ふくおか県酪農業協同組合

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鼎談・検証「農政・農協改革」と生乳共販
2026年4月は合理的コストを小売価格に反映させる食料システム法全面施行など、あらためて農政改革が動き出す。あわせて度重なる大震災の“節目“の年でもある。東日本大震災から15年、熊本地震、改正畜安法につながっていく農協法改正から10年を迎えた。当時を「歴史の証人」の立場から、3人が鼎談した。過去・現在・未来を一気通貫して今後の参考にしたい。鼎談者は長年、国内外の農政を担ってきた冨士重夫元JA全中専務、農政部長も務めた加藤純JA全中参事、農政ジャーナリスト・伊本克宜・元日本農業新聞論説委員長。
写真 右から冨士重夫元JA全中専務・農政ジャーナリスト・伊本克宜、加藤純JA全中参事
鼎談テーマ「農政・農協改革」は「族を以て族を制する」形でTPP推進と表裏一体で出てくる。さっそく深掘りしたい。
キーワードは何か
「記憶せよ、抗議せよ、そして生き延びよ」
伊本克宜
最後のテーマ「農政・農協改革」に関連して、いくつかのキーワードを挙げたい。

いつも浮かぶフレーズは、農業応援団だった作家・井上ひさし氏の至言「記憶せよ、抵抗せよ、そして生き延びよ」。英国の社会学者の言葉に最初の「記憶せよ」を加え、より新鮮な響きと輝きを与えた。記憶、記録し、理不尽に抗し、そして何よりも大事なことは生き延びることだ。「証言・食農クライシス」の趣旨に合致しないか。

次に私が授業を持つ千葉農大の学生リポートにあった「食は命、農は育む土、JAはつなぐ絆」。食と農とJAの連関、循環を表す。JA全国大会のスローガンとも重なる。

最後に協同組合運動の先達・賀川豊彦の言葉「未来ハ我らにものな里」。約90年前、1935年11月、東京学生消費組合創立10周年に贈った。大学生協の発展に協同組合と未来を担う若者への期待を込めた。この3カ月後に青年将校による「二・二六事件」。昭和の初めの暗い世相の中でも、賀川のあすを照らす協同組合のたいまつの明かりが見えてくる。
陥穽「官邸農政」と今後
安倍一強「2015年体制」の苦難
伊本
「農政・農協改革」は、今に至る農業問題の主要課題の一つでもある。

理不尽とも言える10年前の「官邸農政」による改革、いや“改悪”は、「2015年体制」とも称される強権政治の暴風雨の歳月とも重なる。私は、社会派ジャーナリスト、ナオミ・クラインの言う惨事便乗型資本主義・ショック・ドクトリンになぞらえ「農協ショック・ドクトリン」と呼んでいる。「安倍一強」下の「農政・農協改革」をどう見るか。
民主党「政治主導」を補強した安倍官邸
冨士重夫
「官邸主導農政」は、2009年政権交代の民主党時代までさかのぼって考えた方がいい。

民主党政権時代は、「政治主導」を前面に打ち出し、これまでとは統治構造を大きく変えようとした。大臣以外に二人の副大臣、政務官を置き、政治の責任で国会対応などに臨んだ。あわせて官僚幹部人事を官邸で束ねようとした。2012年12月総選挙を経て自民党が政権奪還を果たす。「安倍一強」の始まりだが、民主党の「政治主導」「官僚人事権掌握」を引き継ぎ、補正補強しながら「官邸主導」を作っていく。安倍晋三首相の主導力と腹心・菅義偉官房長官の調整力、さらには経産官僚を中心とした「官邸官僚」の存在があった。

農政分野も農水官僚トップ・事務次官に通常では考えられない人材を配置した。「2015年体制」との指摘もあったが、確かに2015年前後の生産現場の声を軽視した一連の急進的な「農政・農協改革」は、こうした大きな政治的潮流の中で形成された側面が強い。私自身、全中専務としてその真っただ中にいたが、JAバッシングの大きな波が幾度も襲ってきた困難さを実感してきた。

