ふくおか県酪農業協同組合

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「令和のコメ騒動」と「酪農有事」
25年度畜酪決定と改正畜安法
酪農問題を「令和のコメ騒動」と絡めて考えたい。バター不足から発した2018年の現行指定団体制度廃止、改正畜安法制定の流れと「相似形」だからだ。2025年度畜酪政策・関連対策で、加工原料乳補給金単価、和子牛保証基準価格引き上げとなった。ただ、生乳需給調整などの障害となっている改正畜安法の是正は始まったばかりだ。(農政ジャーナリスト・元日本農業新聞論説委員長 伊本克宜)
写真=次期酪肉近を論議する農水省の畜産部会では生産者、農業団体、乳業メーカーから改正畜安法見直しの指摘が相次いでいる(東京・霞ケ関の農水省本庁舎で)
農林のドン・森山自民幹事長の「不退転」
1月上旬の畜酪関係の新年会。大物政治家、関係団体幹部、農水省幹部、さらには3代乳業メーカートップも一堂に会す機会だけに、農政ジャーナリストとして顔を出さない選択肢はない。アルコールが入れば、口も軽くなる。つまりは本音が聞けるからだ。
ここで、やはりうなずいたのは自民農林族のドン・森山裕自民党幹事長の一言だ。
1月7日の中央畜産会の新年催しで、党務の合間を抜け閉会予定時間数分前に会場に到着した中畜会長を務める森山裕自民党幹事長は首相、官房長官、自民党幹事長とも農相経験者、現大臣の江藤拓氏は2度目だと政府・与党が重厚な「農林シフト」だとしたうえで、食料安全保障構築へ「今ほど人を得ている時はない。今できなくて、いつできるのか」と語気を強めた。
新基本計画、次期酪肉近策定大詰めのタイミングで、今後5年間の農業構造転換集中期間で生産基盤強化など政策遂行を担保する予算増額、安定確保への強烈な政治的意思、「不退転」の決意を示したものだ。食料安保関連予算は2024年度で3000億円強。森山氏は、この水準を最低ラインに5年間にわたり拡充・維持したいとの考えとみられる。
「令和のコメ騒動」と「平成のバター騒動」
「令和のコメ騒動」と現在の酪農有事は、やや複雑に絡み合う。
現在のコメ小売価格高止まりを指す「令和のコメ騒動」。その名称は100年以上前の富山県漁村主婦の抗議から全国に広がった「コメ騒動」、あるいは1993年の大冷害、コメ緊急輸入となった「平成のコメ騒動」になぞらえた。これと指定団体受託の酪農家1万戸大台割れ、脱粉過剰が続く酪農有事とどう結びつくか。
現在の「令和のコメ騒動」と指定団体の在り方まで発展した「平成のバター不足騒動」の議論の類似性、「相似形」を見るからだ。今回のコメ騒動も一部の識者、メディアから生産調整、コメ集荷の農協の在り方まで言及され「自由にコメを作らせろ」の声が出ている。
例えば経営者、管理職らが読む雑誌「PRESIDENT」(プレジデント)2025年1月3日号。キヤノングローバル戦略研究所・山下一仁氏の「『コメ不足の大混乱』でも農水省がまるで対策をしないとんでもない理由」。同氏は筆者も旧知の元農水官僚で、よく取材したころは同省畜産局牛乳乳製品課の課長補佐をしていた。「乳価を下げて一定の国際競争力を有した方が国内酪農のためですよ」とよく話していた。その後、省内の幹部人事競争に敗れ役所を去った人物だ。
減反(生産調整)を廃止し米価を下げ輸出を増やせという論法で、小学生の算数レベルだ。それで水田農業をうまく回れば、優秀な頭脳を抱える農水官僚はとっくに実施していただろう。山下氏は20年以上前から同じことを言っている。取り上げるメディアもメディアだが、こう結論付けている。「減反を廃止することはできない。農水省が目を向けるのはJA農協であって国民ではないからだ」「コメ不足を改善する最善の政策は農水省の廃止かもしれない」。これを酪農に当てはまれば、とんでもないことになるのは自明の理だろう。その一里塚が流通自由化の改正畜安法なのだ。
かつてのバター不足騒動も、最終的に生乳流通自由化へ改正畜安法にまでいき、かえって生乳需給調整に支障が出て、酪農有事に拍車をかけている。
酪農1万戸割れインパクト
25年度畜酪論議で、やはりインパクトが大きかったのは〈酪農1万戸割れ〉という具体的な数字だ。離農加速に歯止めがかからず、畜酪の生産基盤が揺らいでいる危機的状況を示した。
