2025年度末まで1カ月余り。高市首相が“奇襲解散”を仕掛けるなど、国内外を問わず「政治の季節」到来だ。今回のコラム「透視眼」は、世俗の喧騒を離れ、“読むべき3冊“を取り上げよう。農政と酪農の今後と〈近未来〉を探る参考になるかもしれない。
写真=「米と小麦の戦後史」「ドッペルゲンガー」「食料安全保障の崩壊」
米国食料戦略の「深謀遠慮」
〇「米と小麦の戦後史」(高嶋光雪、ちくま学芸文庫)
戦後における日本の食の激変を、米国の食料戦略と絡め赤裸々に解き明かした良書「米と小麦の戦後史」。筆者は元NHKドキュメント番組ディレクター。
年配の方なら1978年11月放映のNHK特集「食卓のかげの星条旗~米と小麦の戦後史~」を覚えているだろう。同番組を担当した辣腕テレビマンだ。私自身は大学を出て日本農業新聞の記者1年生の時で、全国から農業者が結集した日本武道館での米価闘争を取材し、巨大な会場に生産者米価大幅引き上げを求めた怒声が響き渡り、その迫力に圧倒された。
すでに当時はコメ過剰が鮮明となり、水田利用再編対策、つまりは米を作らせない農政が始まった時とも重なる。あれから半世紀近く。「米と小麦の戦後史」のページをめくりながら、長きにわたる生産調整を通じた日本農政と農業混迷の底流にこんな米国の食料支配の事実が隠されていたのかとの憤りを禁じえない。
・食支配は「農業の憲法」農基法と同時進行
今から65年前、西ドイツ(当時)を参考にして「農業の憲法」と称される農業基本法は1961年に制定した。勤労者並みの所得を目指した自立経営農家の育成、大区画化の構造政策、米麦中心から今後需要が伸びる畜酪、園芸の「選択的拡大品目」を掲げ生産振興を進める。日本農業の展望を開く初の基本法と前向きに受け止めが農業界では多かったが、実は農基法制定と米国の食料戦略は同時進行で進められた側面が強い。
日本人の主食であるコメの代わりに米国産小麦を使ったパン、パスタと言った麺類など粉食への食生活の転換。畜酪振興にも、肝心のエサは米国産トウモロコシ、コーリャン(マイロ)が組み込まれ、畜酪を増産すればするほど米国産飼料作物が拡販できる仕組み、現在の加工型畜産が形作られる。
キッチンカーでの粉食浸透、給食でのコッペパンと脱脂粉乳のミルクは米国産余剰農産物の有効活用と深く結びついていた。厚生省(当時)の炭水化物、塩分を減らしたんぱく質を増やす食栄養改善とも重なる。つまりは、日米政府合作の食転換、日本側にその意図はなかったにしても実質は〈食の属国化〉に転落し、今に至る。
・コメ、大豆、飼料で“食の属国“化
食の属国化の3本柱はコメから輸入小麦への切り替えを始め、大豆、そしてトウモロコシを中心とした飼料穀物だ。
それぞれ米国に“仕掛人“がいる。米中電撃接近など世界を股にかけ“隠密行動”の忍者外交を繰り広げた1970年代ニクソン政権時の米国務長官・キッシンジャーに例え、「小麦のキッシンジャー、リチャード・バウム」「大豆のキッシンジャー、ジョージ・ストレーヤー」、そして「飼料穀物・食肉のキッシンジャーことクレランス・バンビー」の3人だ。
本書末尾には、食料安全保障の重要性を説く東大・鈴木宣弘氏が解説「胃袋からの属国化」を記した。核心を突くので紹介しよう。
「米国の小麦戦略が『令和のコメ騒動』の淵源だった」「コメの代わりに米国産小麦を日本人の胃袋に詰め込む。こうした米国の小麦戦略が、日本人にコメ消費を減少させ減反政策を不可避にした大元だ」「米国主導の貿易自由化が日本の耕種農業構造を大きく変えた」「日本の畜産・酪農が米国の輸入飼料に依存してきたことは、現在のような世界的な穀物高騰で窮地に陥るという宿命を負ってしまったのである」。
鈴木氏が指摘する米国産小麦戦略を先述したバウム、輸入トウモロコシ戦略をバンビーが担ったのだ。さらに、大豆は日本の伝統食である豆腐でも米国原料仕様に変えてしまうなど、食の属国化が進む。仕掛け人は先述したストレーヤー。こうした“食のキッシンジャー“
が暗躍し、着実に成果を上げた。そして戦後80年余の今、農政は過度の輸入依存品目を国産シフトに切り替えるとして、小麦、大豆、飼料作物の自給率引き上げを目指す。だが、もう遅いかもしれない。
・輸入トウモロコシ依存で「畜産支配」
日本は農業生産額のうち畜産は4割近い最大品目だ。一見、1961年基本法の「選択的拡大」の優等生にも見える。だがそれは大いなる錯覚だ。世界でも異形の輸入飼料依存の加工型畜産だからだ。