加藤純
2015年前後は、全中広報課長で、マスコミ対応に追われた。出所不明の怪情報もメディアにあふれ、特に地方紙に影響力のある通信社の報道などで、組織の混乱を招いた面もある。全く何も決まっていない段階で、はやばやと全中が農協法から外れ一般社団化などの記事も出て、農協包囲網が形成されていった実感もあった。
農協ショック・ドクトリンなのか
伊本
先の「ショック・ドクトリン」は、いわば災害など緊急時どさくさまぎれに規制緩和など急進的で新自由主義の政策を強行する手法だ。2010年代前半は2011年の東日本大震災、「国のかたち」を変えかねないTPP問題、さらに農政改革と続く。さらに2010年代後半は自民農林幹部の西川公也氏を後見人とした小泉進次郎自民党農林部会長による全農改革、生乳制度改革へとアクセルがさらに踏まれた。いわば“小泉農政劇場”の展開だ。農協改革のキーパーソン、政府規制改革会議の金丸恭文農業ワークンググループ(WG)座長の存在も大きかった。金丸氏は安倍、菅両氏とも極めて近い関係だと、本人から聞いた。
“邪“な考えで農政改革を「歪曲」
冨士
農政改革はいつの間にか農協改革にすり替えられた。

農協経営監査問題など一般に分かりにくい専門的な問題を切り口に、全中存在そのものにも焦点が当たり、最終的に農協法の中央会制度廃止、全中は一般社団化に追い込まれていく。長く経営局に在籍し農協の制度問題に熟知している奥原正明局長による、自らが事務次官になる“野心“のもと官邸の菅義偉官房長官に取り入るために農協改革の“悪知恵“として振り付けたものであったのでないか。

全中の力を削ぐ高度な作戦が背景にあったのだろう。同氏はのちに農水事務次官となるが、「官邸農政」の急進的な農政改革を担うエンジン役となる。なぜ全中が農協法から外れ指導力を弱め一社化することが「農業成長産業化」につながるのか。まったく理解できない。いまでも「歪曲」された“邪(よこしま)”な考えだと思っている。
金丸農業WG座長単独会見で“激論“
伊本
農協改革が大詰めを迎えた2014年8月、金丸農業WG座長との単独インタビューが実現した。記事は2014年8月22日付の日本農業新聞全国2面に約150行、ほぼ4分の1を占め載せた。

インタビューの客観性と主張を分けるため、解説で農協改革の問題点を挙げた。金丸氏はIT企業トップだが、インタビューはJR大森駅近くの本社で90分近く。金丸氏は記事の反響の大きさに驚き、それ以降、農業問題でメディアに登場することがなくなった。

金丸氏は強調したのは地域農業の大切さと「リスクを取らない全中」という視点だ。農協ピラミッド構造の頂点に立つ全中への問題点を挙げたが、私は実際のJAグループは「逆ピラミッド」で、主役はあくまで地方、地域農協、組合員・農業者だと指摘、認識の差で激論ともなった。
森山氏から金丸座長へ電話
冨士
「官邸農政」で農政改革が農協改革にすり替えられていく中で、何とか全中、JAグループへの理解を得たいと関係者との接触も強めた。

菅官房長官とは会食して農協事業への理解を求めたこともある。その時はある程度理解を示した。金丸氏とは同じ鹿児島関連で関係の深い自民農林幹部・森山氏の仲介で会った。だが、農協改革論議が本格化する2014年秋以降、急進的な改革が詰められた。森山氏が目の前で直接、金丸氏に電話を入れ、過度な改革にくぎを刺す場面もあったほどだ。
2014年5月14日、TPPと農協改革の一体化
伊本
昨日のように思い出すのが2014年5月14日の東京・日比谷野音での「TPP国会決議実現を求める緊急全国集会」。同日に規制改革会議の「農業改革に関する意見」が出た。中央会制度の廃止、准組合員の利用制限、信用・共済事業の移管など、JA総合事業の根幹を揺さぶる項目が並んだ。まさに「農協解体」直結への衝撃的な内容だ。

