでもTPPとは違い、重要5品目除外など、自由化度は低いが、中国が参加した初めての広域経済協定だけに、今後の対応を注視する必要がある。
野党失速と迫る7月参院選
今後の農政に大きな影響を及ぼす4年ぶり「政権選択」の総選挙が昨年10月末にあり、自公政権が安定多数となった。発足直後に解散・総選挙を打った岸田首相は、自民党単独で「絶対安定多数」を得て政権基盤を強固にした。

昨年10月末の衆院選で注目の数字を二つあった。〈233と261〉。もう一つは〈210と140〉。
先の数字は過半数と絶対安定多数。自民は議席を減らしたものの、当初予想から一転し小選挙区で地力を見せ絶対安定多数も確保、実質勝利という内容だ。まともに逆風を受けたのが野党第1党、立憲民主党だ。先の〈210と140〉は立民絡みの数字。野党4党共闘の選挙区210余。次期衆院選の政権を目指す足がかりとして1990年土井社会党ブームで獲得した136を念頭に〈140〉を挙げた。だが、比例で伸び悩み議席数96と、政権が全く見通せない二ケタ政党に落ち込んだ。

躍進したのは日本維新の会。現有11から41とほぼ4倍の30議席増。自民15、立民14の議席減と合計した数字とほぼ合致する。維新は規制改革、農業でも合理化農政を掲げる。今後の動向に注意が必要だが、国会での発言力は飛躍的に高まっている。政治は結果であり、特に総選挙での勢力図・議席数は何よりも重いのは間違いない。

問題は6カ月後7月10日ともされる国政選挙・参院選だ。野党共闘の在り方も当然問われる。執行部を一新した立民が再び惨敗となれば求心力はさらに低下し〈分裂〉の二字も浮上するはずだ。半面、自公政権に厳しい審判が下れば、岸田政権の足元は揺らぎかねない。全ては、年明け1月下旬からの通常国会の論戦にかかる。
光明は「家族酪農家頑張れ」の輪
先行き不透明だが光明はある。先の年末年始の生乳廃棄の中で全国に広がった「酪農家頑張れ」の声と、消費者による「牛乳もう一杯飲もう」の実践だ。
家族酪農への応援歌は、需給危機改善の一助となった。
20年ぶり畜産局復活と限界
農水省の組織再編で昨夏20年ぶりに復活した畜産局。初の大仕事が昨年12月24日クリスマスイブの22年度畜酪政策価格・関連対策の決定だった。
特に、自民党農林重鎮の江藤拓・党総合農林調査会会長が農相時に畜産部から格上げを主導しただけに、思い入れは人一倍だ。それが今回の政策決定にも色濃く反映されたと言っていい。
ほぼ、畜酪対策では酪農問題が大きな課題となる。復活・畜産局への期待の高まり。だが、実態は財政の厚い壁が存在した。新生・畜産局を率いる畜産局長と過剰が深刻な生乳需給を担当する牛乳乳製品課長も畜酪行政への経験はほとんどない。〈期待〉と〈限界〉の振り子は右に左にと揺れた。
脱粉在庫深刻で2・5万トン対策
最大焦点は、放置すれば乳牛淘汰も伴う減産となる生乳需給緩和への対応だ。農水省は当事者間の取り組み注視を繰り返した。危機感を募らせた業界は、Jミルクが調整しながら乳業メーカーと生産者団体が脱脂粉乳2万トン、試算約80億円の飼料用への輸入代替措置実施で合意した。
加工原料乳地帯で全国生乳の約6割を占める北海道・ホクレンの対応は限界に来ていた。既に今年度も道独自対策として90億円、酪農家段階で乳代キロ2円以上を負担している。中央酪農会議などは全国で支え合う仕組みで、対応強化を行う。大手乳業なども同意し業界挙げ、過剰が特に深刻な脱粉2万トンの在庫削減を進める。こうした動きに、具体的に国がどう支援するのかが問われた。
昨年12月23日の政府・与党合意を経て、24日の農水省食料・農業・農村政策審議会畜産部会で正式決定した内容は、生乳需給対策で国が農畜産業機構(ALIC)財源約37億円を支援する。酪農・乳業が40億円ずつ合計80億円とほぼ見合いの金額となる。政府支援の内訳は脱粉対策に28億3000万円、販路拡大に残り8億4000万円。
ここで注目されるのは、脱粉の輸入代替をさらに5000トン上積みして2・5万トン処理とした点だ。つまりは国が、生乳生産の上振れ、牛乳消費の停滞も念頭に現状の乳性過剰の深刻度を重く見ている証左とも言える。
畜産クラスター償還問題
年末年始の生乳廃棄懸念で一挙にクローズアップされた生乳過剰問題。一方で畜酪生産基盤強化へ資金をつぎ込む畜産クラスター事業との整合性も問われた。
規模拡大、増頭・増産を促すクラスター事業と、酪農家への生産抑制呼びかけは、いわばアクセルとブレーキを同時に踏むような「矛盾」した対応だ。
生産現場は、増産を見込んでクラスター事業で多額の融資を受けている。減産となれば償還が滞りかねない。そこで、農水省は日本政策金融公庫に償還猶予を求め、同公庫も酪農家を対象に相談窓口を開設した。
酪農3点セットと「全て据え置き」
農水省は今回、乳価、肉用子牛保証基準価格など22年度政策価格を全て据え置くという〈ウルトラC〉を演じた。酪農、畜産とも「全て据え置き」はほとんど前例がない。 畜産部会で算定方式を細かな数字で説明したが、どうやって据え置きになったのか。かつての生産者米価算定でもそうだったが、最初に結論ありきの「逆算当てはめ方式」で関連数字を修正するしかない。
特に難航が予想された酪農関連は〈3点セット〉の連立方程式で解を求める作業が強いられたはずだ。加工原料乳補給金キロ10円85銭、かつての限度数量に当たる総交付対象数量345万トン、さらには脱粉2万トン処理への財政支援の3つをどう優先順位を付け、自民党農林議員と財政当局の理解を得ながら、軟着陸するのか。

