ふくおか県酪農業協同組合

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自由化の「嵐」と自給率低下 食料安保確立へ江藤農相の手腕問う
 度重なる「トランプ台風」の襲来は、国際経済に混乱を招く。特に米中2大経済大国の激突は、日本農業にも影響を及ぼす。こうした中で、農水省による今後10年の農業展望を描く食料・農業・農村基本計画見直し論議も始まった。大きな課題は、貿易自由化の「嵐」の中で、都府県酪農をはじめとした生産基盤の立て直しと食料自給率の底上げだ。江藤拓新農相は畜産議員でもある。さっそく10月の臨時国会でその手腕が問われる。
対中国念頭に日米合意急ぐ
 いくつかの疑念を残しながら9月下旬、日米首脳会談で事実上の日米貿易交渉が大枠合意した。建前上は1年前の両国首脳間で交わした共同声明の範囲内で決着となっている。つまり、環太平洋連携協定(TPP)以上の譲歩はないということだ。
 だが、ならば米国はわざわざTPPから離脱する必要はなかった。逆に言えば、多国間交渉から二国間協議に転換することで唯一の超大国の腕力を存分に発揮する深謀遠慮が透けて見える。

 案の定、今回の交渉で日本は大きな譲歩をのまされたと言っていい。最大の課題は自動車を巡る攻防だった。日本にとって、日米協議での最大のメリットは関税率2・5%の自動車の自由化だ。一方で、自動車はいまだに米国の基幹産業の一つ。関税撤廃はのめる相談ではない。以前、TPP事前協議で米国は25年先に自動車の関税撤廃を約束していたが、今回の大枠合意ではそれすらも反故にした。

 半面、日本にとって「守るべき本丸」の農業は攻撃にさらされた。関心品目の牛肉は、TPP同様、最終関税率が9%と現行の4分の1に引き下がる。しかも、米国離脱後の11カ国によるTPP11(イレブン)の年次別関税削減率に合わせる。これでは米国優遇でTPP超えとなる。

 乳製品は、日米で焦点の一つだった。TPP協定では乳品の低関税枠は国別区分がない。米国が抜ければ、もともと大幅な市場開放を求めていたニュージーランドなどが枠を占めてしまうことは明らかだ。米国はどうするのか。日本政府は新たな対米乳製品低関税枠の設定は見送ったとしている。果たして本当なのか。別に乳製品で「裏取引」はないのか。今後、十分に検証する必要がある。

 気になるのは、通商交渉担当の米国通商代表部のライトハイザー代表が「農業分野では牛肉・豚肉、乳製品、ワインなど多くの品目で米国の農家にとって大きな恩恵がある」と合意内容を手放しで評価していることだ。政治的発言ということを差し引いても、今後、米国内での説明も注視する必要がある。
基本計画見直し本格論議
 相次ぐ大型通商交渉が決着し、安価な輸入農畜産物が日本市場目掛け押し寄せるつつある中で、ようやく今後10年を見通した基本計画の見直し論議が始まった。

 課題は生産基盤の弱体化にどう歯止めをかけるか。基本計画で目標とされている自給率(カロリーベース)45%実現へどう生産目標数量を達成していくのか。大規模担い手ばかりでなく、家族農業、中山間地農業を後押しする地域政策の拡充も問わる。安倍再改造内閣で新農相に就任した江藤拓氏は宮崎出身で、父親・江藤隆美氏に続く親子二代の生粋の自民党農林族だ。畜産行政にも明るく、就任後の記者会見で基本計画に策定に関連し「家族農業への配慮」なども強調した。10月4日からの臨時国会でも、弱体化が進む日本農業の生産基盤強化への毅然たる決意が求められる。
新酪肉近の課題
 基本計画見直しと併せ、今後10年を見据えた新たな酪農肉用牛近代化方針(酪肉近)の論議を本格化する。最大の焦点は、生乳増産にどう道筋をつけるか。改正畜産経営安定法(畜安法)に伴う需給調整機能の強化も課題だ。将来展望のある畜酪に向け具体的な議論を深めるべきだ。

 8月の生乳流通業者を対象とした食料・農業・農村政策審議会畜産部会は、新酪肉近の展開方向を考える上で大きな意味を持つ。今後の課題に向け、核心を突いた議論提起が出た。
 ホクレンや九州生乳販連の指定生乳生産者団体生産者団体、乳業メーカー代表らが意見を述べた。共通の課題として挙げたのが、生産基盤の弱体化が著しい都府県酪農の立て直し。存在感を増す年間出荷乳量1000トン以上の大型酪農ばかりでなく、今後の地域の維持・発展には家族農業が重要な役割を果たすとした点だ。

 つまり、次期酪肉近では多様な担い手を支援する対策の充実を求める声が相次いだ。用途別販売を適切に確保するため、生乳400万トン時代に突入する北海道酪農とともに、都府県の酪農振興が喫緊の課題とも指摘された。

 日本乳業協会の西尾啓治会長(雪印メグミルク社長)は「乳業は国内酪農なくして存在できない」と酪農・乳業一体論を強調。10年後の生乳生産目標として800万トン(現行750万トン)と初めて具体的な増産目標を示した。
 また西尾会長は、指定団体の機能強化にも言及した上で、改正畜安法が本当に公平性が確保させる仕組みになっているのか」として、検証と必要に応じた制度改善を求めた。指定団体代表からも改正畜安法に伴い、いいとこ取りの部分委託が増え、指定団体の共販率低下の実態も訴えた。新酪肉近論議ではまず、改正畜安法の十分な検証と課題整理が欠かせない。