農業団体要請や自民党畜酪委員会の論議でも何度も〈酪農1万戸割れ〉の言葉が出た。そこで、畜酪政策価格決定に当たっては生産現場に将来的希望を持ってもらうメッセージが欠かせないと、生産基盤の維持を大前提とした具体的な意見が多く出た。25日の畜産部会でも中小家族経営を含む畜酪の維持・振興を求める指摘が出た。
その結果、酪農は加工原料乳生産者補給金などで前年度23銭上げのキロ11円90銭、子牛価格下落時の補給金補てん発動基準となる「保証基準価格」は黒毛和種で1頭当たり1万上げの57万円4000円とした。補給金単価キロ11円90銭は次年度以降に12円の大台乗せを射程に置いたものだろう。
政府・党幹部「自民農林シフト」
今回の畜酪決定は、改正基本法下の初めての本格的な政策価格で、今後の食料安全保障の行方、農政の在り方も示す重要な位置づけとなった。
少数与党という政治情勢も影響した。コスト増加を反映した畜酪政策価格の決定を求める野党の声に、江藤拓農相も「なるほどと思われる決定をしたい」と生産現場に寄り添う決着を示唆した。
政策決定の構図を俯瞰しよう。先の森山氏の中畜新年会のあいさつに端的に示されている通りだ。
現在の石破政権は防衛族が目立つとされるが、それに加え農相経験者が政府・党の要職を占める「農林シフト」なのが特徴だ。政府側は石破茂首相、林芳正官房長官、自民党側は森山裕幹事長、坂本哲志国対委員長らが農相経験者で、現農相の江藤氏も再登板。政策を担当する党政調会長の小野寺五典氏も農林インナーメンバーだった。つまり石破政権は、防衛と食料・農業、さらには地方創生の地域振興を国家の〈安全保障〉という共通項で結ぶ基本路線でつながっているともいえる。
この構図で、今回の畜酪決定の過程を落とし込むと、決着での政治的配慮が浮き彫りとなる。加工原料乳補給金はあくまで「変動率方式」の算定ルールとし、直近の物価上昇を出来る限り織り込む。それでも不足分は別途、集送乳コスト増加見合いを農畜産業振興機構(ALIC)予算で補てんした。緊急対策は前年度の同7銭から同8銭に上がった。当初の単価算定が低いため農水省は財務当局と再折衝までしたともされる。最終的には政府・党の「農林シフト」の重しが効いた。
畜産では、和子牛保証基準価格が大台の1万円上げとなり、関係者から驚きの声が出た。「農林シフト」の威力だ。畜産主産地の鹿児島・宮崎選出の森山幹事長、江藤農相、野村哲郎元農相の「畜産トリオ」の存在感がある。
「官邸農政=2015年体制」で農協改革と生乳流通自由化
生乳需給は過不足を定期的に繰り返しており、需給コントロールは酪農経営の持続的生産にとどまらず、国産牛乳・乳製品の安定供給にも欠かせない。それが、流通自由化、酪農家の選択自由の幅を広げることで、需給リスクはホクレンなど指定団体傘下の酪農家に偏重している。
需給調整、23年度までの減産は指定団体離れにもつながり将来不安から中堅層の離農決断につながった可能性もある。改正畜安法は結果的に離農促進ともなっている。法律そのものに「需給調整」を明記し実効性を担保しなければ、結局は系統外の「いいとこ取り」や二股出荷の拡大につながりかねない。
改正畜安法の問題点理解なくして、酪農問題の深層、酪農1万戸割れの要因も分からない。同法は2015年前後の「安倍一強時代」のTPP推進、規制緩和、全中の農協法外しを強行した「官邸農政」の産物に他ならない。経済学者の金子勝氏が「2015年体制」と名付けた一連の安倍政権での路線の一つだ。
酪農制度改革は、農協改革の同一線上に位置づく。95%以上の生乳シェアを持っていた指定団体を「農協の独占」と見立て、現行制度の廃止、アウトサイダーを補給対象に内包した流通自由化を進めた。到達点が2018年の酪農不足払い制度廃止、現在の改正畜安法施行だ。
当時の農水官僚は反農協の改革派・奥原正明事務次官を筆頭に、現在の次官で畜産部長経験者の渡辺毅氏、牛乳乳製品課長で現在の畜産局長の松本平氏らがいる。いわば改正畜安法は官邸農政の因果応報で、指定団体の機能弱体化を招き需給調整に大きな支障を出しているのだ。


(次回「透視眼」は4月号)