冨士
午前中のTPP大会を仕切りながら、正直、これは大変なことになったと感じた。

例外措置が原則ほとんど取れない異常協定・TPPへの対峙と組織の存亡にかかわる理不尽な農協改革への対応を同時にしなければならない、決定的な“日”となったわけだからだ。それ以降、輸入自由化問題と組織問題は車の両輪の最重要課題として、JAグループの運動の中心となる。しかし、「官邸農政」が強まる中で先行きは全く不透明、見通しが立たなかった中で、安倍政権との攻防は最終局面を迎えていく。
「系統共販」攻撃の全農改革、生乳制度改革
伊本
さらに2015年以降には西川・小泉タッグの全農改革、現行指定生乳生産者団体制度廃止の酪農改革など新たな農協改革が加速していく。共通しているのは、農業者の経営自由度を高めると唱えた「農協共販制度」の軽視だ。

指定団体制度に規制改革会議の注目が集まったのは系統共販率が97%前後と異常な高さ。バター不足で世論が指定団体に話題となったこともわざわいした。酪農家への独占的、強制的な縛りを疑ったのだ。だが2時間で変質する生乳にとって生産者団体による一元集荷・多元販売が世界共通の仕組みだ。そんな事情をお構いなしに欠陥法ともなる改正畜安法が施行され、いまだに需給調整機能で禍根を残す。

冨士
生乳の一元集荷・多元販売は酪農制度の根幹だ。指定団体経由の生乳割合が少なくなれば、それだけ全体需給のコントロールが効かなくなることは自明の理だ。生乳は季節別変動を繰り返し、迅速な需給調整が欠かせない。国民に欠かせず学校給食でも提供される基礎的食材の牛乳・乳製品は、国際交渉でも保護対象品目の筆頭となってきた。

加藤
災害など緊急時の指定団体の役割は大きい。2016年4月の熊本地震では、道路が寸断された生乳処理のため九州生乳販連の広域需給対応が奏功し、生乳廃棄を極力防いだ。
メディア理解不足の酪農問題
伊本
バター不足と指定団体問題は全く理解が真逆だった。2015年当時、中央酪農会議の記者説明会で、私は指定団体機能を弱体化すれば、用途別販売が出来ずかえってバター不足を助長すると指摘した。非系統の生乳自主流通グループは飲用牛乳に特化するからだ。

しかし、酪農問題は、業界紙は別としても全国紙、専門紙で分かっている記者は現在でもほぼいない。2024年の基本法改正の時に、改正畜安法も抜本も直しの絶好の機会だったが日本農業新聞の“日農バズーカ砲“も全く火を噴かなかった。理解できていないのだろう。私が論説に残っていれば展開は全く異なったかもしれない。改正畜安法は抜本見直し作り直した方がいい。
規制改革で地域実態反映も
加藤
農政改革、農協改革に関連して賛成、反対の極論が繰り返されてきた。現在の内閣府の規制改革関連会議の議論は多様になっている。
そこでの接点も保ちながら、地域農業振興とJA役割発揮の機運を高めていくことの大切さも感じている。
どうする農政
「3兆円」「13%」「50―50」
伊本
過去・現在・未来の農政展開を包含する課題とも重なる、3つの象徴的な数字を考えたい。「3兆円」「13%」「50―50」だ。

「50―50」は2026WBCでも期待の大リーガー・大谷翔平選手の50本塁打、50盗塁の超人的な金字塔だが、もう一つの意味も思う。少子高齢化の日本は平均年齢が約50歳、さらにコメの一人当たり年間消費量が50キロにまで落ち込んでいる現実だ。高齢化とコメ離れは今後の農政展開の重要な課題となる。

「3兆円」は農林水産業の年間予算に相当する。その1割、約3000億円が水田転作関連。「3兆円」の“壁“を突破するため、別途、JRAから5年間2兆5000億円の予算を確保して「農業構造転換集中期間」の構造対策を進めていく。「3兆円」は過度の円安を是正するため財務官が為替介入する財政規模とも匹敵する。1発の円安是正の為替介入で「3兆円」。これが国民の食料を担う農業予算と同じとなると、やはりもっと増やすことが必要ではないか。農水省は新たな財源探しを迫られている。