 2018年4月に施行した改正畜安法は、生乳一元集荷を規定した指定団体制度を抜本的に見直し、生乳流通自由化を促した。規制改革論議の中で突如浮上した酪農制度改革の一環だ。通常、畜酪関連の大きな制度改革は食料・農業・農村政策審議会畜産部会で論議されるが、単なる経過報告にとどまったのが実態だ。政府・与党の政治調整に終始し、官邸主導農政による審議会軽視の典型となった。

 それだけに、2020年度から10年間を展望する新酪肉近論議の行方に関係者の関心が高まっている。来春期限を迎える基本計画見直しの一つだ。だが、規制改革論議の中で酪肉近が全く想定しなかった生乳一元集荷撤廃という新たに加わっただけに、今後の畜産部会でどれだけ建設的な論議ができるかが問われる。
 新酪肉近論議も企画部会での基本計画見直しと同様、生産現場の声を含め関係者のヒアリングを重ねてきた。同省はこれらの報告や質疑応答を整理し参考にした上で、9月から本格検討を開始した。議論を深めていかねばならない。

 意欲的な生産意欲を示した若手経営者や後継者を集めた先日の畜産部会では、委員から「日本の畜産、酪農の将来に大いに期待を持てる」など前向きな受け止めが出た。優秀な先進農家に限定すれば、こうした声が出るのは当然だ。しかし、それだけでは日本の畜酪が抱える構造問題を見失う。「木を見て森を見ない」ことになりかねない。歯止めがかからない生産基盤をどう立て直すのか。水田農業のフル活用や循環農業の推進を考えれば、畜酪なしに地域農業は成り立たない。家族経営もしっかり政策に位置付け、全体をどう底上げしていくのか。自給飼料確保を基本に、食料自給率と自給力をどう引き上げていくのか。
道と都府県と均衡発展必要
 北海道酪農が初めて「生乳400万トン時代」に突入する見通しとなった。一方で、用途別販売を担保するには都府県の酪農生産基盤の立て直しが急務だ。改めて問われるのは、北海道と都府県の均衡ある発展である。
 道産生乳400万トンの大台となるのは、道内関係機関挙げての支援体制と、今年創設100年を迎えた指定生乳生産者団体ホクレンの販売力に負うところが大きい。北海道十勝管内の酪農家一家が主人公のNHK連続テレビ小説「なつぞら」で描かれた開拓者精神が、今の大産地の地位を不動にしたことも忘れてはなるまい。

 だが、国内酪農を巡る情勢は、北海道酪農の増産が課題を解決すると言える単純なものではない。リスクは三つ。生産基盤、後継者など「酪農リスク」、改正畜産経営安定法に伴う指定団体の一元集荷廃止など流通ルート多様化による「政策リスク」、さらには通商問題での「自由化リスク」だ。
 まず「酪農リスク」。道産生乳が400万トンを超す見通しの一方で、都府県の酪農の地盤沈下に歯止めがかかっていない。このまま、都府県の減産を道産生乳が穴埋めする構図が広がれば、一段と飲用向け生乳に傾斜する。

 半面で、道内の主産地に配置された4大乳業メーカーの大型乳製品工場の稼働率が低下していく。それに、生乳輸送タンカー「ほくれん丸」を増強したと言っても、輸送能力には限界がある。高騰する物流コストや輸送、運搬に際しての人員確保の課題も深刻だ。
 こうした生産基盤を柱とした「酪農リスク」に対応するため、北海道と都府県の酪農均衡発展が欠かせない。「酪農・乳業一体発展論」を唱える川村和夫Jミルク会長は、生産基盤をどう回復するかが最大の課題だと説く。

 国内酪農は、23年前の1996年度に生乳生産が866万トンとピークを迎えた。それから20年あまりで、約120万トンも減少した。一方で、チーズをはじめ乳製品需要は増え続け、輸入乳製品の増加で賄う仕組みが拡大してきた。平成30年間の農政は、空前の自由化と、先の改正畜安法に見られるように規制緩和を「両輪」とした農業受難の時代だった。酪農も大きな影響を受けた。高齢化、後継者不足の「酪農リスク」に加え、「政策リスク」と「自由化リスク」が加わり、先行き不安から都府県を中心に中小規模の離脱に拍車がかかった側面を注視すべきだ。

 日米協議も大きな脅威だ。大枠合意内容を精査しなければならない。米国は世界最大の生乳生産を誇り、チーズ大国で脱脂粉乳代替ともなるホエー在庫が膨らんでいる。今後、日米交渉に伴う乳製品の市場開放で国内生乳需給に大きな支障が出かねないことを懸念する。

 現在、国産生乳の需要が供給が追い付かない「チャンス・ロス」の状態が続く。大手メーカーと指定団体との飲用乳価交渉の結果、今年度の飲用向け乳価は1キロ4円上げで決着した。引き上げは4年ぶり。乳業は都府県酪農の立て直しの意味も含め応じた。連動して牛乳の末端小売価格も1リットル10円強上がっている。価値に応じた価格を実現する。ミルクの価値創造が酪農・乳業共通の課題だ。その実現のためにも、改めて北海道酪農400万トン時代の意義と課題と解決策を考えたい。
(次回「透視眼」は12月号)