鈴木東大教授は「解説」で米国を代表する農業地帯・ウィスコン州のウィスコン大学教授の農家子弟が多く聴講する講義の内容も紹介している。「君たちは米国の威信を担っている。米国の農産物は政治上の武器だ。だから、安くて品質の用意物をたくさん作りなさい。それが、世界をコントロールする道具になる。例えば東の海に浮かぶ小さな国はよく働く。でも、勝手に動かれては不都合だから、その行き先をフィード(家畜飼料)で引っ張れ」。そう、日本畜酪の行方は、コストの半分を占める飼料費の高騰という形で鼻づらを米国産トウモロコシに引っ張られ、生殺与奪権を握られているといってもよい。
辣腕ジャーナリストが斬る分断「映し鏡」
〇「ドッペルゲンガー」(ナオミ・クライン、岩波書店)
タイトルの「ドッペルゲンガー」は耳慣れない言葉に違いない。ドイツ語で、「ドッペル」は英語のダブル。自分にそっくりな分身、鏡に映った自身に例えた。副題「鏡の世界への旅」の所以だ。
・“官邸農政“生乳改革と「ショック・ドクトリン」
ナオミ・クラインはカナダ在住の左派を代表する国際ジャーナリストで、分断を煽るトランプ氏と厳しく対峙してきた。代表的な著書に、世界的なベストセラーで和訳が岩波書店で出ている「ショック・ドクトリン」がある。
タイトルの〈ショック・ドクトリン〉は惨事便乗型資本主義を指す。戦争、自然災害、政変などの惨事につけこみ世界中で断行された過激な経済改革の正体を暴く試み。同著は岩波の編集方針である「知の教養主義」に沿っているのだろう。低価格の岩波現代文庫にもなり、より読書にとって手に取りやすくなった。
「ショック・ドクトリン」を日本の農業に当てはまればどうだろうか。思い浮かぶのは、2015年前後の安倍一強下の「官邸農政」で、農協改革、さらには現行指定団体制度廃止も伴う生乳流通自由化による酪農制度改革だ。この過激な農政改革は、現在でも非系統の生乳流通シェアの拡大、指定団体の共販率低下による需給調整の機能不全にもつながっている。
「ドッペルゲンガー」は480ページ超、売価3800円と決して手軽な本ではない。だが、筆致はテンポよく読みやすい。分断が深まり、米中露の新たな帝国主義が始まっている。この3カ国は例えれば「新TPP」と名付けてもいい。トランプ・プーチン・北京(習近平)の頭文字だ。
本著第15章「自己を手放す」。〈ひとつだけ明らかなのは、私たちは互いを必要としていることだ。言い換えれば、集団の持つ可能性に波長を合わせていこうということだ〉。終章に〈もっと大きな意味―それは私たちがともに協力し合って何を作るかにある〉。
・「出口はない。戻るだけだ」
混沌とした世界でどう進めばいいのか、どう生き抜けばいいのか。第12章小タイトル「出口はない、戻るだけだ」にヒントの一つを思う。直進に未来はない。今一度、温故知新、過去を顧みリセット、やり直せないか。昨年に続き、今年も山形の家族経営、小農代表の菅野芳秀氏らが呼びかけ3月29日日曜日に東京のど真ん中で「令和の百姓一揆」がある。初開催だった昨年は、全国から数千人の農業者が集まり野良の声を叫び“農政の天地返し”のプラカードが掲げられた。農業団体の官製集会とは違う、自然発生的なエネルギーは、農民の怒りと希望と連帯に包まれた。
「出口はない、戻るだけだ」は、農業の難局突破、「令和のコメ騒動」の解決策も示していないだろうか。ドッペルゲンガー、自分への映し鏡の中に解決策はあるかもしれない。
地球視野で農と食の持続性問う
〇「食料安全保障の崩壊」(セバスティアン・アビス、原書房)
著者はフランスのシンクタンク「国際関係戦略研究所」(IRIS)の研究員で、国際的な主要穀物を軸に地政学の視点を交え農業を深掘りした良書「小麦の地政学」も著した。
・3点セット「安全保障・持続可能性・健康」
アビスは「食料安全保障の崩壊」で、今世紀の農業は安全保障、持続可能性、健康の3つの点であらゆる人間にとって欠かせない存在だと説く。だが、こうした食料供給の安定供給には多くの難路が待つ。そして、“食料のエベレスト”にみんなが無事登頂するには何が必要なのかと問う。
・農業者は登山シェルパ
答えは「エコロジカルに集約された農業」と名付けてもいいと指摘する。その実現に3つの留意点を上げる。近視眼になるな、健忘症になってもいけない。さらに、無自覚でもいけない。食料生産者に登頂成功の道先案内人であるシェルパになってもらう。これを筆者は“手を使うインテリジェンス”とも呼ぶ。最後に〈世界を養いたいなら、私たちは手を差し伸べて一生に山に登ろう〉〈未来にかけるなら、農業にかけよう〉と結ぶ。
食料安保構築は、日本農政にとっても先の食料・農業・農村基本法見直しで主要テーマになった。筆者が問う3点セットの安全保障・持続可能性・健康は、日本農業再興の方向性とも重なる。ではどうやって実現するのか。それには、同著タイトル「食料安全保障の崩壊」の〈崩壊〉を何としても食い止め、国民合意を前提に可能な限り自給飼料も含めた主要農畜産物を自国で生産して食料自給率向上の道を着実に進むしかない。
(次回「透視眼」は4月号)