「13%」の数字は深刻だ。日本経済の構造的な課題を表す。まず、資源小国の日本にとってエネルギー自給率が約13%。原発再開をどうするのか、いや再生可能エネルギーをもっと有効に活用できないかなどの議論は当然だ。もう一つの「13%」は飼料自給率、中でもトウモロコシなど濃厚飼料自給率の数字だ。自給飼料問題は日本農業最大のアキレス腱でもある。
2027年度に水田政策見直し
加藤
自給飼料問題は飼料用米の扱い、トウモロコシなど自給飼料増産も含め2027年度の水田畑作対策とも絡む。「3兆円」の予算の壁を突破する財源を確保しながら、国民への食料の安定供給を実現するための5年間集中期間に着実に農業構造転換を実現することが重要だ。
自給飼料に有望なWCS
冨士
農林水産予算「3兆円」の壁は、高市政権の「責任ある積極財政」との絡みで、食料安全保障拡充の観点から具体的に考えるべきだろう。いずれにしても「3兆円」は、先進国最低の食料自給率を向上、日本農業の生産基盤の弱体化の実態、担い手確保、農業生産の4割を占める中山間地の振興などから見て、不十分なのは間違いない。政府は半導体産業の支援で相当額を充てている。自民農林幹部の森山裕前幹事長は「半導体で腹をふくれるのか」と指摘し、農水予算の拡充を求めたことがあるが、食料は「命の糧」であり、一層の拡充が欠かせない。

自給飼料問題は構造的な課題だ。輸入飼料がなければ国内畜産・酪農は成り立たない。一方でエサ代は畜種で異なるが生産コストの5割前後を占め、配合飼料価格の変動が畜酪経営を左右する。配合飼料の基金制度があり変動を軽減する仕組みがあるが、輸入飼料高止まりの中では機能不全となりかねない。

輸入飼料の代替に国産子実用トウモロコシ増産が必要だが、取り組みは宮城・JA古川など一部にとどまっているのが現状だろう。大きい原因は輸入飼料と国産とのコストの大きさ。トウモロコシは平たん地で広大な面積で生産すればコスト削減は確実にできる。スケールメリットの発揮できる作目だ。逆に言うと、中山間地など傾斜がある条件不利地ではコストがかさみ、採算性が難しい。現実的な問題として、家畜の嗜好性も良い茎葉も含め作物全体を活用するWCS(ホール・クロップ・サイレージ)を着実に進めていくのが良いだろう。

いずれにしても飼料自給率アップは待ったなしも課題だ。地域内耕畜連携の確立は、地力向上、資源の有効活用による循環農業、環境調和型農業の推進にとっても欠かせない。
3人の「農業キッシンジャー」と「令和のコメの騒動」淵源
伊本
戦後農政という長いスパンで「食農クライシス」を考えると、米国の対日食料戦略が続き、「令和のコメ騒動」の淵源もそこにあることが分かる。戦後の米国による占領政策は、沖縄の基地問題などの課題を残しながら一定期間で終わったが、いわば日本人の「胃袋占領政策」は続いていると見るべきだ。

3人の「農業版キッシンジャー」ともいえる人物が重要な役割を果たした。小麦のリチャード・バウム、大豆のジョージ・ストレーヤー、食肉・飼料作物のクラレンス・バンビーだ。1961年の農業基本法成立前後に3人の農業キッシンジャーの活動が本格化する。その意味で「61年基本法」は、米国の食料戦略も前提にした日本農業の「青写真」を描いたと言えるかもしれない。先述した3つの数字「3兆円」「13%」「50-50」とも密接に絡む。コメは米国産小麦のパンに需要を奪われ、米国産トウモロコシは現在の輸入飼料依存型畜産をつくり、濃厚飼料自給率13%というとんでもない低い数字を招いた。