最優先は脱粉処理への財政支援に絞られた。連立方程式の重要要素をピン留めし解へと導く。すでに北海道は乳製品過剰処理で酪農家の乳代からキロ2円強を拠出し、実質的な乳価下げを強いられているのが実態だ。そこへの支援は酪農家の経営支援と表裏一体と言えた。
加工原料乳補給金、集送乳調整金は、直近のコスト高をどう反映するのか。一方、脱粉対策最優先で財源は限られ、据え置きで関係者の納得を得た。増産に伴い交付金キロ10円85銭の対象外となる加工向けも数十万トン出るが、乳製品需給実態を踏まえ救済措置は見送られた。
乳と肉の政策バランスにも腐心
畜酪対策で乳製品過剰が最大焦点となったが、農水省は畜産、食肉対策にも目配りし政策的バランスに腐心した。
畜産議員の重鎮は南九州出身者が多い。しかも、ALIC財源の中核は元々輸入牛肉などの差益金。畜産への配慮も欠かせない。肉用牛経営安定対策として、優良な繁殖雌牛導入に1頭4万円など、新たな支援を明示した。
生乳過剰問題一挙に全国課題に
生乳需給緩和から、年末年始の生乳廃棄が約5000トン出かねない異常事態が、昨年12月中旬からマスコミで一斉に全国報道され、過剰問題は一挙に国民の関心事になった。SNSなどを通じさまざまな情報に転用され拡散した。
中央酪農会議、日本乳業協会、Jミルクと中央3団体も12月14日から消費拡大と生乳出荷抑制を幹部が呼び掛ける緊急動画ビデオを流すなど、年末に向け危機感が募る。業界に比べ対応が遅れていた農水省も同17日から「NEW(乳)プラスワンプロジェクト」を立ち上げ、牛乳消費喚起に本腰を入れ始めた。
自民江藤「算定通りにはいかない」
この年末年始の生乳廃棄危機の背景には、積み増す乳製品在庫と年間400万トンある飲用牛乳の消費伸び悩みがある。

畜酪論議に残された時間はわずかで、昨年12月21日の臨時国会閉会を前後して今週一気に動き出した。
課題に酪農対策で、農水省は現行キロ10円85銭の加工原料乳補給金等(うち補給金8円26銭、集送乳調整金2円59銭)とかつての加工原料乳限度数量に相当する総交付金対象数量345万トンの扱い。さらには過剰乳製品対策がある。
農水省幹部は当初、「補給金、交付数量は算定ルール通り」としていたが、自民党内の反発が相次いでいる。中でも事実上、畜酪政策決定を左右する農林重鎮の発言に注目が集まった。
自民畜産振興議連の森山裕会長は「算定方式は尊重した上で、コロナの影響をどう見ていくのか。生産者がこれから頑張っていける結論にしたい」と強調。江藤拓総合農林政策調査会長は15日の党畜酪委で「ルールに沿った計算式も使うが、その中に政治家の意見や判断を入れていく」と、あくまで政治判断を明言した。両者とも農相経験者であり、特に江藤氏は畜産部を畜産局に格上げした当事者だけに、発言の持つ意味を農水省は極めて重く受け止めざるを得ない。そして、財政状況を前提にしながら先の〈酪農3点セット〉を踏まえ、過剰乳製品の処理を最優先に対策を取った。


(次回「透視眼」は2月号)