そして農政は今、輸入依存度の高い品目の自給率を挙げる3品目に、小麦、大豆、飼料作物を挙げる。3人の農業キッシンジャーが標的とし米国依存度が高いまさにその3品目だ。農政の矛盾を表していないか。
米粉活用が輸入依存低下のカギ
冨士
過度の輸入依存は日本の食料安保に重大な危機を招く。日本の風土に適したコメ・水田を中心に、国産切り替えで自給実を年次計画で着実にどう高めていくのかが重要だ。

確かに戦後のキッチンカー展開で粉食文化、パン、麺の需要拡大は、コメ消費を減らし生産調整まで追い込まれる歴史がある。これからは反転攻勢をどう仕組むのか。グルテンフリーの米粉を国内製パンの3分の1には使用するようにするなど、数値目標も必要となる。自給飼料を中心とした畜酪と米麦・大豆の耕種農業との結び付き、耕畜連携を着実に広げることは、本来の農業を取り戻す方向でもある。
「記憶」に刻む政治家・農業団体トップ。官僚
現場と政治つなぐ農林族
伊本
農政は単なる制度、仕組みではなく、結局は「人」だ。歴史は「人」が作ると同じだ。「証言・食農クライシス」締めは「記憶」に残る人物を語りたい。政治家、農業団体トップ、官僚など。
常に寄り添った森山氏
冨士
現場と政治をつなぐ自民農林族の存在が大きい。「官邸農政」と時に、二階俊博幹事長(当時)から「官邸農政と言ったって人がやっている。どの官邸官僚が操っているのか特定し、そこを攻めろ」とアドバイスを受けた。さすがだと思った。二階幹事長―森山裕国対委員長のラインもよく機能していた。森山氏はTPP問題、農協バッシングの時も含め、もっとも我々に常に寄り添ってくれた情の政治家だ。

振り返ると、建設族だが農相、自民党総合農政調査会長などを務めた野呂田芳成氏の政治信念とバランス感覚に感銘したことも思い出す。農業団体とずっと寄り添った人、手のひらを返した人、一定の距離を置く人など政治家はさまざまだった。

加藤
二階元幹事長は農協改革の時にJA自己改革を支持してくれた。同郷・和歌山の中家徹元全中会長との関係も強かった。
特ダネくれた松岡・谷津と「逆臣」西川
伊本
個人的には、30代のころ「夜回り」で最も足繁く議員宿舎に通ったのは同世代の石破茂氏。いろんなことを話し合った。安倍政権の初代地方創成大臣時に「このままでは飼い殺しになる」と本人に忠告したこともある。今度ゆっくり首相時の苦労話でも聞きたいと思っている。

1990年代の農政の主役だった松岡利勝、谷津義男元農相も思い出深い。松岡氏は1995年10月のカナダ・ケベックシティーでのFAO50周年式典取材に同行。当時、農水政務次官で1時間も取ってインタビューに応じてくれた。自死する数カ月前に「そのうち一杯やろうと」と声をかけてくれたのに残念だ。

谷津氏は包容力のある政治家だった。1995年12月15日に住専問題の特ダネを聞いた。「農協負担は5000億円で大蔵省と話を付けた。これで農協はつぶれなくて済む。おやじに言え」と。「おやじ」とは全中会長のことだ。結局、記事は時期尚早で書けず「幻のスクープ」に終わった。西川氏がTPP、農協改革で“手のひら返し”をした時は谷津氏から「あいつは大臣病だ。気を付けた方がいい」とも直接聞いた。振り返れば的を射ていた。
主張貫いた「孤高の人」萬歳会長
伊本
半世紀近い記者生活の中で、長く歴代の全中会長と身近に接してきた。

まず「孤高の会長」として新潟出身の萬歳章氏を挙げたい。歴代でもっとも試練にあった全中会長だろう。TPP、農協改革の全中攻撃のなかで耐え抜き自己の主張を最後まで貫いた。いちど「もっとも許せない政治家と官僚は誰か」と尋ねた。何か言おうとしたが、「やめておこう」と口を閉ざした。

1993年合意のガット農業交渉で病室から指揮を執った福島出身・佐藤喜春会長も忘れ難い。在職は8カ月足らず。訪日したダンケル・ガット事務局長とJAビルで会談した時には、記者では私だけがその場所で終始、二人のやり取りを聞いた。病院から直行した佐藤氏はまさに満身創痍、毅然たる態度でコメをはじめ重要品目の例外措置確保を譲らなかった。よく会長車で一緒に移動した豊田計会長、最もよくかわいがってくれたのが中家徹会長だ。
リーダーかくあるべき茂木会長
冨士
歴代の農業団体トップや専務・常務に学んできたことが血となり肉となり今がある。

全中入会時は高知出身で第5代・藤田三郎会長。「一億耕さざれば一億飢ゆ。田あるものは田を耕せ、田なきものは心を耕せ」との名言を発した。運動はシンプルに、わかりやすくと教えてくれた。

リーダーはかくあるべきと学んだのは長野出身の第12代・茂木守会長だ。私を専務に昇格させた。全国8連の会長の意思疎通が大事と常設の懇談の場を設けた。東日本大震災の時にはいち早く相当額の支援金決定、原発関連被害の農家対応をいち早く指示した。
堂々とした言論の人・山口巌専務
冨士
農協運動の代名詞・山口巖全中専務は言論の人だ。「百姓をいじめると国が亡びる」と、どこでも臆せず堂々と農業者、農協の主張を述べた。しかも論拠の数字を具体的に示した。「調査なくして発言権なし」と言い、例えばNHKに出る時は、全中にチームを作りテーマとなる数字を徹底的に調べさせ、放映に臨んだ。全中役員の特に貿易自由化の大会などで発言する時は、山口専務から学んだことを生かしてきた。山口専務のような農協運動家・言論人はもう出ないかもしれない。今でも農政運動展開で学ぶべきことが多いのではないか。
中組学園「耕心舎」に藤田会長の名言
加藤
萬歳章会長、辞任後の奥野長衛会長の二人の会長時に全中広報課長を務めた。特に奥野会長は雑誌も含めメディア対応にも積極的に応じたことが印象に残る。
第5代・藤田三郎会長「田なきものは心を耕せ」の名言は、東京・高尾にあった中央協同組合学園の宿泊施設「耕心舎」にその言葉が受け継がれたのを覚えている。
「農政の天地返し」間違い認めない官僚
伊本
農林官僚はどうだろうか。キャリア官僚は「謝らない」「間違いを認めない」2つの特徴を有する。1925年に農商務省分割で農林省ができて100年、1978年に当時の中川一郎農相の揮毫で農林水産省となって約50年。私はコメ政策に典型なように「農政百年の誤読」、つまり読み違いをしてきたのではないかと思っている。典型は「2015年体制」での「官邸農政」を進めた奥原正明元農水事務次官だろう。

冨士
「間違いを認めない」典型は奥原正明氏なのはそうだろう。特に農協改革で全中の権限弱体化が、農業成長産業化となんも関係もないことが明らかになっている。「間違いを認め」是正すべきことは是正した方がいい。
「靴に足合わせる」硬直農政
伊本
当時、森山氏に「農業団体とうまくコミュニケーションが取れない奥原氏をなぜ事務次官にしたのか」と聞くと、「あれは私ではない。菅官房長官の人事だ」と応じた。まさに「官邸農政」そのものだと実感した。

農政は「足に靴を合わせる」のではなく「靴に足を合わせる」ことをやってこなかったか。つまり理念先行で、生産現場の実態に沿わなければ、機能しない。一刻も早く、実態に沿った「足に靴を合わせる」政策の転換が問われる。巨大なうねりとなった2025年3月末の「令和の百姓一揆」のプラカードに「農政の天地返し」とあった。その通りだろう。天地返しをして新しい空気を入れ替え、農政転換に踏み出す時期だ。


(次回「透視眼」は6月号)